巽様は毎日同じ夢を見るのです
巽様が瀕死の状態で久我根館に運ばれて来た時に、あたしはパニックになって真っ直ぐに巽様の元に駆け寄り、巽様の手を握って号泣してしまった。
『姫様の禁止行動一覧表』のかなりの項目を破ってしまったけど、巽様が息を吹き返された事で皆喜んで、あたしの行動は誰にも非難されなかった。
それにしても、やはり巽様は女神様のお力に護られているのか、元神官だけあって気の力が非常に強いのか、普通の人なら即死してしまう鳥兜の毒の矢を受けられても生き抜かれたのだ。
あれから毎日、あたしは巽様をお見舞いに侍所にでかけている。
お見舞いに行くことも、巽様と几帳を隔てずに話すことも刀自様に公認されている。
もちろん、すずちゃんは一緒について来る。
「巽様、今日のお加減は如何でしょうか?」
そう言って巽様の側に座ると、目を閉じて横たわっていた巽様は眼を開けて起き上がろうとする。
あたしは慌てて巽様の腕を押さえて言う。
「横になっていてください、また眩暈がするといけません」
「かぐや様のお陰で、だいぶ良くなりて参りました。お見舞い頂き忝なく存じます」
巽様は目を伏せていて、あたしの顔は見ないのだ。
お顔に乱れた髪がかかっていて、少し痩せたようだけど、具合が悪い時でも美男は美男のままだと感心する。
巽様が息を吹き返した後、まだ意識がはっきりしていなかった時は、あたしは巽様の手を握って励まし続けていたのだけれど、巽様の意識がはっきりしてからは、恥ずかしくなって巽様の手を握れない。
あたしが姫様の振る舞いを全部捨てて巽様の手を握った時は、自分の本当の気持ちだと思ったけど、非常時の一時的なハイテンションだったのだろうか。
「さっき夢を見ているように微笑んでましたよ。何か良い夢でも見ていたのでしょうか?」
巽様は怪我をされて以来、あたしがお見舞いに行った時はちゃんと会話をしてくれるようになったのだ。
「......光輝く鞠の様なる物が近づいて来る夢なのですが......夢か現か分からぬ様子でございます。
わたくしの身体を揺すりて起きるようにと促す声も聞こえます。
目の前が暖かき光に満ちて眩しいのですが、わたくしはその輝く鞠を掴もうと手を伸ばす所でいつも眼が覚めます」
「そんな夢を見るなんて、やっぱり巽様は女神様に護られているのですね。こうしてお話も出来るようになって、あたしは本当に嬉しいです」
巽様の頬がうっすらと赤くなって来る。
暖かく輝く光の夢を見て、本当にお身体が暖かくなって来たのだろう。
あたしは巽様のお顔にかかった髪が気になって、手ですうっと払ったら、巽様はビクッとして目を上げて、あたしの顔を見た。
今度はあたしの顔が赤くなる番だった。
巽様と目が合うと、何故か心臓がドキドキする。
今までは巽様が目を逸らしていたから巽様のお顔を見ていられたのだけれど、眼が合ってしまうと途端に恥ずかしくなってしまうのはなぜだろう。
二人とも黙って目を逸らしてしまう。
その時早い足音がして、刀自様が侍所に入ってこられて巽様の側に座られた。
「いや、そのまま、起きぬとも良い。だいぶ顔色が良くなりましたな。
刀自を護りて代わりに毒の矢を受けられし時は、如何になるかと思いしに」
巽様はそれでも身を起こした。
「刀自様のわざわざのお見舞いを有り難く存じます。
わたくしが刀自様をお護りするは、久我根の武者ならば当たり前でございます」
刀自様は巽様のお顔をまじまじと鋭い眼差しで見ていたと思うと、つっつーっと急に涙を流された。
あたしは本当にビックリした。
刀自様が泣いている。あの刀自様が。
いったいどうしたのだろう。
「年を取ると涙脆くなっていかぬ。巽様を危うく失なう所であったと思うと先代の久我根様にも申し訳が立たぬ」
巽様を都から連れて来られたのは、先代の久我根様だったから、刀自様は泣かれたのだろうか。
どんなことがあっても動揺などしない刀自様が泣くとは、あたしは想像もできなかった。
巽様も驚いて、当惑した顔をしている。
しかし、刀自様は直ぐに立ち直られた。
胸元から懐紙を出すと涙を拭い、ぶびび~っと容赦ない音で鼻をかんだ。
紙を畳んでまた懐に戻す。
そして何事も無かった様子で巽様に聞く。
「今回の襲撃で、巽様は何か気付かれた事はお有りか」
「国府に向かう道では辺りに気を張りておりましたのに、矢を射かけられる直前まで賊の気配を感知できぬは、わたくしの未熟さ故でございます」
「矢を射かけし者の素性は、色々と調べを始めておる。鳥兜の毒を使えて、弓の上手で気配を消すことの出来る男の思い当たりはあるか」
「......わたくしの知る限りでは......いや、しかし......そのような筈は......」
「他にも幾つか証拠は上がって来ているのだ」
刀自様はちょっと溜息をつかれた。
「巽様、床から起き上がりて粥を食べるほどに回復されたので、午後にも東の対にお部屋をお移しいたします」
「いえ、わたくしはこちらで十分でございますが」
刀自様はあたしを見ると、にんまりと笑った。
「かぐや様がこちらに毎日お見舞いになると、侍所の男共が、浮足立って仕事になり申さぬ」
えっ、あたしのせいですか?
毎日巽様をお見舞いに行っても、誰にもダメだと言われてなかったんですけど。
「それに、刀自が命の恩人をこのような狭き所に置いておく訳にはいかぬ」
その日の午後、巽様は東の対の刀自様のお居間に近い、南東の端にお部屋を移された。
巽様の新しい侍女も決まった。
水面下では、侍女A(匿名)と侍女B(匿名)の激しいポジション争いがあったのだが、刀自様の裁定で、久我根館の侍女の中で一番年上の(うめ様)に決定したのだ。
うめ様は久我根館には珍しく、かえで様とは正反対の田舎風の肝っ玉母さん、と言う感じの侍女でした。
刀自様の乳母の娘だそうです。




