悪女はきっと、正義で狂う
「醜い悪女が……」
はい、その通りです。
あなた方にとって、私は悪でしょう。
「私がお前と婚姻など、王国の恥だな」
そこまで言いますか。
悪女である私も、流石に傷つきます。
でも、そうですね。
仕方ないと思います。
私もそれなりのことはしてしまった。
それなりのことをされてしまった。
「ハルナ。お前との婚約を解消する」
それを受け入れましょう。
私はあなたにとっては悪ですからね。
私が彼女に何をされたかは関係ない。
そんなこと、伝える必要はない。
「……お前は変わってしまった」
ここは私の独壇場。
さぁ、はじめましょう。
「なぜですか?!」
わかりやすく演じてみせましょう。
未練がましく縋る、醜い悪女を演じましょう。
「私はあなたに尽くしてきました!」
涙を浮かべて、赦しを乞いましょう。
あなたにとって、か弱い悪になれるように。
これは、本当の私ではありません。
「なぜだと? それすら、わからないのか?」
えぇ、わかっていますとも。
私をそんなに馬鹿だと思ってたんですか?
誰のせいでこうなったと思っているのでしょうか。
「お前の行った、数々の悪事を覚えていないと?」
えぇ、覚えていますとも。
あなたの方がよっぽどでしたよ。
私のことなんて、何もみてない。
私のことなんて、考えてくれない。
「お前は本物の悪女だな」
はい、その通りです。
私は悪女。
あなた方からみれば、悪者です。
悪者の私を正義で断罪する気分はどうですか?
とても、気持ちいいのでしょうね。
だからこそ、私は演じましょう。
「王子、待って! 考え直してください!」
「そいつを捕えろ!」
「……! 離しなさい!」
あぁ、素晴らしい。
捕らえられて膝を折り、誇ってきた力の一切を使えない醜い姿で、令嬢とは思えない姿で拘束される。
この体の震えも本物のように見えますか?
私はか弱くて、醜い悪女に映るでしょうか。
「醜いお前には、その姿が相応しい」
その言葉に憎しみを込めた、そんな目をして睨む。
あなたに未練がましく縋りつく。
そんな姿に映りますか?
「ヨル。いこう」
「……はい」
「その女を選ぶのですか!?」
隣に侍らせている女に、憎しみをぶつける。
そう勘違いさせられていますか?
私の涙は、あなたの正義を満足させられるでしょうか。
私の叫びは、あなたの心は晴らすことができましたか?
「当たり前だ」
「……なぜですか?」
「私がヨルを愛しているからだ」
驚愕の表情を浮かべ、更に涙を流す。
これも本物にみえるでしょうか?
あなたに私はどのように映りますか?
「私を捨てるんですか?」
「捨てる? 私は選んだだけだ」
「……」
「お前のような醜い女は、私には相応しくない」
あぁ、なんて素晴らしいのでしょうか。
こんなにも心が躍る。
この瞬間が最も美しい。
「……後悔しますよ!」
まさに悪役の捨て台詞。
捨てられて未練があることを装う。
これこそ、まさに稀代の悪女。
「拘束しろ。牢に入れておけ」
美しく優雅に去っていく、あなた方の後ろ姿。
ゴミのように扱われ、蔑まれる私。
晒されて、悪として断罪されることが決まった私。
なぜ、こんなにも美しく感じるのでしょうか。
なぜ、こんなにも悦びを感じるのでしょうか。
なぜ、こんなにも震えるのでしょうか。
なぜ、こんなにも涙が出るのでしょうか。
それはきっと、私が悪だからでしょう。
私がこうなってしまったのはいつからだろう。
そんなこと、全く思い出せない。
それを思い出す必要もない。
「痛っ……、離して! やめて!!!」
見ず知らずの男にドレスを破られる。
破られたものの代わりに、真っ白なドレスを纏う。
いつも身につけている、豪華な装飾も何もない。
ただ白いだけのドレス。
殴られながら牢に閉じ込められ、そして両手と両足を拘束された。
「お前のような女には、その姿がお似合いだ」
大きな力を持っている、悪のあるべき姿。
醜い悪が断罪される理想の姿。
「……はは」
私は、私を堪えるのに必死です。
夢が叶ったのですから、当然です。
そう、これは私が望んだことなのですから。
悪女としてこれからすることの決意を固めるために。
「あなたに、私に問いかけます」
そもそも、悪とはなんでしょう。
悪役とはなんでしょう。
悪女とはなんでしょう。
正義の反対?
それはきっと違います。
どちらが正義で悪かなんて、個人の主観でしかない。
誰しも、自分が絶対に正しいと思っている。
自分が正義だと、信じている。
なら、この世に悪は存在しないはずです。
この世には正義しか存在しない。
でも、今ここにそれはある。
彼らと私、その二つに分かれています。
では正義とは、悪とはなんでしょう。
それは、己の正義という不安定な主観のぶつかりに対して、どちらが多く票を集めるのか。
結局のところ、ただの多数決でしかないのです。
多数が正義、少数が悪となる。
結局はそれだけの話。
それが正義と悪の本質。
今の私は王子の想い人を傷つけた悪。
王子はそれを救い出した正義の英雄で、彼女は可憐なヒロイン。
私はそれを邪魔する、醜い悪。
それがここにある、正義と悪です。
では、見方を変えればどうでしょう。
私の周りの親しい人達は、私をどう思うでしょうか。
甲斐甲斐しく尽くしていたのに、男による気の迷いで婚約を破棄された令嬢。
いつのまにか、生意気な格下に婚約者を寝取られてしまった哀れな女。
王子様に捨てられた可哀想で大事な娘。
私は、男のせいで全てを失った哀れな令嬢。
どうでしょう?
私の周りはそう感じるはずです。
友は、侍女は、父は、母はそう思っているでしょう。
なら、この私は正義なのでしょうか。
きっと、私の周りでは私は正義。
そして、彼と彼女は悪となるのでしょう。
そんな小さな正義も、主観で彩られた美しい、大きな正義によって、私達は悪となるのです。
私が彼女に対してしてきたこと。
これまでの私の態度。
私が行ってきた行動。
私が彼女にされたこと。
その全てが明かされたわけじゃない。
その全てを知っているわけじゃない。
それでも、多くの人には私は悪と映り、王子と彼女が正義だと決めた。
彼らは正義で私は悪。
それが多数だった。
必ず多数となる正義に選ばれなかった。
それが私の運命です。
この世は全て、0か100。
多数が悪とすれば、私は100の悪となる。
多数が正義とすれば、彼らは100の正義となる。
最後が全て、結果が全て。
正義は正しくて、悪は間違い。
中間は存在しない。
過程など、誰も興味ない。
何も知らないとしても、己の主観を信じた気になって、他人の主観に踊らされて、大衆の正義は決まる。
正しい、正しくないなんて誰も興味はないのです。
正しい必要はないと言ってもいい。
そもそも人間はそれを判断できるほど、優れた生き物ではないのですから。
だから、自分とは反対である少数の正義を、人は悪と呼ぶのです。
そして愚かな人は、多数に流される。
多数であろうとする。
多数なら何をしても許されると思い込む。
自分に正義があるから、悪には何をしても許される。
あなたも、そう思っているのでしょう?
あなたを思っていたとしても、あなたを愛していたとしても、あなたのためだと思った行動でも、あなたに悪と思われたら、私は醜い悪女なのです。
そして、あなたにとっての悪は、この国の悪なのです。
この国の悪は、絶対的な正義によって断罪される。
気持ちが変われば悪も変わる。
立場が変われば悪も変わる。
環境が変われば悪も変わる。
あなたが変われば、私も悪になる。
そんな不安定で、どうしようもないものに人は振り回される。
「……くだらない」
ならば、絶対を作ってしまえばいい。
私は一人です。
私の正義と悪は、私だけが決める。
そうすれば、私の思いで全てが決まる。
そして、私が選んだのは醜い悪でした。
もう悩まなくていい。
もう苦しまなくていい。
もう泣かなくていい。
そうすれば楽になれるのですから。
悪になってしまえば、きっと救われる。
「ははは……」
泣いているように見えますか?
私はどう見えます?
とても綺麗な悪に映るでしょうか。
それとも哀れな悪に映るでしょうか。
それとも醜い正義に見えますか?
私は悪になりたいと思っているのです。
この涙は嬉しいから流れている。
これも私だけが知っています。
私は、私の望みを叶えただけ。
願いを叶えたいだけなんです。
――ハルナ。お前を愛している
こんなものは偽物です。
幼き日々のまやかし。
気持ちはもう離れている。
人とは変わるもの。
そんなものは未練でしかない。
私には何も残っていない。
――ハルナ様、邪魔をしないでいただけますか?
もう関係ありません。
最初がどうであれ、関係ないのです。
あの人は選んだのですから。
多くを語る必要はない。
結果が全てです。
あなたは美しい正義を選んだ。
あなたは私を、悪に選んだ。
――ハルナ様、やめて!
私は間違えたのでしょうか。
いえ、これが正解です。
これが力という絶対です。
これこそが、私が悪女である証明です。
――ハルナ、二度と顔を見せるな
そうでしょう。
私は醜い悪女なのですから。
あなたは間違っていませんよ。
私がされたこと、私が思ったこと、私が選んだこと。
それは全て悪なのでしょう?
彼女がしたこと、彼女が思ったこと、彼女が選んだこと。
それは全て正義なのでしょう?
あなたがそう思ったのですから、それは正しくなるのです。
そして、そんな醜い悪には何をして許される。
徹底的に潰して、死体になっても蹴り続ける。
多数の集団で、その正義を振り翳して、死体が灰になるまで貶め続ける。
それはとても気持ちよくて、喜びを感じるのでしょう。
醜い悪が、地の底で足掻くのを、正義の心で甚振り続けるのは、正義を愛する人達の最高の喜びなのでしょう。
そう信じているのでしょう?
そう感じているのでしょう?
そう選んだのでしょう?
多くの人は、それを正義とした。
私のような人間は悪だと、そう決めた。
何も知らないのに、それを望んだ。
そして、悪は破滅すべきなのだと、そう言った。
「なら、私は悪でいい……」
きっと、それが正しいんです。
それが、人の正義なんです。
それが人間という生き物の本質。
何かを正義に、何かを悪に決めなきゃ気が済まない。
正義の裏には悪がいるのだと、悪は破滅すべきなのだと、それを成すべきは正義なのだと、そうあってほしいと思ってる。
そして、その正義を支持する自分も、同じく正義なのだと悦に浸る。
最初を知らないくせに。
真ん中を知らないくせに。
お前らは本当のことを、何も知らないくせに。
お前は何も関係ないのに。
私のことを知らないくせに。
あぁ、人間とはなんて美しいのでしょうか。
そんな人間の美しさに反吐が出る。
もう、何日経ってしまったんだろう。
でも、そろそろ時間だ。
そろそろいいですよね。
私の願いを叶えるために。
「これから、ここから私をはじめましょう」
拘束を外し、牢を壊し、人を殺して、私は歩き出す。
邪魔なものは全て、消してしまいましょう。
私の正義は悪なのです。
どうですか?
私はいわゆる、悪役令嬢になれていますか?
あなたに私はどう映りますか?
目の前で横たわる死体に問いかける。
「本当に綺麗……」
すれ違うもの全てを消して、目的地へと歩く。
真っ白なドレスを汚さないように気をつけて。
最初に染める色は決まっている。
このために、今日まで隠してきたのです。
この日のために、私は力を持っているのです。
あなたは知らなかったでしょう?
あなたには、きっと見せたことはありません。
宝石のように綺麗で、花のように美しい。
そんな私の魔法しか、知らないでしょう。
あなたの方が強くて、あなたに私は守られる。
それしか知らないのでしょう?
あなたが見てきた、見てくれたあれは、私の全てではない。
この力は私のものです。
誰にも奪わせたりしない。
決してあなたに、か弱くて可憐な女だと思って欲しかったわけじゃない。
一つの部屋に辿り着きました。
私は令嬢ですから、マナー通りにドアをノックします。
出てきたのは可憐な正義。
「ハルナ……様」
「はい。 私は悪です」
後ろに下がる、か弱い正義。
私は怖いですか?
私は恐ろしいですか?
もう、後ろには壁しかありませんよ。
そんな言葉は、交わす必要なんてない。
「さようなら」
「え……?」
正義の花を、赤い染料へと変える。
私の白が、彼女の赤で染まる。
顔も、肌も、服も、心でさえも染まっていく。
あぁ、なんて美しい。
あなたの正義はとても美しかったです。
だから、その美しさは悪女である私がいただきます。
「これで、私も正義になれたでしょうか」
問いかけには誰も、何も答えてはくれない。
その時間に浸っていると、ドアが開く。
「なんだ……、これは……」
「やはり、この時間なのですね」
私を飾る美しい赤と月明かり。
どうでしょう?
私を彩る正義は、あなたにどう映りますか?
それを纏った私は、美しく映っていますか?
――ハルナ、本当に綺麗だ
いつもあなたにだけ、見て欲しかった。
だから、この時間を選びました。
この時間でなくては、ダメだったんです。
私が一番、美しく輝ける時間。
あなたに求められていたのを覚えている。
「ハルナ……。お前、何をして……」
「何って、」
私は月明かりを纏って頬を濡らし、華麗に踊る。
「悪女の復讐ですよ」
これが全てです。
私はただ探していた。
その中で見つけてしまったんです。
理由と理屈を見つけてしまった。
私は悪に縋ってしまった。
私は悪で壊れてしまった。
何が本当なのかは、結末がだけが知ってる。
私はもう、何が本当なのかわからない。
何を演じていたのか、わからない。
でも、間違ってはない。
それを私の悪が言ってるから。
「ざまぁみろ……」
私はあなただって捨てられる。
愛した人さえも殺せるのです。
この頬に流れるモノも、きっとただの偽物。
私は絶望の中、悪で狂う。
どうしようもない悪女ですから。
ボツにした文章なので短編です。
私が考える「悪役令嬢」と「ざまぁ」を形にしてみました。きっと、何かをする理由がほしいだけなんだと思います。それを、うまく文章として伝えられていない部分もありますが許してください。
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