Cross Future:勘違いさせられサキュバスと勘違いさせ人間。③
三日以内に二人組を作れと言われ、私は絶望していた。三日という短い期間で、三日でなくても絶望的な状況なのに、二人組を作れるはずがない。それに加え、ペナルティーがあると来た。
私に唯一勝機があるとすれば、安界くんだ。この醜く見える状態で声をかけて普通に話しかけてこれる者は安界くんしかおらず、これから誰かと仲良くすることは不可能だと判断した。
今日の授業がすべて終わり、私は即座に教室から飛び出した。カーフェンがこちらを睨んでいたが、SHRが終わってから何もして来ていないため明日辺りに何かありそうな予感はあるものの、今は気にする余裕がない。
安界くんは初めて会った時に一年六組と言っていたため、一年六組の教室に向かっている。一年生の教室は階が一緒で、一組から十組まで順番に並んでいる。しかし、各教室の間が非常に長く、三組から六組までの距離はもちろん非常に長い。
各教室の間には、色々な教室が存在しているが、一番はすべての教室が一番大きい種族に合わせていることから広いのが原因だ。
私は速足で安界くんが教室から出る前に六組へと向かう。安界くんが放課後何をしているとかは話したことがないため、六組にいなければ分からなくなってしまう。それに、早く安界くんの元に向かわなければ安界くんが他の誰かと組んでしまう。
私とは違い、安界くんは誰かと組む可能性が大いにある。私とほぼ同じ状況と言えど、私は嫌悪、安界くんは異物感と大きく違う。これを機に誰かに声をかけられる可能性が大きく、私は速足をしながら不安が大きくなってくる。
そうこう早歩きしている内に、私は一年六組の前にたどり着いた。歩いている道中では、私への嫌悪の視線があったが、それ以上に誰かと二人組を作っている者たちが多く見られた。やはり私と同じように放課後に行動している者が多い。
他の教室であるため、不用意に入ることはせずに私は開いている扉からこっそりと安界くんがいるかどうかを確認する。
「・・・・・・あっ」
安界くんが席に座っていることを確認でき、一安心、とはいかなかった。座っている安界くんの傍で立っている、黒髪のエアリーボブが良く似合うまん丸い目と可愛らしい顔の女性がいたからだ。
その光景を見た瞬間、今すぐにでも安界くんの元に行きたいと衝動にかられそうだったが、踏みとどまってどうすれば良いか考える。安界くんを呼ぶのが一番良いのだが、周りに色々な種族がいて騒音が酷く、声を上げても聞こえるかどうか分からない。
「おい、あれ」
「えっ、あれって例のサキュバスだよな? 何でこんなところにいるんだよ、きもっ」
「しかも教室を覗き込んでるし。普通に気持ち悪いんだけど」
私がこの場所に留まっていられる時間も限られている。どうにかして安界くんを呼ばなければならない。考えながら、安界くんが気づいてくれるように安界くんに穴が開くくらい視線を送り続ける。
だが、そんな視線は意味をなさずに安界くんと可愛らしい女性は笑みを浮かべながら話している。こうなれば必死に声をあげて気が付いてもらうまで言うしかないのだろうかと考えた。
「あっ」
実行しようとしたところ、安界くんが私の方に気が付いたようで、軽く手を振ってきた。私はそれに返すように手を振り返した。そして安界くんは隣にいた女性に何かを言ってこちらに向かってきた。
隣にいた女性はこちらを見て不思議そうに見ているが、眉間に少しだけしわを寄せているのが見えた。私の姿を見てそうなっているのか、はたまた安界くんとの時間を邪魔されたからそうなっているのかは定かではない。
「今朝ぶり、バトラさん」
「う、うん、今朝ぶり。いきなり教室に来てごめんね、迷惑だった?」
「全然迷惑じゃないよ、気にしないで」
言葉を交わしているだけで心が落ち着く。それよりも、私はここでとある口実を思いつき、今このタイミングで言うことがベストだと認識し、話を切り出した。
「き、今日は安界くんが教室にいたから良かったけど、もし用事がある時に連絡を取りたいから、連絡先を交換しない?」
「いいよ」
私が緊張しながら平静を保ち安界くんに聞いたが、安界くんは即答してくれた。私は心の中で一安心しながら、スマホを取り出した。安界くんも同じようにスマホを取り出す。お互いに持っていたアプリを起動して、フレンド登録をした。
「うん、これで大丈夫だね。何かあれば連絡してね。あっ、別に何かなくても連絡してきてもいいから」
「い、良いの?」
「良いよ。だってバトラさんともっと会話したいから」
まさか安界くんから連絡の許可を貰えるとは思っておらず、心の中でガッツポーズをした。この許可がなければ不審に思われないかなと思っていたところだ。ここまで来れば他者不信と思われてもおかしくない。
「それで、今日はどうしたの?」
「あっ! そ、それはね・・・・・・」
思わぬことを達成してしまったため、交流会の二人組の件を忘れているところだった。私は気を取り直して手遅れでないことを願いながら口を開く。
「その、交流会の二人組を今日の朝聞いたよね?」
「うん、聞いたよ。噂には聞いていたけど、急すぎるよね」
「それでね、安界くんは誰か二人組の相手が決まっていたりする?」
不安になりながら、実質二人組を誘っている言葉を安界くんに向けた。だけど安界くんは首を横に振りながら困った顔をした。
「残念ながらまだだよ。唯一仲の良いクラスメートは他のクラスメートと組むみたいで、僕はまだ決まっていないんだ。バトラさんはどう?」
「わ、私もまだだよっ!」
安界くんがまだだということに喜びを隠しきれず、安界くんの質問に食い気味に答えた。引かれていないかと思ったが、安界くんにそんな様子はない。
「良かった。それなら僕と組まないかな? バトラさん以外に頼れる人はいなさそうだから」
「うん! 私で良ければよろしくお願いします!」
朝の話を聞いたときには絶望しかなかったが、今では安界くんといられる時間が増えるかもしれないという可能性で頭がいっぱいだ。
「善は急げ、今から職員室に行こうか。職員室に二人組の申請をする紙があるらしいから」
「そうなんだ。じゃあ行こう」
私は安界くんの申し出をすぐに受けた。安界くんの気が変わらないことはないだろうが、早めに安界くんと二人組になって安心しておきたい心もある。
「荷物を持ってくるから、少しだけ待っていて」
「ずっと待ってるよ」
安界くんは荷物を取りに自身の机に向かい、そこで待っていた女性に断りを入れたようだ。女性は少しだけ嫌そうな顔をしていたが、安界くんが手を合わせて謝ると、不満そうに頷いた。安界くんはまた女性に何かを言い、カバンを持ってこちらに来た。
「お待たせ。それじゃあ行こうか」
「うんっ」
私と安界くんは並んで職員室に向かった。それを見ていた周りにいる生徒たちは、朝と同じように私たちを見て友達と話している。
「あの噂は本当だったんだね」
「えぇ、あれって人間よね? サキュバスだから誘惑でも使ったんじゃないの? じゃないと説明できないわ」
サキュバスの能力を何も使っていない私にも、どういうわけか説明できません、と内心思いながらも、安界くんは本当に私に何も感じずに接しているのか疑問に思った。だが、そんなことを考えていてはきりがないとそれを放棄した。
「そう言えば、僕とバトラさんの二人組を作ったけど、どんな三年生と組まされるんだろうね。ランダムって一番怖いよね」
「あぁ、そうだよね。学園側が相性とかを考えてくれれば一番良いんだけど」
安界くんと話しながらまだ知らぬ三年生について想像を膨らませる。安界くんみたいな二人組であるならばそれは天国であるが、そうはいかないと思う。一番嫌なパターンはカーフェンみたいな暴力的な男と組まされた時だ。同じ一年生同士であるため、カーフェンと組むことはないからそこは安心だ。
「ところで、サキュバスって、どういう戦い方をするのかな? あまりサキュバスのことを知らなくて」
「どういう戦い方・・・・・・」
安界くんの問いに、私はどう答えて良いものか考える。サキュバスの魔力性質は魅了か快楽、またはその両方で、私は両方持っているレアケースだ。そして、〝魅了〟は相手を自身に惚れさせることができ、〝快楽〟は相手に呼吸をするだけで気持ち良くさせることができる。
これを素直に言って、いかがなものかと思ってしまう。サキュバスという存在自体が下ネタであるから、こういうサキュバスの話は話しにくい。それに関しては安界くんを責めているのではない。
「・・・・・・あ、相手の視線を私に向けて、その間に隙を作る、かな。あまりサキュバスは戦闘に向かない種族だから」
絞り出した答えがこれであった。これくらいしか思いつく答えがなく、快楽に溺れさせるなんてことを言えるはずがない。
「へぇ、そうなんだ。でもそういう種族って結構いるよね。全体的に見れば、人間も戦闘に向かないし、あとは精霊とかもそうだよね」
「う、うん、そうだね」
何とかサキュバスの話題を終わらせることができ、ほっとした。しかし、そんな私をあざ笑うかのように偶然は私のことを苦しめてくる。
「こんなところで奇遇だな、不細工サキュバス?」
私の行く先に立っているのは、クラス以外で見たくもないカーフェンとポシェロだった。安界くんといる時は心地の良い時間なのに、こいつらがいるだけで気持ちの悪い時間に変貌する。
「バトラさんの知り合い?」
カーフェンたちのことを知らない安界くんが、私に聞いてきた。正直に言えば、カーフェンたちのことを教えたくはないが、安界くんに余計な心配をさせたくない。
「か、彼らは、私のクラスメートだよ」
「ふーん・・・・・・、クラスメート」
私の言葉に安界くんは一瞬だけカーフェンたちに向ける視線を鋭くしたが、すぐにいつもの優しい安界くんに戻った。
「こいつ、朝にお前と登校していた男だよな? どうして今も一緒にいるんだよ? どういう関係なんだ? あ?」
カーフェンは私と距離を詰めてきて安界くんの関係を高圧的に聞いてくる。私はカーフェンの顔からそらしたくなったが、そうすれば安界くんに要らない心配をさせてしまい、もしかすると面倒だと思われるかもしれないと思ったため、真っすぐとカーフェンの方を向く。
「何だ、その目は?」
「別に。今朝も同じようなことを言いましたが、私が安界くんとどういう関係でも良いじゃないですか」
私は安界くんにダメなところを見られないように、強気な態度でカーフェンと向き合う。だが、そんな私の態度を気に食わない様子だった。
「何だ、その態度。ちょっと来い」
さすがにここで私のことを殴る蹴るなどはできないため、私の手首をつかんで無理やりどこかに連れて行こうとする。さすがにこれはまずいと思った矢先、私とカーフェンの間に誰かが割って入ってきた。
「少し、待ってもらえるかな?」
私の手首をつかんでいたカーフェンの手をほどいた安界くんがカーフェンと向き合った。カーフェンは割って入ってきた安界くんに殺しそうな視線を送っている。
「あ? 何だよ、他人が割り込んでくるんじゃねぇぞ」
「バトラさんとは他人じゃないよ。バトラさんとは友達だから、友達が危ない目にあいそうだったら助けるのが友達じゃないのかな?」
「そんなことはどうでも良いんだよ。俺の邪魔をすれば、どうなるか分かってんのか?」
「ぜひ、どうなるのかを教えてほしいかな」
カーフェンが威圧しているが、安界くんはそれを受け流して挑発しているかのように思える。こんな安界くんの一面があることに驚いたが、安界くんを止めなければならないと思った。
「安界くん、私のことは良いから――」
「心配しないでバトラさん。少し待っててね」
安界くんを止めようとしたところ、安界くんに微笑まれながら私が止められた。私はその微笑みにドキッとして黙ってしまった。
「君がどういう了見でバトラさんに酷いことをしているのかは知らないし、知りたくもないけど、この学園の理念にそぐわないことをしていることを理解しているのかな?」
「あ? そんな学園の理念とかは知らねぇよ。俺はしたいことをしているだけだ。てめぇはそこをどいてればいいんだよ。じゃないと痛い目を見ることになるぞ」
「うーん、僕は勘違いしていたようだね」
私は突然そんなことを言いだす安界くんに嫌な予感がして、安界くんを止めようとしたが、一歩遅く安界くんはカーフェンに言葉を発した。
「知性ある動物と話していると思ったけど、僕が話しているのは知性も何もない畜生なようだね。ごめんね、僕や他の者が言っていることが分からなかったんだね。そうと分かれば話し方はいくらでもあるから、心配しなくていいよ?」
安界くんの言葉に、私を含む周りでこちらの様子をうかがっていた者たちは一瞬にして凍り付いた。凍り付いた言葉を言った本人である安界くんは、悪気もなく笑顔でカーフェンのことを見ている。
そして畜生認定されたカーフェンは、一瞬だけ何を言っているのか分からない表情をしていたが、すぐに理解して青筋を立てている。
「てめぇ、バカにするのも大概にしろよ!」
抑えきれなくなったカーフェンは安界くんの胸倉をつかみ、今にも殴りかかりそうな勢いだ。私はなりふり構わずサキュバスの力を使おうとする。
「この場で殴っても良いの? 僕が人間で、多種族連合に所属の種族である君が?」
安界くんの言葉にカーフェンは振り上げた拳を止めた。安界くんの言う通り、多種族連合に所属している種族は、過去の事件からよほどのことがない限り人間に手を出すことを禁止されている。もしそれを破れば、最悪の場合、一族ごと他の種族に絶滅させられる。
この状況はまさしくその状況に当たり、もしここでカーフェンが安界くんを殴れば、吸血鬼一族とは行かないものの、家族は即座に処刑される。他の種族の見せしめとして。
「くそがっ!」
カーフェンは乱暴に安界くんの胸倉から手を放した。安界くんがよろけるかと思ったが、安界くんはよろけることなくその場に立っている。
「このことは別にどこにも言うつもりはないけど、今後一切バトラさんにちょっかいをかけるのはやめてほしいな」
「あっ⁉ てめぇにそんなことを――」
「畜生って、本当に何も分からないみたいだね。この状況で、後から僕がこの吸血鬼に何かされましたって言われれば、どうなるのかな?」
安界くんにそう言われてカーフェンは周りを見ると、周りの者は一斉に視線をそらしているが、安界くんがその気になれば安界くんの言う通りになる。
「ねぇ、もう行こう?」
「ッ! くそがっ! 覚えてろよ!」
隣にいたポシェロに諭されて、カーフェンは捨て台詞を吐いて速足でこの場から離れていく。私はこの場で何も起こらなくて一安心した。
「さぁ、行こうか」
「・・・・・・うん、ありがとう」
カーフェンと対面したいつもの口調の安界くんに、少しだけ恐怖を覚えたが、それ以上に私のためにそう言ってくれていたことが嬉しくて仕方がなかった。そして心の奥から湧き出てくる訳の分からない感情を、心地よくも感じた。