日見国の国守の美原野高見様
余は日見国の国守美原野高見である。
国府の美原は、御駒山より流れる大河、祝川の川沿いに広がる平野に位置する。
名の如く豊穣にして、神に祝福されし土地である。
国府より東に十里(約四十キロメートル)の日見崎に立つ日見神社には、国の初めの二神様をお祀りする。
陽の姫御子様と背の君(夫)茅原野稲比古様の間にお生まれになった初めの男御子様が、稲比古様の名を継ぎ初代の大神官様となられ、二の男御子様が美原野高見様としてこの国の国守となられた。
余が名は、古来受け継がれ来たる尊き御名である。
神に守られしこの日見国なれど、那加国が北に勢力を延ばさむと、余が領土を窺いつつある。
日見国は、砂金や銅、砂鉄を産する豊かな土地柄の上、良き馬の産地として名高い。
然るに日見国は、豊富なる資源はあれど加工する術を持たず、産物を那加国や都に運ぶのみである。
那加国が日見国の領土を狙いたるは、余が土地の産物を奪わむとしているのだ。
しかし日見国も、ただ那加国の思惑のままに手を拱いておるばかりではない。
余が第一のお方様は那加国の三の姫であるし、余の一の姫は那加国の第三の男御子に嫁した。
同じく西の鹿耳国の一の姫は余の第二のお方様で、北の大磐国の一の姫は余の第三のお方様である。
余が鹿耳国と大磐国とで三国の同盟を結び、侵略する那加国に対抗せむとして、密かに特使を送りてある。
万が一にも日見国が那加国の手に落ちることがあれば、鹿耳国も大磐国も風前の灯と言えよう。
かようにして政略の契りを結びて、周りの国々と釣り合いを取りて平和を保ちてありしが、那加国は侵略の野望を捨てず、折有らば日見国を飲み込まんと、虎視眈々と窺いおる。
国をめぐりて厳しき情勢にあるにもかかわらず、日見国の統合の拠り所であるべき大神官様の傲慢不遜が目に余り、民の信頼を失うばかりと余が耳にまで届いておる。
大神官様の神を恐れぬ行状により、日見国が女神様のお怒りを受ける恐れありと、余は危惧する。
先日余の母上様が急なご病気で悩まれた時、余は那加国で重い信頼を受けられると聞く、有徳の僧侶を密かに呼びて、ありがたきご佛像をお持ちいただき、経を読み、貴重なる抹香を焚いて祈願していただいたのだ。
快癒なされた母君様は大神官様のご祈祷のお陰と喜んでおられたが、余は大徳のありし僧侶の詠めるありがたきお経のお陰と信ずる。
大神官様は、己の神通力を常々ご自慢なさるも、その効力は既に尽きたるを知らず。
先頃の大切なる戦勝のご祈祷で、大神官様は女神様の聖託も頂けず、弟子の神官や久我根一族にも見限られたというではないか。
古き教えに固執して、今を見誤る事は避けねばならぬ。
このまま何も手を打たなくば、那加国が攻め来る時に内部より自滅するは必定である。
大神官様を罷免して、代わりの有能なる大神官様をとも思いしが、その有能なる弟子を大神官様は破門したと聞いた。
いっそ佛の教えを受け入れて、有り難いお経によって国をお守りすべきではなかろうか。
ところでこの度、日見国の南の関を護る久我根一族の刀自が、養女を迎える許可を願い出た。
その養女の姿を見た者の話では、月の国のかぐや姫なる女童にして、稀に見る美貌で非常に美しく、この世のものとは思えぬほどだと言う。
それほどの美女であり、久我根一族の養女であれば家柄にも問題はなく、余の妻としたきものだが、余の第一のお方様の悋気(やきもち)が激しく、打つ手はあらぬ。困ったものだ。
世の噂では、そのかぐや姫なる女童を害すれば、たちまち月の国の軍勢がその国を滅ぼさんと攻めて来るとも聞いた。
余の妻となさぬのであれば、いっそ那加国に送りて、わざとかぐや姫を害させれば、月の軍勢が那加国を滅ぼすのではないか。
いずれかぐや姫を人質として、那加国に送る手だても考えておかねばならぬ。
この世界では政略結婚が一般的なのです。




