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メシマズ異世界地獄

作者: 水無月 黒

 いずれ現れるだろう同胞に向けてこの手記を残す。

 いや、別に大したことを伝えようというのではない。ちょっとした愚痴のようなものだ。

 だが、俺の苦しみは同郷の者にしか分からないだろう。

 ちょっとだけ俺の悩みに付き合ってくれなだろうか。


 俺は異世界人だ。

 日本でごく普通に暮らしていた俺は、ある日突然この異世界に迷い込んだ。

 この世界では、稀に異世界の人間がやって来ることがあるらしい。

 しかも、世界を渡る際に特異な、あるいは強力な能力を得ることも多く、良くも悪くも歴史に名を残した異世界人が何人もいるそうだ。

 そんな異世界人の能力を目当てに、異世界から人間を召喚することもあるそうだ。直近では、二十年くらい前に勇者を召喚したという話だ。

 俺は別に誰かに召喚されたわけでも、神様に頼まれてこの世界に来たわけでもない。

 だが、それなりにチートな能力を手に入れて、どうにかこの世界でやっていくことができた。

 勇者のように世界を救ったりはしないが、なんだかんだで地域に貢献し、そこそこの社会的地位と名声と富を手に入れた。

 色々あって、嫁さん(複数)にも恵まれた。

 この世界に来て、俺は成功した部類だろう。

 もしも、今から日本に帰れるとしても、この世界に留まることを選択する程度には今は幸せだ。

 ただ、一つだけ不満がある。

 この世界、メシが不味いのだ。


 この世界はメシが不味い。

 食えないほどではないが、とにかく不味い。

 たかがメシが不味いだけと言うなかれ。

 食事は命の糧だ。メシが不味ければ生きる気力さえ衰えかねない。

 そして、この世界は「不味いメシもある」のではない。「不味いメシが多い」ですらない。

 ほぼ全てのメシが不味いのだ。

 肉を食えば生臭い。

 魚を食えば泥臭い。

 野菜を食えば青臭い。

 パンはガチガチに硬くて変な臭いがする。

 デザートのフルーツは比較的美味い方だが、酸味が強かったり種が多かったりと食べ難いものが多い。

 裕福な食卓でこの有様だ。貧しい家庭ではさらに悲惨だ。


 ここまで読んで、「メシが不味いなら、自分で作れば良いのではないか?」と思った人もいるだろう。

 俺もそう考えた。

 幸いこの世界で手に入る食材は地球の物と大差なかった。調味料も結構揃っている。

 これならば俺でも簡単な料理くらいはできるだろうと踏んだんだが……


 まずは定番のマヨネーズ。


「なんかねちょねちょしてるんだけど、これ本当に食うの?」

「これを付けるの? 野菜を生で齧った方がおいしいと思うけど。」


 天然酵母のふわふわ白パン。


「歯ごたえが無くて、何だか食べた気がしない。」

「知ってるか、黒パンは噛めば噛むほど味が染み出るんだぜ。」


 みんな大好き、カラッとジューシーな唐揚げ。


「うーん、風味と歯ごたえがいまいち。」

「普通に丸焼きにした方が美味いよな。」


 お分かりだろうか。

 別に俺の料理が特に下手だというわけではないのだ。自分で食べる分には十分に美味かった。

 この世界の食事を食べた人ならば知っているだろう。

 まだの人は、ちょっと覚悟しておけ。

 この世界のメシは不味い。

 だがそれは、美味い料理が高価で庶民に縁が無いからではない。

 美味い料理方法を知らないからでもない。

 彼らにとって、あの不味いメシこそが美味いのだ。

 この世界の人の味覚は、俺達とは違う。

 そのことを実感する出来事があった。


 それは、俺がまだこの世界に美味いメシを広められないかと考えていた頃の話。

 味覚の違いを薄々気付きながら、それでも俺にも美味いと思える料理を探していた。

 そんなある日のことだった。


「……! この匂いは!?」


 懐かしい匂いに誘われて、俺はその店に入って行った。

 そこは庶民向けの大衆食堂で、多少高級な料理や変わった品も扱っている、そんな店だった。

 店内では数名の若者が賑やかに食事をしていた。


「どうした、まだ半分も食べてないぞ!」

「頑張れ、完食するんだ!」

「吐くな、呑み込むんだ!」


 必死の形相で料理を食べる一人を周りの者達が囃し立てている。

 虐めに見えなくもないが、問題はそこではない。


「あれと同じものをくれ。」


 俺がそう言うと、注文を取りに来た店員はちょっと驚いた顔をした。


「えー、あの品は残されますと倍の値段をいただきますが、よろしいですか?」

「かまわない。」


 そして、若者たちの騒ぎを聞きながら待つことしばし、注文した料理がやって来た。


「お待たせしました、『勇者飯』です。」


 料理の名前は『勇者飯』。勇者が作り広めたという料理だ。

 その正体は……カレーライスだった。

 勇者は、間違いなく同郷、おそらくは日本人だ。

 スプーンを手に取り、一口食べる。

 正直、味は微妙だ。

 ライスはちょっと芯が残っていてパサついている。

 ルーは水っぽく、香辛料の辛さの中に塩気が目立つ。

 ぶつ切りの肉は、この世界の人の好みに合わせたのか硬くてちょっと生臭い。

 こんなに不味いカレーライスは食べたことがない。

 だが、久し振りの故郷の味に俺は涙した。


「お客さん、泣くほど不味いなら無理せず倍の値段を払えば……て、もう完食している!?」


 ちょっと不味いくらいなんだと言うのだ。この世界に来てから、俺はもっと不味いものを食べてきたのだ。


 二十年前に召喚された勇者は、見事に世界を救った英雄になった。

 しかし、勇者はこの世界のメシの不味さに辟易していたのだろう。

 勇者としての地位と名声をフル活用して美味いメシを広めようとした。

 その一つが『勇者飯』――カレーライスだ。

 だが、勇者の、そして俺たちにとっての美味いメシはこの世界には定着しなかった。

『勇者飯』の異名で知られることになったカレーライスも、罰ゲームだか根性試しだか用の不味いメシとして定着してしまっている。

 この世界に俺達の世界の美味い料理を広めることは不可能なのだ。

 それを勇者が証明してしまった。


 こと食に関して、この世界は地獄だ。

 それは単にメシが不味いと言うことだけではない。

 美味いメシを食って共に喜び、不味いメシを食って一緒にがっかりする。

 そんな喜びと悲しみを分かち合う仲間が全くいないのだ。

 それは愛する妻たちも同じだ。

 彼女たちも頑張ってくれてはいるが、味覚の違いはどうしようもない。

 彼女たちの作る料理は、彼女たちにとっては美味いが俺には不味い。

 俺の作る食事は、俺には美味いが彼女たちには不味い。

 自分で美味いと思えない料理を、相手にとって美味しく作ることのできる者などいるだろうか?

 どれほど愛情があっても、不味いものは不味いのだ。


 さあ、早く家に帰ろう。

 今日も愛情たっぷりの不味いメシが待っている。




転生でも転移でも、異世界に行ったら料理を作って現地の人に美味い美味いともてはやされる話はよくあります。

人間だけでなく、魔物やら精霊やら神様までも魅了する料理を作る場合もあります。

しかし、それは非常に都合の良い話でしょう。

プロの料理人ならばまだしも、素人の家庭料理レベルで誰もが絶賛すると言うのは不自然です。

世の中には絶対的な「美味しさ」は存在しないと思っています。

世間でどれほど美味いと言われる食べ物でも苦手な人や嫌いな人は必ずいます。

日本でどれほど美味しいと思われる料理を持ち込んでも、異なる文化、異なる生活をしている世界では一定数受け入れない人が存在するはずです。

その一定数を最大まで広げた世界がこの物語です。

行きたくない異世界の筆頭に上がるのではないでしょうか。


最後に一つだけ。

騙されないで欲しいのは、この主人公の言葉はリア充男のぜいたくな悩みだということです。


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― 新着の感想 ―
なかなか面白い視点の話でした。 TVかなにかでアフリカかどこかの民族にプリンをたべさせたら甘いという味覚が気持ち悪いとかいう反応だったとかいうのがあった気がします。 味噌とか醤油とか海外の人でもダメ…
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