媄
「良かった――目が覚めて――」
敦美はガックリと項垂れ、その場で腰を落としてしまった。未知留は上半身だけ起こして、あっちゃん大丈っと云ったところで、強烈な眩暈に襲われベッドに倒れ込んだ。
「みっちゃんっ!? 大丈夫っ?」
ベッドに倒れ込んだ時のドスンとした鈍い音に釣られ、敦美はひょいっとシーツに掴まり乍ら起き上がった。
「大丈夫……ちょっとクラっとしっちゃっただけ」
未知留は敦美に話し掛けた時、保健室の窓から差し込む太陽が、赤く染まっているのを見て、今はもう夕方になったのだと理解した。
敦美は胸に手を当てて、マヂ焦ったぁーあぁー良かったぁっと口にしてから、緩んでいた表情を引き締めた。その表情は、何か覚悟を決めたかのように思えた。
「あのね、大事な話があるの」
未知留もどんなことを云われても構わないと、ゴクリと喉を鳴らして覚悟を示し、敦美はそれを見て一度深呼吸して、改めて語り始めた。
「さっきオカ同のみんなで集まったの、
みんな録音を聞いてびっくりしてた、
当然だよね、
だって、二人の寝言を聞いて私達、
思い出したの、
これ、
昨日見た夢だって」
「あっちゃんも、同じ夢を見たの?」
「そう、それでね、どうしてこの夢を忘れてしまうのか、
みんなじっくり話し合った時、
普段は大人しくて、汚い言葉なんて一度も聞いたことなかった子が、
突然、罵詈雑言、喚き散らし始めたの、
それで、みんなで思ってること何でもかんでも云い始めたの、
何か、思い当たる節がない?」
「それって、もしかして……昨日の……あたし?」
「そう、怒り――
嫌悪だったり、
嫉妬だったり、
憎悪でも良い、
もう矛先は誰でもいいってくらい、
本当に何もかもが憎くなったの、
でもそのおかげで、
これがサインなんだって解った」
「サイン?」
「そう、私達はもう
あいつの獲物になってしまったんだって、
恐らく、
あれは獲物にした人間を負の感情で満たして、
それから――殺すんだと思う」
「でも、今あっちゃんは……昨日のあたしみたいな感じになってないよ……どうやって負の感情を払ったの?」
「うん、私はね、ペットの……犬のハナがね……言い争っている時、家から電話が来たの、ハナが……ハナが亡くなったって……」
敦美の目には今にも零れ出しそうな涙が溜まっているのに未知留は気が付いた。その時に敦美は感極まって口を摘むんで大粒の涙を流したが、振り絞るように話を続けた。
「それで……
ハナのことで頭が一杯になって、
最初は悲しかった思い出とか厭ことばかり思い出したんだけど、
初めてうちに来た時のこととか、
散歩に行った時のこととか
一緒に過ごした楽しかった思い出とかが込み上げてきて、
それ我に返ることができたの、
負の感情を払う法則を見つけた私は
オカ同のみんなにも
私達の良い思い出を沢山話したら、
みんな正気に戻っていったの、
あの……
きっとね……」
また込み上げてきてグシャグシャの顔になった敦美は、ボロボロと大粒の涙を床に降り注ぎ続けながら云った。
「ハナが……私を助けてくれたんだって思ったの……獲物になった私の為に……ハナは……」
未知留はそっと敦美を抱き寄せ、昨日の暦にしたことと同じことをしてあげた。敦美は髪を梳かされながら強く抱き締められたことでタガが外れ、憚ることなく大声で泣き始めた――




