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世が世ならあたしだって傾国のかぐや姫になれるんです  作者: 藍碧
第一章 かぐや姫降臨
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食べ物の恨みは怖いんです

三郎様はなかなか帰ろうとせず、あれこれとこの国の良いところを言い出す。


「姫様の月の国は、なるほど素晴らしき所と承知いたしましたが、この日見国もなかなかに美しき国でございます。

この館の建つ丘からは周りが一望できますが、目の前を二筋の川が流れ、広々と土地が開けております。

東の地平からは毎朝日の出が拝め、日の入る西には高き山々が連なります。

中でも一番の高き峰は御駒山(みこまやま)、神のおわす山にして、名高き駿馬を産する土地でございます。

ここはこの通り、山や林も身近でございますので、飯を炊く薪や館を建てるにも造作ありませぬ。」


あたしの居た場所も田舎で、同じような所だったけれど、そこがすばらしい場所とは全然思えなかった。

あたしは都会に憧れているのだ。

だから三郎様様の言葉にはあまり説得力を感じない。


「この辺りでは米も、麦も粟もとれ、山鳥や獣も豊富で川には魚も多くございます。

すぐ西を大きな街道も通っておりますので、他の場所からの珍しい交易品も容易く手に入ります」


う〜ん、その割には食事内容が貧弱だと思う。

ごめんね、ただで食べさせて貰っているのに。


そういえば、お昼ご飯はまだなんだろうか?

朝に薄いお粥を食べただけだったので、すごくお腹が空いている。


「お昼ご飯はどうするの?三郎様はここでお昼ご飯を食べていくのかな?」


側に控えていたすずちゃんに、小さな声で訊くと、すずちゃんは困ったような顔をする。


「お昼にご飯は食べませぬが、侍女頭様にお聞きして、何か食べるものを持ってまいります」


えぇ?お昼ご飯抜きですか!そういえば昔は一日二食だったと聞いたような気がする。

美味しいものが好きなあたしは、なかなか痩せられなかったのだけれど、幸か不幸か、あたしもここでは強制ダイエットになりそうだ。


すずちゃんが台所の方に行っている間、三郎様の自己アピールは続いている。


「我は若輩者なれど、東のお館様よりこの館を賜り、日見国に此春(これはる)三郎有りと名を馳せる武者でございます。

この国の守りとして、何事かあれば真っ先に出で立ち、敵を散々に討ち散らして参りました。

来たる那加国との戦いにも目に物を見せてしんぜましょう」


真っ直ぐ前を見て、目に強い光を帯びて話す三郎様は、先程の穏やかな様子とは違って、いかにも『若武者』という風情だ。


だけど、あたしは戦いとか暴力的な話は怖くて、血を見たりすることも苦手で、戦争映画なんて絶対に見ないし、戦いが始まると言うのなら、すぐさま逃げて隠れてしまいたい。


もしかして、あたしにアピールするつもりなら、珍しくてとても美味しい料理とか、お菓子とかを差し出したほうが良いと思う。


それとも綺麗で温かい着物とか、柔らかいお布団とか......水洗トイレとか!


三郎様の残念な方向の自慢話を聞いていたら、すずちゃんが四角いお盆を持って戻ってきた。

お盆の中には何か入っている丸いお皿と、お酒の徳利のようなものと小さな盃が載っていた。

それをすずちゃんは三郎様の前に置いて、白いお酒を盃に注いだ。


それで全部で、あたしには何も食べるものが無かった。


三郎様は上機嫌で何か食べ物を摘みつつ、すずちゃんにお酌をさせてお酒を飲んでいる。

ますます自慢話に熱が入る。


後ですずちゃんに訊くと、高貴な独身女性は人前で食べる姿を見せてはいけないそうだ。

お腹が空いているのに、目の前でおいしそうにお酒やおつまみを食べられて、自慢話を聞かされるなんて、罰ゲームだと思う。


今まで三郎様を親切で気が利いて、とても優しい人だと思ったけど、全部取り消させてもらう。


食べ物の恨みは怖いのだ。


三郎様は初陣(ういじん)での御自分の働きを、それは詳しく身振りも添えてお話されるのだけど、あたしはお腹が空きすぎて眩暈(めまい)までしてきそうで、もう適当に相槌をうっているばかりだった。


対面で顔を見ての会話だったら、あたしが飽き飽きしているのが分かると思うのだけれど、几帳越しでは表情が分からず、あたしが興味を持っていると判断しているのか、三郎様のお話は止まらない。


あたしは(京都式の嫌味)を試してみることにする。


「あら、楽しい時は過ぎるのが早く感じますね。今何時ぐらいかしら?」


すずちゃんが素早く反応してくれる。


「だいぶ日も傾いて来ましたね、もう八つ時は過ぎたでしょうか」


ナイスサポート、すずちゃん、いいね!を押すよ!


「まだ八つ時は過ぎぬと思うが......では......そろそろおいとま致しましょう」


ようやく帰る気になってくれたと思ったのだけど、それからもグズグズして、あれこれ雑談めいたことを話し、長々と帰りの挨拶を話してようやく立ち上がった。


「おぉ......久しぶりに......少し酔うたようじゃ」


三郎様はちょっとお酒に酔った様子で、ヨロヨロとこちらの方にやって来て几帳に寄り掛かると、じっとりとあたしを見た。


類い稀(たぐいまれ)なる花のかんばせよ......これほどの美しさは我が国には無きものぞ......心よりお慕い申し上げる......」


ちょっと、ちょっと、結局はお父上の熊様と同じ様な事を言うんですね。


「奥様のあかね様が聞いたら、どう思うんでしょうね?」


あたしは反撃した。


「あかね様をご存知か。あれは我の従姉妹にて、幼き頃からの許婚でございます。

この度、子をなしましたので近くこちらの館に参って来るはずの者なれば、姫様には親しくお物語などさせて頂ければと存じます」


え?ぇっ?それって当たり前なんですか?

そんな事態には決してならないけれど、もしあたしが三郎様の恋人になったとして、あかね様と仲良く二人で話せると本心から思っているんでしょうか?


この世界の倫理観はおかしい。


すずちゃんに訊くと、三郎様はお酒に強くて、酔ったところなんか見たことがないそうです。

まったく、三郎様ったら!

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