西の館の三郎様
すずちゃんと楽しく、あれこれとお話をしていたのだけれど、お昼近くになった頃に案内を請う声がして、部屋に三郎様が供を連れてやってきた。
あたしは侍女頭様に注意されていたので、おとなしく几帳の後ろに座っていた。
几帳越しだけれど、昼で部屋の外が明るいので、意外に部屋の中の様子が見える。
「昨夜は突然のことに姫様をお迎えする準備が整わず、いろいろと無作法をいたしまして、申し訳ございませぬ......今朝は姫様のご機嫌はいかがでしょうか?」
三郎様はゆったりと寛いでいるような様子で座って、微笑みを浮かべて言う。
侍女頭様のような間延びした話し方ではなく、ゆっくりではあるのだけど低く穏やかな、聞いていて気持ちのよい声だ。
「ありがとうございます。すずちゃんにはとても良くしてもらっています」
「何なりとお申しつけくだされ。ご案じめされず、この屋敷に何時まででもご逗留くだされ」
三郎様はとても気がついて、親切で、なんていい人なんだろう。
ゆうべは三十歳ぐらいかと思ったのだけど、すずちゃんに二十歳という年齢を聞いてから、明るいところで改めて三郎様のお顔を見ると、確かにもう少し若々しく見える。
顔の造りの濃い所や、筋肉質でがっしりしている所は、熊のお館様にちょっとだけ似ているのだけれど、表情はとても優しげで、あまり圧迫感を感じない。
はっきりした二重瞼で鼻も高く、彫りの深い美形だ。
神官の巽様といい、西の館の三郎様といい、この世界にはあたしが見たことのないようなハンサムが、その辺の石のようにゴロゴロしているんだろうか?
今朝、すずちゃんに聞いたのだが、三郎様にはあかね様という通われている奥様がいるそうで、そこに初めてのお子様が生まれたばかりだという。
(おぉ!通い婚!あたしは歴史クラブに入っていたので、昔はそういう結婚様式だったのは知っていたのだけれど、実際に通い婚をしている人を見ることができるとは、夢にも思わなかった)
新婚ホヤホヤの三郎様は、幸せ一杯で、その幸福感が態度や声にも出ているのかもしれない。
こういう穏やかな人と話していると、あたしまで楽しい気分になって来る。
三郎様は月の国についての話を聞きたがっていたので、すずちゃんに話したように、どんなものを食べているとか、どんな服を着ているとか、どんな仕事をしているとか、適当にあたしが住んでいた場所のことや、車や電話の話をした。
三郎様は興味深そうに、何度も頷きながら聞いていたのだけど、
「して、あの光を放ち、あまねく輝きたる鏡はいかようなるものでございましょうか?」
とゆうべのスマホのライトのことを聞いた。
「あ、あれは、あたしの大事な宝物です。」
お財布を忘れるよりも、スマホを忘れた方がダメージが大きいよね。
だからあたしにとってスマホは宝物のような物だった。
あれから夜にスマホをチェックして見たのだけれど、もちろんどこにも繋がらなくて、中に入っていた住所録もメールも全部消えうせていて、ただのライトにしか使えなくなっていた。
充電が切れれば、ライトも付かなくなるだろうから、電源オフにしておいた。
三郎様はちょっと黙ってから、
「姫様は月の国よりおいで下されたとお聞きいたしましたが、月の国では姫様のご家来衆はどれほどの数で、いかようなる武器で戦われるのでしょうか?」
と聞いてきた。
昨日あたしが熊のお館様に迫られたとき、咄嗟に(あたしを傷つけたら、月から家来達がやって来て、ミサイルを飛ばして攻撃して国を滅亡させる)って嘘っぱちで脅かした事をちゃんと確認するために、三郎様は今日ここに来たのだ。
そして三郎様が本当に聞きたかったのは、このことなんだと思った。
ここで三郎様に(嘘でした、あなたのお父上の熊のお館様が怖かったので、とりあえず嘘つきました、てへっ)なんて言ったら、親切にお屋敷に泊めてくれているのに、きっと怒って出ていけって追い出されるだろうね。
あと二日したら、大神官様が戻ってこられて、あたしを元の世界に返してくれるはずだから、それまではここを追い出されないようにしたいし、しかも熊のお館様から迫られないようにしたいので、この嘘をつき続けることにした。
「あたしにはたくさんの家来がいるし、優れた武器もたくさんあるし、遠くまで飛んでいく強力なミサイルもあって、あたしを傷つければ報復に来て、どんな国でも滅ぼしてしまいます。」
「それでは立派な神社を建て、姫様を女神と大切に奉れば、月の国より我が日見国にお力添え頂けますでしょうか?」
いやいや、そんな約束は無理でしょ、神社を建ててもらっても嬉しくないし、あたしはただトラブル無く元の世界に帰りたいだけのだから。
「いいえ、残念ながら、それはできません......あたしは元の国に戻して欲しいだけです。」
「さようでございますか......」
三郎様は、ちょっとがっかりしたように声の調子を下げる。
それから気を取り直したように明るく言った。
「しからば、月の国に帰らるる迄の間は、西の館にてゆるりとご逗留くださりませ。この三郎が父に代わって姫様のお相手をいたしましょう。できうるならば、第一のお方様として、このままずっとこの館にお住まい下され。」
ニッコリと嬉しそうに笑うけれど、え?まさかの求愛宣言?
新婚の奥様がいるんですよね?
お子さんも生まれたばかりなんですよね?
三郎様は熊のお館様とは違って、とても美男で感じが良いので、同じようなことを言われてもそこまで拒否感はない。
だけど、実は三郎様が強引でグイグイ来るタイプだとしたら、やっぱり親子の遺伝子なのかな?
まさか結婚したばかりで他の女性にすぐ求婚するような人だと信じたくないし、あたしが勘違いしているだけで、ただお館様に代わっておもてなししてくれるってことですよね。
......そうに違いない、そう信じたい。
その時あたしは、何故か神官の巽様のお顔を思い浮かべていた。
何時も穏やかで優しい三郎様と思っていたら、父親似で意外にグイグイ来るタイプだったみたいです。