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睡眠時間は大切だと身に染みた。寝不足の状態で授業を受けた結果、未知留は何度か眠気に負けて机に頭をぶつけた。ノートには口から洩れてしまった透明な液体がノートに垂れて乾いた後に鼻から重い息を出した。
「もうっほんっと最低っ!」
それから昨日の夜を思い出して頭に血が上って怒りの矛先を何処にもぶつけられないまま肩を落とし、全く散々な日だと思った。生意気な口を利いた妹と朝の母の対応にも憤慨していた。四時限目の数学で座ったまま眠りに就いてしまった。
どうしてか寒い、とてもとても寒い。此処は何処なのだろうか、そう思っても何も見えない。真っ暗だ。何処か解らないこの場所で何者かに話しかけられた気がした。それは自分の名前を呼んでいた。
「未知留、いるか」
未知留はふいに呼びかけられ振り向いた。そこには何かが地面に落ちている。そしてそれが何のか気になる。
辺りは真っ黒に塗りつぶすされたかのような世界で、未知留と黒とそれ以外何もない。そして、とても寒く、吐く息は白く、手は悴んでいく。まるで軽装でスキー場にでもいるかのようだ。
「未知留、いるか」
返事をしなければいけない、そう思った時だった。
「みっちゃんっ!」
その声でハッと飛び起きた。
「みっちゃん大丈夫?」
声を掛けてくれたのは隣の席の敦美だった。目鼻立ちの整った顔はナチュラルボブの肩にかからない手入れされた黒髪、
真ん中から別けた前髪から覗く赤いメタルの丸みを帯びた眼鏡を掛けた所謂、才色兼備というのが相応しい、けれども、彼女の趣向は特殊なのが玉どろか大いに瑕だと思う。
「もうっ、授業中ずっと可愛い寝息立てながら寝てるんだから、笑い堪えるの大変だったよ」
「あっごめぇん」
そう云った後に、また涎を流していないか手で拭ったが、今回は大丈夫だったようで一安心した。しかし、先ほどまで見ていた夢があったような気がしたのに、どういうわけかも思い出すことができない。少し怖い、変な夢だった、そんな気がした。
「今日はやたらと眠り姫だね。まだ寝顔を見ていたかったけど、お昼だから起こしてあげたよ。感謝してよね」
「あんがとあっちゃん」
「どう致しまして、ところで何かあったぁ?」
「実はさぁ――」
敦美はお弁当を食べ乍ら未知留の話をじっくりと聞いてあげた。未知留は溜まっていたうっぷんをここぞとまでに吐き出して満足げな表情になっていた。午前中に見ていた夢のことなどもう忘れ去ってしまうほどに。
「ふーん、つまり、妹ちゃんの寝言が気になって寝ることができなかったと、そういうわけですかな?」
「そうなのっ! もうほんっとに厭になるっ! あたしもう高校生だよっ! いつまでも妹と一緒の部屋なんて恥ずかしいよっ!」
「今日はやけにいつもより好戦的だねぇ、別に良いじゃない、彼氏いるわけでもないんだから」
「ちょっとぉ、何で唐突にメンタル攻撃すんのよしてよぉ……」
敦美は完全に面白がっている。その表情はジト目で薄っすらとした笑顔、いや、ニヤケ口で少し腹が立ってくる。
「へへっ、面白くって、てかさ、ちょっとその妹ちゃんの寝言気になるからさ、放課後、部室に来てくれない? 調べて上げる」
「部室? あっちゃん部活何だっけ?」
「部じゃないよ、同好会、オカルト同好会、三人しかいないからね」
端正な顔立ちに似合わず、敦美は幽霊などの類の話が大好物らしい。時々誘われる映画はホラーばかりで、最初は苦手だった未知留がいつの間にか耐性がついてしまい、自分でも配信サービスで好んで見てしまうほど進化した。
「調べるって云ってもどうやって?」
「何か同じような話がないか調べるよ」
「それならスマホで調べればすぐに済むんじゃないの?」
「あっそっか」
未知留の話から即座にスカートから取り出したスマホで調べ始めた。しかし、浮かない表情から進捗の状況が解る。
「うーん、何かピンとこないなぁ」
「ピンとこないとは?」
「しっくりくる答えにならない、やっぱり部室の文献から探さないと。えっと“ぎゅうし”だか何だかってとこがめっちゃ気になるんだよねぇ」
こうなったらもう任せるしかないだろう。勝手に盛り上がって欲しいと思う。妖怪や怪現象が自分の身に起こるなんてことは絶対にない。そう思う。
「それじゃあ、調べておいて、今日はお父さんとお母さん帰るの遅いから家で妹と――」
一緒に居て上げないと、そう云いかけて未知留はまた憤りが込み上げてきた。妹が憎い、その負の感情は徐々に蓄積され、またこう思った。
妹なんかいなくなっちゃえばいい。
「みっちゃんどうしたの? 物凄く怖い顔してるけど?」
「ううん、何でもない。ごめんね」
違和感を拭えないが敦美は話を戻して、じゃあ、調べておくから連絡するねっと云った。