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山椒の書置きどころ。  作者: 山椒
Cross Future
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Cross Future:勘違いさせられサキュバスと勘違いさせ人間。

 九猪くんと手をつないで保健室へとたどり着いた。その間、私は心臓がバクバクしっぱなしであったが、それは吊り橋効果やらで納得したいところではある。


「失礼します」


 九猪くんが保健室の扉をノックするが、保健室から反応はなく、九猪くんは一言発しながら保健室の扉を開けた。私も一緒に保健室に入ると、様々な大きさのベッドや薬棚に色んな種類の薬が並べられているのが目に入るものの、保健室には誰もいなかった。


「誰も、いませんね。仕方がありません、勝手に拝借しましょう」

「だ、大丈夫ですか?」


 九猪くんが誰もいないため勝手に拝借することを言ってくるが、私は不安になる。着替えは欲しいけれど、その替えの着替えを着るのは私なのだ。


「うーん、大丈夫だとは思いますよ。だって、保健室はそういうところなんですから、少しくらいは大目に見てくれますよ。それに、バトラさんをそんな状態で放っておけるわけがないです。何か言われれば僕が責任を取りますから、探しましょう」


 私の手をはなして九猪くんは保健室の中を探索し始める。そのことに対して、私は何も言えずに一緒に探し始める。ただ、九猪くんからはとても気分が良い感じがしてならない。今まで出会ってきた者たちの中で、私のことを心の底から接してくれている、そんな感じがする。


「ここら辺にありそうですね」

「えっ? あ、はい、そうですね」


 養護教諭が座る机の近くに戸棚があり、体操服があるとすればそこであろうと九猪くんが狙いを絞ったようだが、私は心ここにあらずでコミュ障な返しをしてしまった。これでも男の子と仲良くするのは悪魔の中で一番得意なはずなのだが。


「そ、そう言えば、九猪くんは人間なのですか?」


 探している間、出会った時から気になっていたことを質問する。


「はい、そうですよ。バトラさんは・・・・・・、悪魔ですか?」


 九猪くんは私のことをジッと見て悪魔だと言い当てた。人間と同じ形をしていたとしても、魔力の質を見れば悪魔であることを見抜くことができるため、言い当てられても不思議ではない。


「悪魔です。サキュバスをやっています」

「サキュバスですか。初めて会いました」

「どうですか? 初めてのサキュバスは?」

「そうですね・・・・・・、外見だけでは人間と変わりありませんね」

「そういうものですよ、大抵の悪魔というものは」


 探しながら九猪くんと話しているが、彼は私と初めて会ったというリアクションをしてくる。私は自慢ではないがこの棟で悪い意味で有名になっていると自負している。だが、そんなことを知らない様子をしている九猪くんにどうしても納得がいかない。


「あの、私の名前を聞いて、何か思い当たることはありませんか?」

「思い当たること、ですか?」

「はい、噂とかそういうのでです」


 気になり過ぎたため、私は私のことを聞いた。九猪くんは探しながら考えているが、しばらくしても何かを思い出すことはなかった。


「すみません、何も知らないです。何か知っていないとまずいことでもありましたか?」

「い、いえ、そんなことはないんですよ」


 きっと私のことを知ったから、これから私の噂を知ることがあるだろうが、ふと思った。別に私を見ても何とも思っていないのら、噂を知ったとしても何ともないのではないかと。私の噂は、『サキュバスのくせに見るに堪えない女がいる』というものだった。


 私を見ている時点でこの噂があろうがなかろうが、関係ない話ではないかと思った。そもそも、九猪くんが私のことを醜いと思って見ているのかが分からない。


「あっ、ありましたよ。とりあえずここにある体操服で済ませましょう。好きなものを選んでください」


 九猪くんが体操服がある場所を見つけ出してくれた。色々なサイズがあり、私は自分に合ったサイズを選び取った。


「ここにもう一枚タオルを置いておきますね。じゃあ、僕は保健室から出ているので」


 もう一枚タオルを用意してくれた九猪くんは私が着替えるために保健室から出ようとしたが、私はもう少し傍にいてほしいと思ってまた九猪くんの袖をつかんだ。それには九猪くんも困った顔をして振り返った。


「えっと、放してくれないと保健室から出れませんよ?」

「う、後ろを向いていれば保健室から出て行かなくて良いと思います。ほら、それに、えっと、廊下はまだ寒いと思いますから、その」


 我ながら変な言い訳をしていると思いながら、どうにか九猪くんを引き留められないかと言い訳をしていると、九猪くんはしょうがないという顔をして養護教諭が使っている椅子を手前に引いて座った。


「分かりました。ここに座って待っていますね」


 私の我がままに付き合ってくれて優しいなと思いながら、私は濡れた制服を脱いでいく。水であったため拭くだけで済み、濡れている身体をタオルで拭いて体操服に着替える。その間、九猪くんはこちらを振り向く素振りを見せずにずっと座って動かない。ここまで優しくされたのだから、見られるかもしれないという不安はない。不安があればここにいてくれと頼まない。


「着替え終わりました」

「はい。じゃあ振り返りますね」


 九猪くんは私の合図で振り返り、そして保健室にある時計を見た。私も時計を見ると、すでに一限が始まっている時間帯になっている。


「もう一限が始まってますね」

「そうですね・・・・・・、ごめんなさい、私のことに構っていたせいで、授業の時間に遅れてしまうことになりました」

「そんなこと気にしなくて良いですよ。僕が好きでやったことですし、バトラさんのお役に立つことができたのなら何よりです」


 優しい声音で私にそう言ってくる九猪くんに、私は心が軽くなって行くのを感じた。もう少しだけ、九猪くんと距離を縮めたいと思った。


「あの、安界くん、と呼んでも良いですか?」

「はい、良いですよ」


 安界くんはさっき出会ったばかりの悪魔に名前呼びされることを快く許可してくれた。欲張りたくなった私は、最後に一つだけ欲張ることにした。


「その、お互いに敬語じゃなくて、同い年ですから、タメ口にしませんか?」

「はい、良いですよ。じゃないね、良いよ」

「あ、ありがとう!」


 さっきから普通の会話が久しぶりなため、人との距離感をつかみ損ねている気がするが、相手が安界くんで安どした。私からのお願いを快く受けてくれていると、これまでの一ヶ月間が帳消しにはならないが消え失せていく気がする。


「そろそろで教室に戻ろうか。黙って授業をすっぽかしているからね」

「う、うん、そうだね」


 時間を一瞬だけ見た安界くんは立ち上がって私にそう言ってきた。だけど、私はあいつらがいる教室に戻るのかと思うと、少し躊躇してしまう。安界くんと普通に会話していることは嬉しいが、自分から地獄に戻って行くことが嬉しい者がいるはずがない。


「どうせ授業には遅刻するんだから、一限目はさぼろうか」

「・・・・・・えっ?」


 立ち上がっていた安界くんだが、腰を下ろして話しかけてきた。話しかけてきたのは良いが、衝撃的な言葉が安界くんの口から発せられた。


「い、良いの? 私は別にいいけど、安界くんは大丈夫なの?」

「うん、一限くらい大丈夫だよ。今はバトラさんと話したいなぁと思ったから。・・・・・・ダメかな?」

「ううん! ダメじゃない!」


 私としては願ったり叶ったりな状況なため、安界くんの提案に食い気味に反応してしまった。反応した後に少しだけ恥ずかしくなったが、顔に出さないように努めた。


「良かった。じゃあ少しだけお話しようか」


 安界くんは私用に近くの椅子を安界くんの前に用意してくれた。私はお礼を言ってその椅子に座った。対面して、安界くんは私の目を見てくれる。


「入学してから一ヶ月経ったけど、学校では上手くやっていけそう?」

「どうだろ。友達が未だに一人もできていないから、上手くやっていけそうかは分からないなぁ」

「そっか。僕も同じような感じだよ」


 安界くんの言葉に私は首を傾げた。私は外見が変わる魔法がかけられているが、安界くんに関しては話しやすそうで、優しい感じだから友達がたくさんいると思った。


「あっ、その顔は信じていない顔だね?」

「そ、そんなことないよ! ただ、話してみた感じでそんなことは思えないから・・・・・・」

「あぁ、そういうことか。僕の場合は人間だから、上手く話しかけてくれる者や話してくれる者が少ししかいなくて友達と言う者はできていないよ。純粋な人間って、年々減ってきているから、物珍しく見ている者が多いのが原因かな」


 私は安界くんの理由を聞いて納得した。人間は安界くんの言う通り減ってきているが、この学園に入学してくる人間が少ない。この学園に入学してくる人間は、魔力が常人より多くなければならないという実力主義になっている。


 普通の人間は魔力を多く有していない。だから年々数が減ってきている純粋な人間が学園に入学してくることは珍しい。


「でも」


 安界くんが一旦言葉を区切り、私の方を向いて微笑みながらこう言った。


「バトラさんと仲良くなれそうだから、僕は学校で上手くやっていけそうだよ」

「・・・・・・そ、そう、かな?」


 真っすぐにそう言われ、動揺している私は長い髪の毛をいじって誤魔化した。


「バトラさんはどう? これから僕と仲良くしてくれる?」

「そ、それは、何と言いますか、こ、こちらから、末永くお願いします、と言いますか」


 突然安界くんが言葉で距離を詰めてきたため、完全に動揺しながらも変な言葉で返事をしてしまうが、安界くんはそんなことを気にしていない様子だった。


「うん、よろしくね、バトラさん」

「こ、こちらこそよろしく、安界くん」


 この出会いにより、私の学園生活はどこか変化するような気がした。これまでは生きているだけで地獄だと思っていたが、この世界はそうでもないと認識した。


 私と安界くんは一限が終わるチャイムが鳴り響くまで、お互いのことを話した。そして、安界くんとの会話は私の心を満たしてくれたのを感じた。

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