【単発】 風無き世界、儚き出会い。
【今回のMVP】
芸術について書く(上手いかどうかは別として。ここ重要。)モチベをくれたブルーピリオド。
アニメ化を最近知ったにわかです。おめでとうございます。
ちな「art(芸術)⇔rat(溝鼠)」って事だけ。
我らがバンクシーさんもこんな事考えてたのかなぁ……
風の無い曇り空。灰色というよりは鼠色だ。
教師が黒板に書く単語に溜息を零す。
儚いという言葉は嫌いだ。
全ての物は永遠に残らないと分かっているとはいえ、短い時間で消えてしまう生物たちが作る言葉では無いように思えてしまうから。
別に誰かにわかって欲しい訳じゃなくても、今日もこうやって心の中で呟く。
眠い。
睡眠時間を強制的に取らせないというのはパワハラでは無かろうか。
この世の不条理に嘆く。ただそれでは何も変わらない。
全ての授業が終了したのを確認してみんなが教室から消えていく。
この学校に終礼は無い。
選んだ理由の八割。
ちなみに残り二割は自宅との距離である。
上手く周りを避けて息苦しい部屋を出る。
何だか生暖かいと感じてしまうのは自分だけでは無いだろう。
まるで、生まれたばかりのウミガメが全力で海を目指すように。
と考えてすぐに、なんて図々しいんだろうと心の中での発言をすぐに撤回。
自分がウミガメなんてたかが知れているな。
何かに例えるとするなら、欲を丸出しにしたずる賢いネズミか。
無感情に利用されるというのも何だか親近感を覚える。
ほら。
後ろから卵が飛んできたかと思うと、前からぶつかろうとしか思っていないような速さで3人がつっこんできた。
この学校に入ってから一年と一か月半くらい。
もう慣れっこなので避ける事ができるが勿論嬉しい訳じゃない。
これ以上被害者を出さないで欲しいからこうやって受けている。
人に何かする事によって自分の何かが変わる、というのは中々面白い。現代の特徴と言えるのかもしれない。
だがそれで被害が出るなら勘弁して欲しい。
せめて自分にしてくれ。
まるで社会のドブネズミのような奴に。
そんなくだらない事を考えている内に、教室よりかは多少居心地の良さそうな部屋に辿り着く。
物理的に重い扉をこじ開ける。
既に数人が作業をしていた、ように見えてあまり進んでいない。
スマートフォンをいじっていたり宿題をやっていたりのいつも通りの風景を見て少し心を沈めながらも、自分の作業道具を手早く準備していく。絵は強制されるものではない。
この美術室というのは本当に綺麗な部屋だ。
一人で使えたら、なんて贅沢を思った回数は数えきれない。
心地よい風の入る窓。少しずつ違って混ざり合う絵具の香り。
椅子の座り心地まで最早愛おしく感じる。
基本的にはどんなジャンルも好きなのだが、少量の気分の高揚が感じ取れたために水彩絵の具をとることとにした。
風景画を描こう。
軽い気持ちで見られるような、洋風でお洒落な絵が良い。
街の何気ない風景? 建物の上から見た景色?
わくわくする数々の中から港をチョイスする。
被写体を考える時だけは自由だと感じた。
別に、はっきりとしたものじゃなくても良いし自分の空想した世界の物を書いても良い。
一つだけ言えるのは、自分の描きたいものが描けるというのは幸せだという事。
混ぜる、重ねる、溶かす。
色に限らずとも表現方法をかけ合わせれば、白い世界はは何処までも広がっていく。
自分の性に合わないのにここまで楽しく続けられているのは間違いなくそのお陰だろう。
今日はやはり気分が良い。
ここまで洒落たことが思い浮かぶと、こっちも上手く行くというものだ。
一日で一つの絵を描くというのはハイペースな方。
急に大量に自分の絵を見てみたくなり、ここ最近一日に一つの絵を完成させている。
普段は大分スロースターターな自分でも頑張ってここまでやれていた。
いつこの衝動が収まるかはわからない。
もしかしたらずっと続くかもしれない。
「おぉー、綺麗な絵だね」
後ろからの声。
特に気にせずに集中する。
ただでさえうるさいこの部屋で、小さい声で話しかけられただけで精神を動かしてはいけない。
「聞いてる? おーい」
何とあっても話したいらしい。
次話しかけられたら答える事にしよう。
相手も諦めるかもしれないし。
手拍子。
耳の隣で鳴るというのは恐らく初めてだろう。
「何ですか? 集中したいんですけど」
後ろを振り向く。
中性的な顔立ちに、丸く大きな瞳。
何だか気取って街を歩いていそうだ。
「似てます」 「え?」 「あぁ、いや、ごめんなさい」
「昔見た事のある絵にあなたが似てると思っただけです。どうでも良い事を話してしまってすみません、何か用がありましたらどうぞ」
早く戻りたいと感じると共に、話している事でもっと綺麗に描けるかもしれないという期待を覚える。
今までで意識した事の無い感覚。
きっと人を良く見てこなかったからだろう。
「ちなみにどんなところが?」
「それは……」 「考えてなかったんだ?」 「もう良いでしょうこの話。何か聞きたい事があるのなら単刀直入にどうぞ」 「特に無いけど」 「じゃあ何故わざわざ声を掛けたんですか」
「別に。こういう絵を描くのがどういう人なのか知りたかっただけ」
なんだそれ。
突然で申し訳ないが少しだけ画家の話をしよう。
ピカソの絵は、一見狂人の絵にしか見えない。
上手く書けるのにどこか不安定で幾何学的な雰囲気にしているのだから傍から見たら意味が分からない。
彼が実際の所どうだったかなんて完全に理解できるはずも無いので単なる勝手な妄想だが、きっと自分とは正反対だったとは想像できた。
彼の絵が評価される理由はいろいろある。
その有り余る表現力や技量、キュビズムを取り入れた事に至るまで、調べたらいくらでも出てくるだろう。
だが、ピカソはきっと何も意識せずに排出していただけな気もするのだ。
常人にはある自分のフィルターみたいな物が彼には無かった。
だから感じとった何かを同じように吐き出せた。
「絵は自分を通して表れます。なので、書いている本人の事が映し出されるとは思いますけど情報がわかるというものでは無いというのが持論です」
ふぅんと唸って、その場を歩いて回る。
中々変わった人だ。
そもそも自分に話しかけてくる人間だけでも珍しいのだ。
「またお話聞かせてよ、君の話なんだか楽しそう」
「今度そう思ったら描き終わるまで待っていて下さい」
聞いているのか聞いていないのか、ふらふらと美術室の端に向かって歩いていく。
やっぱり変わった人だ。
また感覚を遮断する。
海の反射を描きながら少しだけ考えた。
たった数分の時間だったが何故か鮮烈に残る。
単純に話す回数が少ないというのもあるのかもしれないが。
一番は、彼女が絵のようだったという事だろう。
静かに見え、その迫力に辿り着くまでに莫大な時間を要する。
すぐ隣にある物が全く見えない。
そもそも可視化できるかどうかも怪しいような、酸素のような雰囲気。
“それ”を感じたのだ。
作品は学校では完成しなかった。3時くらいまで書いていただろうか。
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やはりいつもよりも眠い。
夜に捗るような絵では無かったと思うのだが何故だか筆がよく進み、気が付けばだいぶ遅い時間になってしまっていた。
授業時間もやがて終わるので割かし真面目にノートをとる。
書いている事を全てまとめずに先生の話を主にして構成していく。
絵と似ているとは言わないが、少し楽しい作業だな。
勉強も嫌いではない。十分な成績はとれる。
結局、どんな絵を描こうと考えている内にいつの間にか授業は終わる。
絵を取りに行くと、そこに群がる人々がいた。
集まって笑っているだけでも不快感を演出できるのだからある意味素晴らしい。
ロッカーが近い人たちだけにしては多すぎる量だと思うのだが。
やがて立ち去っていく。
破られかけた港の絵が置いてあった。
中に入れていた筈なのだが取られてしまったのだろうか。
拾うと、裏には殴り書きで文字が書いてある。とても読めない。
怒りでは無い。
むしろ何かが生まれ変わったような感覚。
ふと光に透かしてみると、風のようにも見えて愉快だった。
「何をニコニコしてるの?」
後ろを振り向く。
「貴方を見てたんです」
彼女を、新しく描かれた絵を見ていた。
そう伝えたかったのだが、考え方を話していない彼女に伝わる訳も無いとすぐに気が付く。
「昨日の方ですよね? 絵画みたいな人だなって考えてたんです」
首を傾げる。
どうやら伝わっていないようだ。
まぁ、こういうものははっきりわからない方がが趣深い。
「何でここにいるんですか?」
「昨日他の部員に、君がどこのクラスか聞いたの」 「なるほど」
クラスは覚えられてるんだな。
嫌がらせを受けるというのはもしかしたら一番手っ取り早く有名になれる方法かもしれない、と考えてすぐに否定する。
余りにも下らなさ過ぎた。
向き直って。
「で、今日はどうしたんですか。絵を始める前ですけど」
また、溜息とも嘆息とも言い難い仕草だ。
何も考えずにここに来たのだろうか。
通常だったらこの時点で会話を切っている。
昨日の会話があってこそだ。
そう言えば、日常の時間の流れに変化があったのは久しぶりかも。
「君の名前を教えてくれる? 実はまだ知らなくて」
名前。
授業中に先生に呼ばれるくらいでしか使わない。
親に呼ばれる事も無い。
「どうでも良くなっちゃいました。良いのが思い付かないので、鼠とでも呼んでください」
困ったらこれを名乗る事にしようか。
「わかった。じゃあ、鼠君はどうして絵を描いてるの?」
彼女はすぐにその名前に適応した。
それが自分の事だと体で理解するには時間が足りない。
息を吐く。
彼女のようになっていたかはわからないが、それなりに形になっていたのでは無いだろうか。
「一家全員が殺された日とその次の日、同じ場所で景色を見たからです」
固まられてしまっても困る。これは事実だ。
大体この顔をされるからあまり話したく無いのだ。
後悔しても遅いか。
「家族が殺人事件に会ったんです。まぁ好きな人達では無かったので辛いと言うほど苦しみはしなかったと思いますが、正直もうよく覚えていません」
少しづつ話していく事にする。
別に自分にとって辛い話でも何でもない。ただのきっかけ。
誰かとここまで会話が続いているのは初めてかもしれない。
自分が話せば相手も話してくれるんじゃないかと思って、伝え続ける。
彼女を知る事が何だかとても大切な気がした。
あと一歩で届きそうな輝きを、掴み損ねる感覚。
「その次の日の朝は早くから雨で、それを見て少し憂鬱な気持ちになって出かけました。昨日の家族の血が自分では想像していないくらいに綺麗で恐ろしくて、確認してみようと思ったんです」
あの人たちの殺害現場に残されていたのは、一人一本刺さったナイフ。
後は血と死体と、絵画くらいだった。
「君はその散歩でまた昨日の殺害現場と同じ景色を見たの?」
諦めて聞いてくる。
「はい、そうです。死体は消えていましたが、夜遅くに帰って来たときのあの空気を吸い込んだ事は人生においてまだ一度しかありません」
正確に言葉にするのは不可能なくらいに美しい。
人の痕だけが付いて、余分な物が何も無い紅。
アンバランスな程にくっきりと浮き出た血痕。
「あれを見るためにずっと頑張ってるのかもしれませんね」
しばらく話しておいて閉まらない終わり方かと後悔する。
会ってから少しずつ絵を描くようになっていったと思うし、もう一度見られるというのなら二つ返事で着いて行く。こんなどうでも良い命くらいならかけられる。
「アートなんてよくわからないけどさ、もしかしたらそういうのを指すのかな」
あちらから振ってくる。
「そんなの誰にもわかりませんよ。ある人にとってはこの絵は価値がある、別の人にとっては無い、そういう物です。ならせめて、自分のためにはなった方が良いじゃないですか」
美術の授業で絵を描くと中々上手く行かない。
景色とか表現できない。
自分で見た世界を描くのは、綺麗な血を描けてからで十分だ。
「美術部ですか?」
「入部手続きをしようと思って来たんだ。見学とか体験して良いって言われたから、私も描きに行こうかな」
ふと聞くと帰ってきたのはそんな答えだった。
この人の描く絵。
「見せてくれませんか?」
自分でも意識せずに聞いていた。
心のどこかでずっとそんな想いはあった気がする。
何度も繰り返すが、ここまで興味を持った人間なんて他にいない。
彼女は一瞬、きょとんとした後に。
「少し時間がかかるかもしれないし気長に待っててよ、私も上手い人の意見聞きたいし」
綺麗な笑顔を見せた。
何も無かった丘に急に緑が芽吹く。
脈絡も無く、そんな風景が浮かんだ。
自然と笑ってしまった顔を戻す。
「ありがとうございます。今度は絵を持って話しましょう」
静かに頷くのを確認してその場から去る。
もう少しで何かに気が付くような。
それは自分に足りないものかもしれないし、忘れてしまった何かなのかもしれない。
彼女はきっとそれに触れさせてくれる。
落書きされた絵を隣に置きながら、あの情景を描くために部屋で準備を進めた。
今日も混ざり合った雑音が響き渡る。
一つ一つは小さくても全てを繋げてると力が増す。
絵に使われている事だが、現実でも活用できたらしい。
有り余っているらしい学校の予算で買った新品の岩絵具を手に取って眺めて。
授業で使う事もほとんど無い上にそもそも注目度の高くない日本画用の絵の具を使う人が少ないお陰で、ほぼ貸し切りのような形で使う事が出来る。
鮮やかな色合いと番手を選べるため絵に独自性が生まれる素晴らしい画材。
自分が表現したものの性質を自分の物に出来たらな、と思う事がある。
昨日のラフな感じ、今から描く絵のハートフルさ、星月夜のあの飲み込まれるような雰囲気。
何も無い人間ほど欲しがると思い出した。筆を走らせる。
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どう感じたかと言われれば、別に感情が動かされた訳では無いのだからどうとも答えられない。
そんなのは世の中には溢れているだろう。
別にここで特別推す必要も無い。必然的現象だ。
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窓が外れそうなほどに吹き付ける風のみが感じられた。
意識が朦朧とした中で目を覚ます。
光が差し込む事も無いが、暗闇と言う程静けさに包まれる明るさでも無い。
確か夢を見ていたと思う。
自分が家族と一緒に殺されるものだ。
その中の自分はとても周りと仲が良く。
笑顔を零すことも沢山あるなと思った刹那殺され、あの景色がフラッシュバックして終わり。
今思えば吐き気がする。
人間の夢についてわかっている情報は少ない。
もし神様の気まぐれだとしたら中々に迷惑なものだなと感じ。
考えながら、もう一度眠りに付く。
窓がガタガタと揺れるあの音はもう無くなっていた。
風が吹き荒れていただけでも、最近見ない光景だ。
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私は最近にしては珍しく、激しい咳を繰り返していた。
彼はもう気が付いただろうか。
と言っても、既に自分の絵の違和感には気が付いていると思う。
何かを得られると思ってこちらに反応してくれるのだろう。
あの子に足りないものを教えるために、私はここに来た。
というよりも。
いや、まだ自分でも良くわからない事を言うのはやめておこう。
理由は全くの気まぐれ。
だが実際に話してみると、一人でいる姿に比べて様々な違いが浮かび上がってきて。
笑ってる所なんて初めて見たかもしれない。綺麗だった。
もっと見たいと思ってしまうも、それは案の定叶わない。
苦しい。
気を張っていないとすぐに消えてしまいそうだ。
あの子の顔が見たい。
目的なんて気にしないから見たい。
何かを話していたい。別に内容はどうでも良いから。
早く気が付いて欲しい。
“私”に。
気付けば瞼が閉じられる。
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チャイムが鳴る。
聞こえにくい声で話す先生と聞こうともしない生徒、一体どちらが悪いのか。
考えようと思う前に立ち上がる。
足に丸い物が当たった。
拾い上げようとして初めて、それが砕けた卵だと気が付く。
普段は声すらかけずに通り過ぎるのだが。
「いつも同じような事してるけど楽しい?」
何故か今日は疑問を口に出してしまった。
もしかしたら、落書きした事に対して伝えたかったのかもしれないと推測する。
「何かしら事情があるんだろうから理由は聞かないけど、もう少し想像力を膨らませればどれくらい困ってるかわかるんじゃないかな。僕の心に響かなくてもうちの懐に響くんだよ」
ゆっくりと話す。
特に根拠も無く暇つぶしのような感覚でやっているのであれば、やり返せば良いと思う。
だがそれは自分にはわからない。
このクラスの全員がこうやってちょっかいをかけてくる事は知っている。
ただ、人間誰しも悩み事を吐き出したいもの。
僕で発散されてもし金額的な問題が発生しないのであれば、どうぞお構いなく。
後者だけが今の所の問題点だ。
「楽しくなんかねぇよ。こっちは仕方なくやってるんだから、むしろ感謝して欲しいくらいだ」
ほう。
「もし昨日の落書きの事を言っているんだとしたらどうもありがとう。普段の事に付いて言っているんだったら今の説明だけじゃ理解しかねるから、もう少し詳しくお願いしても良い?」
レスポンスに応じる。
こういうのには答えない方が良かったのだろうか。
意外とストレスが溜まっているのかもしれない。
群がる中の一人が、渾身の一撃を叩きこむかのような顔で言う。
「お前がここに要らないからだよ! だからこうやって追い出そうと……」
「知ってるよ」
思わぬ反撃だったのか。
毎日見ているにしては知らない事が多いんだな。
「ここに必要無いなんて事くらい知ってる。でも、みんなで完結する世界に余分な物が一つあったとしても、何とかなるものでしょう?」
鼠がいなくても、きっと世界は回るだろう。
「もしそんな理由で本当に排除したいんだったら、この世から消してしまえば良いんじゃないかな? 誰も嫌がらないしお金もかからない。みんなが望むハッピーエンドだ」
周りを見渡す。
そうだなと頷くものは誰一人としていなかった。
彼らもやはり人間らしい。
話しかけようか迷って、特に理由も無く去る。
もう既に頭の中は絵の事に切り替わっていく。
特に必要無い物の事を覚えているなんて勿体ない。
扉を開けて絵の具の香りを感じる。
そろそろ生産スピードを落としても良いかもしれないと感じていた。
自分の絵に前から存在していた謎の歪みが大きくなっている気がする。
特に物理的にあり得ない描写は無い筈と思っていたのだが、抽象的なものを描いたとしても残るその無いかがずっと引っかかっていた。
そのタイミングでの彼女との出会いだからこそ、こうなっている訳だが。
後ろを振り向く。
「「こんにちは」」
今日は自分から挨拶しようと張り切っていたのだがどうやら難しい。
ほぼ同時というだけでも進歩と思っておこう。
「今日はどんな絵にするの、って言っても君ならもう決まってる気がするけど」
「あなた以外の人と話して気分が悪くなってたところなので、渦巻きでも描きます」
裏紙を取り出して鉛筆を持ち考える。
何かをふんわりと描く際には、こうやって一度下書きをしてみる事にしていた。
真ん中よりも右上の方に台風のようなものを作ろうとしたが、上手くいかない。
消してもう一度描く。
だがまた失敗。
深呼吸をして。
次は消さずに、少し重ねるようにしてもう一度。
それを続けて行っていく。
満足するまで繰り返した後に一度見返す。
「ありゃ、黒くなっちゃったね」
すると辿り着いたのは、ただの黒い丸だった。
「何ででしょう。細かく書くわけでも無く只々下書きしたいだけなんですけど」
「拘り過ぎてるからなんじゃ無いの?」 「別にそういう事も無い筈……」
一度決めたものは最後まで貫きたくなってしまう。
それを仕舞って、目を閉じる。
抽象的な物であれば、こうやって想像を広げる事も大切だ。
ふわふわとした風。
それがやがて集まり、ゆっくりと蠢き、だんだんと加速していく。
さらに大きくなろうとする貪欲な外側、一部になり切ったと思って全力で短い命を謳歌する中間部分、荒れている中央に一点のみ存在する目。
全身で感じようとする。
にも関わらず、全く以って綺麗に描けることが無い。
何時間でも紙の前に座るつもりでいたのだが、声を掛けられる。
「もう暗いし今日は帰ろうよ。どうせ帰っても描き続けるんだし」
音だけ耳に入ってきて、後から意味を理解する。
心配そうな目と日が沈み始めた空。
相変わらず絵のような雰囲気を醸し出している。
自分の絵とは似ていない。きっと持っているものが違うのだろう。
時計は既に6時半を過ぎていた。
「全然気づいてなかったね」
「はい。初めて会った時もそう、集中していた僕は貴方の事に気が付いてすらいませんでした」
まぁ実際には無視しようとしていたのだが。
「まるで昔の事みたいに言うね。まだ会って三日目だよ?」
確かにそうだな。
感覚で推論を口にする。
「きっといきなり生活の流れが変わって困惑してるんですよ。人と話すなんて工程、今まではありませんでしたし」
「なるほどね。でも私はそんなに疲れて無いけどなぁ」 「そんなの個性、向き不向きの問題です」
二人だけになった教室で、片付けながら言葉のラリーを続ける。
彼女は笑った。
自分も彼女程とはいかないが笑った。
穏やかさとか癒されるとかとは少し違うかもしれない。
ただ心地よい感覚。
穴が埋められていくような感じ。
「ん、それじゃあ片付け終わったし帰ろうか。どっち方面?」 「東です」 「もう少し話せそうだね」
教室を見渡した。
少し蒸し暑くなってきた。
風が沢山吹けば良いのだろうが、生憎夜限定なので意味が無いのである。
「なんだか不思議です。こんなに暑いのに気持ちはすっきりしてる時って中々ありません」
ただ喋るだけじゃない。
この人だからこそなんだ。
「私もそんな感じ。きっと君だからなんだろうね」
開けていた窓から珍しく、風が吹き込んだ。
髪が舞う。
まだ微かに差し込んでいる光が綺麗に反射し、少し透明なようにも見える。
それを見てやっと。
“彼女が何を伝えに来たのか”理解した。
「……何? そんなに嬉しかった?」
目元を拭う。
しっかりと笑顔になっているか確認する。
彼女がわかった。
なら、その真実に最後まで付き合う。
「それもありますけど。気が付けたんです、何が足りなかったのかって」
少しだけ彼女の目が強張る。
すぐにいつもの顔に戻ったが、明らかに無理をしている雰囲気だった。
倒れてしまいそうな彼女を支えに行く。
肩を持ってしっかりと立たせる。
「本当に? 口に出して言える?」
笑って。
「それを言われると難しいです。まぁでも、わからない方が趣深いんじゃないですか?」
彼女が絵ではないのに勝手に絵と捉えていたのと一緒。
何が足りないかなんて、どこまで大事であっても些細な事なのだ。
「ありがとうございました」
いなくなってしまう前にお礼を言っておくことにする。
何をすれば良いのかと悩みながらの発言だ。
「何で過去形なの。私はここにいるし、君が卒業するまでは一緒にいるよ? 何ならその後も交流を持てる子だと思ってるよ」
乾いた笑み。
綺麗とも取れるから不思議だ。
意地でも認めたくないなら、別に良い。
「じゃあずっといて下さいよ?」 「え?」
もう終わりが近い事、本人は意識していないようだ。
さっきの空気の波はお迎えみたいなもんか。
寂しいかと言われれば、そうでもない。
「きっとずっと。僕の近くで見守って下さると嬉しいです」
反応される前に距離を詰める。
既に半透明の彼女の体を抱き締めて。
風となる。
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少し強い風が、窓を揺らして眠りから現実へ引き戻す。
爽やかとは言い難い空だがお陰であまり気にならない。
朝の空気を吸い込む。
起きようかどうか迷える事に感謝する。
鼠がいなくっても世界は回った。
ただ、今存在する世界において鼠は世界の一部なのだ。
名残惜しく遺憾ではあるが布団から起き上がる。
大分遅くまで描いていたみたい。
特に意識はしていなかったがいつの間にか寝てしまっていた。
眠い時に起きる事をある程度強制させられないというのは学生とは違う点であり、絵に集中できるという点でも素晴らしい。
時間が経っても忘れることは無い。
思い出していた。
涙が出ている事に気づいて拭う。
あの日は制服だった袖。今はパジャマだ。
彼女は少女であり、絵であり、風だ。
窓を開けば、吹きこんでくる。
美術室での出会いをきっかけに自分の中に生まれたもの。
あくまでも真実ではない。ただの儚い空想に過ぎないのだろうと信じ続けている。
まぁ、きっかけは辛くない方が良いだろう。
トーストに齧り付きながら絵を眺める。
M300号は今まで描いた中で一番大きなサイズ。
確か2910×1818㎜だった筈。
一面に何かが描かれているのにはきっと良く見ないと気づかないだろう。
蝶のように色鮮やか。
至る所から巻き上がったそれは、他の物と合流したり一方的に破壊を繰り返したりしながらも一生懸命に自分を保とうとする迫力が見えた。
儚いという表現も良いかもしれない。
風に合う、今では大好きな単語の一つだ。
作品名は「エン」とでもしておこうか。
円でもあるし、猿のような欲望も垣間見える四角だ。
高校の時とは大違い。
違和感も無い綺麗な物に仕上がっている気がする。
それぞれの曲線の塊の完成度から全体を通して見た時の静けさまで、少なくとも自分の中ではかなり好きな作品の一つだな。
7時になった事を確認してテレビをつける。
この時間は彼の真面目な声が聞きたくなる。
ラジオでも良いのだが、自分の絵もスタジオに飾られてる事だし折角ならこっちにしようと決めていた。
絵で生計を立てるようになってからより夢に出るようになる彼女の顔。
いつも笑っている。
あの溜息も相変わらずだ。
どうせ今もこの辺を飛んでいるのだろう。
ずっととは言ったものの、本当にずっといられても困るし。
いや。
少し考え。
また自分みたいな子の元にいるのかもしれないな。
風が止み、後ろを振り向く。
お読みくださりありがとうございます。作者の斎藤あにーでございます。
初見の方が多いと思いますので一応言っておきますが、短編以外ではこんなにシリアスなのあげてません。
半分ギャグ路線の作品を同時並行で投稿しておりますのでぜひぜひ見に行ってやってください、よろしくお願い致します!
評価、感想等もお待ちしております! 特に斎藤君は初心者なので指摘コメントとか。