Cross Future:勘違いさせられサキュバスと勘違いさせ人間。②
いつも通り、虹音学園の敷地内にある学生寮にある一人部屋で起床し、朝食をとり身支度を済ませる。そしていつも通りの時間に本棟に向かう。何もかもいつも通り、というわけではない。
「・・・・・・ふふっ」
昨日出会った安界くんのことを思い出すと、頬が緩んでしまう。昨日は一限目を二人でさぼってお互いのことを話した。好きな物やどういった場所が好きとか。安界くんと話していると、心が安らいでとても有意義な時間だった。
「・・・・・・ハァ」
それに比べて、教室にいる間はとても最悪な気分になってしまう。昨日は二限から授業に戻ったが、とてもではないが落差を実感させられた。天国から地獄に突き落とされた気分だ。
教室に戻ると全員から鋭い目で見られ、カーフェンから舌打ちをされた。それだけならまだ良いが、席に戻ると私の席は粉々に砕けていた。それも自業自得とされたが、別の教室にあった予備の机と椅子で事なきを得た。
「おはよう、バトラさん」
「ッ! お、おはよう! 安界くん!」
後ろから声をかけられて驚いたが、すぐに声だけで安界くんだと認識したので笑顔で振り向いて挨拶を返す。笑顔の安界くんを朝から見られただけで、今日も良いことがありそうな予感がする。
「バトラさんはいつもこれくらいの時間に登校しているの?」
「うん、そうだよ。安界くんも?」
「ううん、今日は少し遅れて来ただけだよ。いつもはもう少し早く登校してる」
「へぇ、どうして遅れたの?」
「恥ずかしい話で、少し寝坊しちゃって。昨日は夜遅くまで起きていたから、寝坊しちゃった」
「え? 安界くんでもそんなことがあるの? 何だか安界くんなら規則正しい生活を送ってそうなイメージ」
「そんなことないよ。僕もそこら辺にいる学生と変わらないよ」
安界くんとこうして普通の学生みたいな話をしているだけで、心が満たされていく。外見が醜く見える魔法をかけられてから、これまでに他の動物から外見だけでしか見られていないと、どこか心にぽっかりと穴が開いていた気がしたが、それが安界くんのおかげで満たされていく。
「おい、あれ見てみろよ」
「えっ、あのサキュバスと一緒に登校している奴がいる」
「あぁ、あんな奴と登校できる奴がいるんだな」
周りからは醜い私と安界くんが注目されている。私はいつも通りだが、隣にいる安界くんがよほど珍しいのかいつもよりざわついている。
「昨日の体育の授業でね――」
そんな周りが気にならないのか気が付かないのか分からないが、安界くんは普通に話を続けている。私も気にせずに話を続けられるが、それが気になって安界くんに思い切って聞くことにした。
「うん? どうしたの?」
私が何か言い出すのを察して、安界くんは話しを止めて聞く姿勢になってくれた。
「あの、安界くんは周りのざわつきが気にならないの?」
「周りって、あぁ、僕たちを見ているこの視線のことだね」
私の問いかけに、一応気が付いていたのだと分かった。それなら安界くんは気が付いているが、気にしていないということになる。
「気にならないの?」
「うーん、別にそんなに気にならないかな。バトラさんは気になる?」
「私も気にならないよ。ただ、安界くんが不快な思いにならないか心配だったから」
「そっか、ありがとう、僕のことを心配してくれて。僕は大丈夫だから」
私が原因なのだから、私が心配するのは義務にも等しいのだが、それを笑顔でお礼を言われると心苦しくなる。
「もしかしたら周りの人はこう思っているのかもしれないよ?」
「え?」
不可解なことを言った安界くんは私の耳元まで近づいてきて、ぼそりと言葉を発した。
「僕たちが付き合っている、とかね」
「えっ⁉」
安界くんのその言葉に驚いて安界くんの方を見ると、こちらをからかうような笑みを浮かべている。そんなからかわれるような笑みを浮かべられると、驚いたことが恥ずかしくなる。
「フン!」
「えっ、ちょっと、バトラさん?」
恥ずかしさから私は安界くんを置いて速足に学園へと向かった。その後ろから安界くんが付いてくるのが声と足音で分かる。
「ごめんね、少しバトラさんのことをからかっちゃった。悪気はないんだよ?」
「悪気がなくてそんな冗談は言えません」
「本当だって! 全然バトラさんに悪気はないんだよ!」
少しだけムキになっている私を怒っていると認識したのか、安界くんはすぐに謝ってきてくれた。だけど私はお返しがしたくてこれを続けることにしたため、安界くんは必死に弁解している。
「ほんの少しだけ出来心があったかもしれないけど、バトラさんだからやったことだから、許してくれないかな?」
「フンッ!」
意地になっているものの、どこで止めたら良いか分からなくなった。本当は私が嫌われてしまう可能性があるため、今すぐにでも許すという言葉を安界くんにあげたい。
そう思いながら早歩きしていると、後ろからの気配がなくなっていることに気が付いた。私は急いで後ろを振り返ると、すぐ後ろに安界くんがいた。驚いて後ろに下がったところに少しの段差があり、後ろから倒れそうになった。
「ふぅ、危なかった」
倒れそうになったところを、安界くんが私の身体に腕を回して助けてくれた。すぐ近くに安界くんの顔があることと、助けてくれたことに少しの間固まってしまった。
「ごめんね、驚かせるつもりはなかったんだ。どうやって誤解を解こうかと考えて無言になっていただけなんだ」
安界くんは私を抱き留めながら説明してくれた。だけど私はそれを聞く余裕がなかった。サキュバスで、男に慣れていた女がこんなことでドキドキしているなんて恥ずかしいにも程がある。
「バトラさん?」
「ご、誤解は解けたから、早く放してくれない?」
「ううん、それはできないよ」
「な、なんで?」
「だって、このまま放したらバトラさんが倒れちゃうから。バトラさんが立ったら放すよ」
そこで私がまだ安界くんの腕に体重を乗せた状況に甘んじていることを理解した。私はすぐに自分で立つと安界くんが離れてくれた。
「本当にごめんね」
安界くんはとても申し訳なさそうに謝ってくれた。そこまで謝ってもらうことでもなく、むしろ謝らないといけないのは意地を張ったこちらの方だ。そこまで謝ってもらうと、とても申し訳なく感じる。
「ううん、私が意地を張ったのが悪いの。もうこれでお相子ってことだね」
「うん、そうしてくれると嬉しいな」
私と安界くんの仲が拗れることなく、私たちは登校した。周りの声など聞こえない程、安界くんとの会話は楽しく感じた。
教室に入るといつも通りの視線がクラスメートから送られてくるが、今の私はそんなこと気にならないでいた。安界くんとの会話は、もしや精神を安定させる効果があるのかと思いながら自分の席に着いた。
早く安界くんと会えないかと思いながら、時間が経つのを待っていると、私の近くに誰かが来たのを感じた。そこには昨日私と安界くんの出会いのキッカケを作ってくれた、カーフェンとその彼女であるポシェロがいた。
「何ですか? もうお金はないですよ」
彼らは私が週一で実家からお金をもらっているため、週一でお金を徴収してくる。だから私はもうお金を持っていない。来られても何も与えるものはない。
「そんなことはどうでも良いんだよ。さっきの男はどういうことだ? あ?」
「さっきの?」
「とぼけんじゃねぇよ。さっき一緒に学校に来ていた男だよ」
いきなり話しかけられたと思ったら、安界くんのことを聞いてきた。私はそんなことを知ったところでどうしたんだと思った。
「別に、私が誰と登校してようが良いじゃないですか。何か不満なんですか?」
「・・・・・・てめぇ、いつの間にそんな口を利けるようになったんだ?」
「私はあなたの奴隷ではないですよ」
いつもなら無視したり、適当に流していたが、今日は言い返している。適当に流していれば良いのだが、いつまでも流しているわけにはいかないと思った。
「そうだ、なっ!」
「ッた!」
私の言葉に肯定すると同時に私の頬を殴ってきた。座っていた私は吹き飛ばされた。私は身体を魔力で強化して身体にダメージが入らないように配慮したが、よほど強く殴ったのか頬だけはジンジンする。
「じゃあこれからお前を奴隷にしてやるよ。てめぇみたいなブスは這いつくばっていれば良いのに、幸せそうな顔をしてるんじゃねぇぞ」
カーフェンのその言葉で、恐怖を感じたりはせず、私が幸せそうな顔をしていたのだと理解させられた。それよりも、彼はどうしてそのことで怒っているのだろうか理解できなかった。
「あ? 何だよその顔は?」
「黙って奴隷になる者がどこにいるんですか?」
兎に角、このままでは本当にとんでもないことになりそうだと予想した私は、戦うことにした。しかし、そうなる前に始まるチャイムが鳴った。そしてユルゲンス先生が教室に入ってきた。
「・・・・・・SHRを始める、わけにはいきませんね。どういうことか説明してもらえますか?」
ユルゲンス先生は、殴られて床に膝をついている私と、私の前にいるカーフェンを見て、さすがに看過できないようで事情の説明を求めてきた。
「別に何でもないですよー。ただのじゃれ合いですよー」
カーフェンは先生に適当な説明をした。それを冷たい目で見ていた先生は、続いて私の方を向いた。ここで正直に答えても、カーフェンはこの教室の生徒を私という共通の敵と家の力を用いてほとんど掌握しているため私が嘘をついていると言われるのがオチだ。
だからここで正直に答えたとしても得はない。もっと決定的な証拠を出さなければこちらの身が危険に陥ってしまう。
「何でも、ないです。ただぶつかっただけです」
「本当にそうなの? 何もされてないの?」
「はい、大丈夫です」
「・・・・・・そう、バトラさんがそう言うなら、これ以上は突っ込まないでおくね」
「ありがとうございます」
先生は私のことを考えてくれているから、この場では不利ということを認識して引き下がってくれた。これ以上突っ込まれると、ユルゲンス先生まで危ないかもしれない。強いとしても、純血の吸血鬼の家相手にはどうすることもできないと思う。
「その頬の腫れはどうする? 保健室に行ってくる?」
「いえ、これくらいなら我慢できるので大丈夫です」
「そう、分かったわ。無理そうなら言ってね」
私の頬の腫れを心配してくれて、本当に良い先生だと思う。だからこそ、こいつを先生には宛てさせられない。今は私だけで十分だ。
「じゃあ、今日のSHRを始めるよ」
カーフェンのせいで移動した席を元に戻して私は席に着き、全員が席に着いてSHRが始まった。
「今日は少し大事な話をするね。もう少しで行われる、一年生三年生合同交流会についてね」
その言葉に、クラスメートたちはざわついた。私も噂くらいでは知っていたが、こうして説明されるのは初めてだ。
「一年生で二人組を作り、三年生でも二人組を作る。そして一年生と三年生でランダムに二人組と二人組を合わせて四人組を作る。その四人と仲を深めながら、四人組同士で軽い摸擬戦を行ってこの棟の生徒同士でお互いを知って行こうというイベントだよ」
二年生はどうするんだろうというくだらないことを考えながら、話の内容を理解する。
「そして、一番大事な場所はここ。三日以内に二人組を完成させないといけないということだよ」
「ん?」
先生の言葉に思考停止しそうになった。魔法をかけられる前の私ならともかく、今の私が二人組を作るとなると、とんでもなく難しい話になってくる。
「もし二人組を作れなかった生徒は、学園側からペナルティーがあるから気を付けてね。甘く考えていると、少し後悔するレベルだと思うよ?」
二人組を作れなかったら余ったもの同士で組む、とかではなくペナルティーがあると言われて、私は頭が真っ白になった。これからどうすれば良いのか、良く分からなくなった。