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洗面台の鏡に映った自分の顔を見て、肌が荒れていないか、目の下にクマができていないか入念に確認してから顔を洗い、少しだけ髪を梳かした。
背中に掛かるほど伸ばした黒髪は母とお揃いだ。母に憧れて、ずっと伸ばしてきた自慢の髪は、念入りに手入れを施してからリビングへ赴くとテレビを見ながら暢気にしている妹の顔を見て下唇を噛んだ。
自分と同じで母の手入れされた長い黒髪に憧れて、妹も髪を伸ばしていて、今ようやく肩までかかるくらいまでになった。最近は暑いからと母に頼んでポニーテールにしてもらっていて、今日もすでにポニーテールになっていた。
最近母は自分の髪を結んでくれることがなくなったのは妹のせいだ。妹も髪を伸ばし始めたから、自分に向けられる愛情が妹に全部持っていかれたのだ、そう歪んだ感情が沸き上がると未知留はいきなり怒鳴り散らした。
「ちょっと暦っ! あんた寝言云ってたんだけどっ! なんなのもうっ。おかげで寝不足なんだけどっ」
「そうなの? ごめん」
口に含んだ食べ物を飲み込まない内に返事をした暦は、やけに怒っている姉を見て変だなと思った。それに怒鳴るなんて酷いなっと思った。
悪気がない、解っている。謝るにしても無意識で寝言を云っていたのだから仕方がない、そんなことくらい未知留も解っている、解っているが、どうしても許せない。許すことができない。もう絶対に。
「お母さんっ! あたしもう暦と一緒の部屋は厭っ! 今日から別々の部屋にしてよっ!」
「何云っているのよ、ずっと一緒にいたいって云ってたのはあなたでしょ?」
「それは子供の頃の話でしょっ! あたしはもう高校生なのっ! 暦も中学生だし、独りの方が良いに決まってるでしょっ!」
「やめなさい未知留、あなたお姉ちゃんなんだからもう少し妹を大事にしない」
「何それ! じゃあ、お母さんは長女をもっと大事にしてよっ! 妹ばっかり贔屓しないでっ!」
黙って朝食を頬張っていた暦は、口の中の物を飲み込んでから怪訝な顔で未知留を睨みつけた。
「独りは厭だし、お母さんは贔屓したりしてないっ! あたしはまだお姉ちゃんと一緒に居たいし、お姉ちゃんの思ってること押し付けないでよっ。お姉ちゃんだってあたしのこと心配でしょ?」
「何ですって? いつまでも子供じゃないんだから馬鹿なこと云わないでよ。あんたのこと心配なんかするもんですかっ! 馬鹿じゃないのっ!」
「馬鹿って何っ!? そりゃあ、あたしは子供だよ、でも、お姉ちゃんもまだ子供じゃんっ! 背伸びするのやめたら?」
「暦っ!」
その言葉に一瞬で怒りが頂点に達し、思わず未知留は右手を振り上げて暦の頬へお見舞いしようとしたが、未知留何やっているのよ、やめなさいっと母が強い口調で叱責してきたので、空を彷徨う右手をそのままソファーへ落とした。
鈍い音がした。そして、何より掌が痛い。しかし、それでも憤怒が収まることはなく、結局そのまま家族の誰とも口を利かず学校へと向かった。