歿
「牛の首? って何?」
「まあ知らないのも無理ないし、私達だって知らないの」
「ん? みっちゃん達も知らないの? 一体どういうこと?」
あぁどうしようっと小声で云ったのが解った、通話の声色だけでも相当動揺しているのが解る、恐がらせようとしているのか、でも、最初にそのつもりはないと云っていたはず――
「あのね、恐がらせようとしてるわけじゃないの、
でもね、
あのね、
何て云ったら良いか、
あっ!
まず牛の首っていうのはね、
誰も知らない都市伝説なの」
「んん? ちょっと待って、誰も知らないのにどうしてみっちゃん達知ってるの?」
「えっとね、
諸説あるんだけど
牛の首の怪談自体はね、
内容は誰も知らないの、
でもね、それを聞いた人は三日以内に死んでしまうとか、
正気を失くしてしまうとか、
とんでもない、あまりにも恐ろしい怪談だってことだけが知られているの」
「ごめん、何云っているのか全然解んない、
聞いた人死ぬのに話した人って死なないの?
話す人って三日以内に話してるの?
何か矛盾してない?」
敦美はまた冷静になろうと深呼吸をしてから話し出した。
「えっとね、それを思うのは至極当然だと思う、
牛の首は恐ろしい怪談で、それを聞いたら三日以内に死ぬ、
じゃあ話した人はってなるよね?
ただ恐い話だっていうのが一人歩きしているだけなんて人もいる、
でもね、そうじゃないって私達は思ったの。
経緯を説明するとね、
オカ同の一人が、みっちゃんの話をしてからずっと考え込んでたの、
私たちがいろいろ意見を出し合ってる中でも、
ずっと考え込んでたの、
そしたらね、それは牛の首じゃないですかって云ったの、
その意見をきっかけに
私達はあるだけの文献とかネットとかで牛の首について調べたの、
でも、何も解らなかった、
小説だの漫画だの色々出てきたけど
全部本物じゃない、
妹ちゃんの寝言は、ただ悪い夢を見ただけかもしれない、
でね、私……ふと思ったんだ、
みっちゃんのお家は昔、巫女さんで、
その名残というか、引き寄せてしまうのかなって……
邪悪な何かを引き寄せてしまって……
それでね、牛の首について、私、仮説を作ったの、
オカ同のみんなに話したら、
もしかしたら、そうかもしれないって納得してくれたの、
もし、
もしもだよ、
もしかしたら、
牛の首の怪談は
そういった霊的な家柄の人達の間で
寝ている間に話されている怪談じゃないかって」
それを聞いて、身体中に悪寒が走った。無意識に唾液がゆっくりと喉を通り、ごくりと耳障りな音を立てた。
「みっちゃん? 大丈夫?」
未知留は少し呆気てしまった、少し寒気がしたのはエアコンが効き過ぎているかもしれないと温度を二℃ほど上げた。
「大丈夫、ちょっと部屋が寒くて――」
「えっとね、ちょっと恐かった?」
「ううん、気にしないで、大丈夫、調べてくれてありがとね」
「うん、私もオカ同のみんなも話を聞いたから、呪いが伝染しちゃうかも……」
また沈黙が起きた、とても、気まずい沈黙、背筋に嫌な感覚が付き纏う、厭な沈黙――
「って本気にしたぁ? もうっ、そんなことあるわけないじゃんっ」
未知留は楽し気に話し出した敦美の声にホッと胸を撫で下ろして安堵の息を漏らした。
「もう驚かさないでよぉ」
「お姉ちゃん、お風呂上がったよぉ」
暦が髪をタオルで拭きながらリビングに戻ってきた。
「ごめんね、じゃあ、あたしお風呂入るね」
「またねぇ――今日も妹ちゃん――寝言云うのかな?」
敦美から云われたが自分でもそれは少し思っていたが、考えないようにしていた。でも、今それを深く考えたくない。
「もうっ、やめてよぉ」
「えへへっごめんごめんっ、じゃあまた明日、学校で」
「うん、またね」
こうして通話を終えてすぐに”牛の首”を検索してみた。出てきた資料や画像は想像していたよりも気持ち悪く、不気味な二本の角を生やした禍々しい牛の首を見て、自分が穢れてしまったような気がした。
そして、拭いきれない何かを、未知留は心の中に仕舞い込もうとしたが、それは瞬く間に身体中を駆け巡って、恐いっと思った。