此春神社の裏手の隠し洞窟
巽様は自分の馬を呼んであたしを乗せ、二人乗りして早足で道を戻る。
巽様に背中をしっかりと抱き抱えられていると、さや様の時と違って安定感と安心感が段違いだ。
「巽様に助けて貰えて、本当に嬉しいです。良かった!」
巽様はあたしを抱く腕に力を込める。
「わたくしに考えがございます。取り敢えず此春神社の裏の隠し洞窟に参ります」
僅かの時間で洞窟の入り口に辿り着く。
巽様に馬から降ろしてもらい、山道を少し歩く。
洞窟の入り口の扉の前に、栗山六郎様が立っている。
「巽様!......かぐや姫様も!よくぞご無事で......」
「中に誰か入られたか」
「大道が人々や荷車で動けませぬので、女子供は国府に行かず、こちらに移るようにと刀自様が指図されました」
巽様と洞窟に入ると、中は真っ暗で足元もガタボコしている。
巽様が腕を伸ばしてあたしが歩きやすいように抱き寄せると、あたしの懐から明るい光が放たれる。
スマホが光っているのだ。
多分、巽様に後ろから抱きついた時も、馬に二人乗りした時も光っていたのだろうけれど、外も明るいし、全然気が付かなかった。
暗い洞窟の中では足元が見えて都合が良いので、巽様も何も言わない。
「かぐや姫様!かぐや姫様!ご無事で!」
突然あたしの袴に縋り付いて来たのは、すずちゃんだった。
巽様があたしを抱えて歩くのに付いて来る。
「かぐや姫様が居なくなられた時には死ぬ思いを致しました。もう決してお側を離れませぬ」
洞窟はいくつもの分かれ道が有り、時々奥に小さな明かりが見えるのは侍女達が隠れている所かもしれない。
洞窟はどれだけの深さがあるのか判らないけれど、下手に入ったら迷子になるだろう。
この隠し洞窟は金鉱を試掘した跡の洞窟だと聞いたけれど、巽様と一緒でなければ入りたくない所だ。
巽様は奥へ奥へと進み、洞窟内の道を少しずつ登って行く。
最後に出たのは井戸の底のような場所だった。
そこから縦梯子が上まで続いている。
「かぐや姫様は此処でお待ち下さい。直ぐに戻ります」
巽様はスルスルと梯子を上り、天井の蓋を開けて外へ出た。
暫くすると縄を持って戻ってきた。
「失礼とは存じますが、かぐや姫様に縄を着けて上からお引上げ致します。
梯子より足を踏み外さぬようお気をつけて。
すず様は下からかぐや姫様を押して下され」
あたしは胴体に縄を巻付けられて、上から巽様に引っ張り上げられ、すずちゃんには下から押されて垂直の長い梯子を登った。
登り終わって周りを見渡すと、小さな祠の中で、神様に捧げ物を置く台が洞窟の入り口の蓋になっていた。
祠から外に出ると、此春神社の裏手だった。
最後の梯子は登るのが大変だったけど、混み合う大道を通らずに此春神社に来るには最短のルートだったと思う。
ただ今朝はいい天気で青空だったのに、何だか薄暗くなっている。
巽様はあたしとすずちゃんを連れて此春神社の社に入る。
あたしが初めてこの世界にやってきた場所だ。
たった数ヶ月前のことなのに、何年も経った気がする。
「以前、大神官様が勝利の聖託を頂くために作られし祭壇が、そのまま残っております」
巽様が、社の中央に設けられた祭壇をあたしに示す。
「かぐや姫様を月の国よりお招きいたしたのは、わたくしの罪でございます。全身全霊を籠めてかぐや姫様を月の国にお返しすべくご祈祷いたしますので、こちらにお座り下され」
「待って、巽様。『月の国』ではなく、出来れば『元の国』に帰して下さい」
だけど、本当にそれで良いんだろうか。
この世界で巽様に出会って、世にも稀な美女と持て囃されて、巽様だってこの世界の基準で見てあたしが美女だから好きになってくれたんだよね。
巽様やすずちゃんや刀自様と別れて、元の世界に戻ったら、あたしは『残念かぐや姫』に逆戻りだ。
本当はこのまま皆と暮らしたい。
あたしが躊躇っているのを見た巽様は、あたしの手を取る。
「かぐや姫様、姫様が此処におられると、いずれ姫様の身が危うくなります。わたくしが姫様のお命を長らえさせるのは、この手立てしか思いつきませぬ」
「あたしは巽様と別れるのが嫌なのです」
巽様はあたしの顔をじっと見た。
巽様の瞳に青い焔が巻き上がる。
「かぐや姫様!」
巽様はあたしをしっかりと抱き締める。
息が出来なくなるくらい強い力だ。
それから巽様はあたしの顔を覗き込む。
「わたくしはかぐや姫様を決して忘れませぬ。
わたくしの心を総てかぐや姫様にお捧げ致します」
そして巽様はあたしにキスをした。
あたしの生まれて初めてのキスだった。
「ひゃーぁあ」と言う声がする。
横を見たら、すずちゃんが口をポッカリと開けてあたし達を見ていた。
あたし達は、すずちゃんが側に居たことをすっかり忘れていたのだった。
あたしは照れ隠しにバタバタと歩いて祭壇の中央に座った。
巽様も赤い顔をして、祭壇の前に座る。
ちょっと咳ばらいをして、気持ちを平静にしたようだ。
「すず様、これからの事をよく見て、後で久我根館の刀自様にご報告して下され」
すずちゃんも祭壇の直ぐ近くに座った。
巽様が秘法の聖詞を口の中で唱えはじめる。
薄暗かった空が更にどんどん暗くなり、昼間だと言うのに社の中は夜のように暗くなる。
巽様が声を出して祈る。
「大願を成就為さしめ給え。我が命を取りて、かぐや姫様を元の国に帰らしめ給え。女神様に我が命をお捧げ申す」
えっ、巽様は何を言っているんですか!
自分の命と引き換えにあたしを元の国に帰すですって!!!
そんな事は絶対駄目だから!
「かけまくも......畏みかしこみ......」
「それはダメっ!巽様!」
あたしはバッと立ち上がって、巽様の祈りを妨害するため祭壇の結界を越えて巽様に飛びかかる。
これ以上祈祷しないように、手で巽様の口を押さえようとする。
「あたしは巽様が死ぬなら、元の国に帰らない!」
巽様は驚いて祈祷の言葉を止めた。
「あたしは皆と一緒に暮らしたい!」
あたしが巽様に飛び掛かった時、すずちゃんもあたしの着物を押さえた。
「急に立ち上がってはいけませぬ」
その時、バリバリバリと物凄い音と光があたし達を包んだ。
あたしは巽様にしがみつく。
そして気を失った。
「おーい、大丈夫かぁ。いやぁ、凄い雷だったなぁ」
声で気がついて目を開けると、消防団のオジサンが赤い消火器を持って駆けつけて来ている。
「火事にならなくて、良かったよぉ」
えっ?消火器?
ここは何処?
見回すと、あたしが春休みに巫女のアルバイトしてた神社のテントの側にいた。
えっ?夢っ?
「えええっ!巽様!すずちゃん!」
あたしのお尻の下敷きになって気絶していたのは、巽様とすずちゃんだった。
次回で終わります。
最終回は今晩、夜九時に投稿します。




