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山椒の書置きどころ。  作者: 山椒
Cross Future
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Cross Future:勘違いさせられ女と勘違いさせ男。

 私、リリス・バトラは登校するために学園内を歩いていた。誰も見ないように下を向き、速足で歩いているが、周りのひそひそ声は鮮明に聞こえてくる。


「見て、あれ。あれが例の一年生よ」

「うわっ、あれが? 見ているだけで気持ち悪い」


 気持ち悪いと言われようが、私は気にすることなく歩き進める。悪口を気にしない、ではなく、悪口を言われるのに慣れてしまったため、気にせずに歩き進める。


「あれがサキュバスなんて、世も末だな」

「あぁ。お金を払ってあれと付き合えと言われても、絶対に付き合えない」

「スタイルは良いのに・・・・・・、何だろうな、あの気色悪い感じは。見ただけで虫唾が走る」

「それな! サキュバスなのに、意味が分からない」


 多種多様な種族から色々と言われているが、それでも歩き続ける。こんなことでくじけていてはここに来た意味がなく、この先にあるものを手に入れるために私は我慢する。


 登校しているこの虹音(にじおと)学園は、サキュバスである私から始まり、オークやヴァンパイア、エルフやワーウルフ、はたまたメデューサなど様々な種族が一堂に通っている学園だ。この学園はありとあらゆる種族が交流するために創設され、今年で二十周年をむかえる。


 私は大きな種族であろうと入れるように設計されている十棟あるうちの一つの入り口に入り、自身の教室に向かう。どんな時であろうと私への悪口は止まらないが、もう一ヶ月以上続けば慣れてしまった。最初の方はとてもつらく、やめてしまいたいとも思ったが、本当に外見だけで判断されていたのだと気落ちしてこれを続けることにした。


 ついに私が所属するクラス、一年六組の前にたどり着き、一度深呼吸をして教室に足を踏み込んだ。するとさきほどまで談笑していたのが嘘のように静まり返り、私に視線が集中している。その視線はここまで来ていた人たちのものと同じだが、一つ違うのは殺意に近い何かが含まれている点だ。


「チッ! 胸糞悪い奴が来たなぁ!」


 金髪のガタイの良い野性的なクラスメイトの男が、私を見るなり私に聞こえる声で独り言を発した。威圧されていることにも気が付いたが、気にせずに一番後ろの窓際の席に座る。


「ここはみんな仲良くしましょうねって言う場所なのに、どうしてこんな奴がいるのか分からないよな?」

「えぇ、そうね。あんな気持ち悪い、女の風上にも置けない女、いなくなればいいのに」


 彼の隣にいた、はねた長い金髪の褐色肌の制服を着崩した女が彼に同意して私を乏して来た。それでも私は無視を貫き通す。こんなことで怖がっていては、これから生きていくことなんてできるわけがない。心の中で頑張れと自身に喝を入れた。


「おい、聞こえてんだろ? あぁ?」


 無視を貫き通していると、野性的な男が音を立てて私の机に片足を土足でのせた。その音に驚きながら音を立てた本人の顔を見た。男はニヤニヤとしながら私を見下していた。


「気持ち悪くて態度悪いとか、最悪だよねぇ。そんな女には濡れている方がお似合いだよぉ?」


 座っている私の隣に立って私の頭から何かの液体をコップから垂らしてきた。私は何もせずにじっとそれを耐え続けた。最初のうちは他の人に助けを求めていたりしていたけれど、誰も私の存在がないかのように扱うため、今では助けを求めることはない。


「ねぇ、あんたのせいで私の飲み物が無くなったんだけど、どうしてくれるの?」

「それは弁償しないとな?」


 褐色肌の女は、さっき自分が私をびしょ濡れにするためにかけておいて、それが私のせいだと言ってきた。この二人はいつも人のせいにして私からお金を取ろうとしてくる。


「早く金出せよ」

「・・・・・・ない、です」


 いつもお金をせびりとられているため、私はせめてもの抵抗でないと言った。すると野性的な男は私の机が壊れない程度の力で手を叩きつけて威圧の音を出してきた。


「ふざけたことを言ってんじゃねぇよ。あるのは分かってんだよ。良いのか? そんなに反抗的なことを言って。痛い目を見るのはそっちだぞ」

「・・・・・・ないものは、ない」


 威圧をしてきてもなお、私はお金を渡さないように抵抗したが、それが気に食わなかったようで男は私の胸倉をつかんで無理やり私を立たせた。


「お前が何を考えているのか分からないけどなぁ、お前を助ける奴なんて誰もいないんだから大人しく金を渡していれば良いんだよ。別にお前を殴ったところで、俺は何もお咎めはないんだぞ?」


 これ以上抵抗しても本当に殴られてしまうと思った私は、ポケットから財布を出した。それをひったくるように男は奪い、私を地面に無造作に投げつけた。私は他の机に当たりながら地面に転がった。


「最初から大人しく渡していれば良いものを。手間かけさせてんじゃねぇよ。このブスが」

「そうそう。大人しく絞られ続ければいいのに」


 男は私の財布からすべてのお金を取り出し、空になった財布を私に叩きつけるように返してきた。そして男が立ち去る前に女が私の足を思いっきり蹴って元の場所に帰っていった。


 私は少し痛む身体に鞭打って起き上がって、私の身体でずれた机を元に戻している途中でSHRの始まりを告げるチャイムが鳴った。それと同時にこのクラスの担任の先生である黒のショートヘアにレディーススーツを着て顔に黒い模様が入った女性、マヌエラ・ユルゲンス先生が入ってきた。


「それじゃあSHRを始め――」


 先生が立っている私の方を見てぎょっとして驚いている。その様子に一瞬だけ一度目ではないだろうと思ったが、こんなに濡れて服が乱れているのは初めてだと納得した。


「ば、バトラさん? ど、どうしたの?」

「そいつが勝手に転んで勝手に濡れただけですよー、せんせーい」


 私にかかっている魔法が効かないようになっている先生が私を心配してくれるが、私が何か言う前に野性的な男が私の代わりに述べた。いつものことであるからもう気にしないようにするしかない。


「ほ、本当に転んだの? それにしても――」

「先生、何回も言わせないでくださいよー」


 転んだことに疑問を覚えた先生が私にまた聞いて来ようとしたが、野性的な男の冷たい声で止められた。それを言われて先生は黙ってしまう。そのことに対して、私は別に先生を責めたりはしない。野性的な男、ネルソン・カーフェンは純血吸血鬼の家の息子だから、下手なことはできないからだ。


「先生、少し顔を洗ってきます」


 私はこれ以上先生を困らせないために、そう言って先生が何か言う前に教室から出る。その際にカーフェンがニヤニヤとした顔をしていたが、今更そんなこと気にならない。


 サキュバスの最終試験がなければ、サキュバスの家の力を使えれば、そんなことを考えてしまうが、これは私がサキュバスの当主になるための試験なため、そんな甘えた考えは許されない。何より、この試験中に問題を起こすことも許されていない。そのため私はあの男に言いなりにならないといけない。


「・・・・・・ふぅ、つらい」


 それでも、こんなことが起きるなんて私は思ってもみなかった。こんな想いをするくらいなら、サキュバスの当主にならずにちやほやされる生き方の方が、とも思ったが、この現状を知ってしまえば誰も信用できなくなる。


「あっ、タオル・・・・・・」


 この濡れた身体を拭くためのタオルを持ち合わせていない。それに制服も濡れてしまっているため、替えの着替えも用意しなければならない。せめてハンカチがあればよかったが、カバンの中に入れてしまっている。


「良ければ、使いますか?」

「え?」


 途方に暮れているところで、後ろから男性の優しい声が聞こえてきた。私は思わず振り返ると、黒髪に緑のメッシュが前髪にある柔らかい雰囲気のした男性がいた。その男性の手にはタオルがあり、心配そうにこちらを見ていた。私はどういうことかと理解できずに固まってしまった。


「えっと、あなたが濡れていて、何も拭くものがないのかなと思って渡そうと思ったのですけど、いりませんでしたか?」


 私が固まっていることで、困ったような顔で行動の説明をしてくれた。私が固まっている理由は、この目の前の男性に私にかけられた魔法が効いていないという点だ。私にかけられた魔法を通して私を見れば、確実に眉間にしわを寄せるレベルだと聞いたため、これが起きていないことに理解できなかった。


「えっと、その、も、もらいます」

「はい、どうぞ」


 どもりながら手を伸ばすと、笑みを浮かべながら私にタオルを渡してくれた。タオルを受け取った私は濡れている頭を拭きながら、目頭が熱くなるのを感じた。それを隠すために、タオルで顔を隠しながら、目の前が潤んで見えている。人にこうして優しくされるのが、こんなにも嬉しいものだなんて初めて感じたからだ。


「制服も濡れていますね。保健室に行けば着替えを用意してくれます。それで一日中過ごせませんから保健室に行きましょうか」

「い、一緒に行ってくれるのですか?」

「一緒じゃない方が良いですか?」

「い、・・・・・・一緒に、来てください」

「はい、行きましょうか」


 普通に話しかけてくれることにまた泣きそうになりながらも、保健室に一緒に向かうことになった。男性が前に出て、私が後ろから付いて行くことで歩いているが、少しだけ距離があいて寂しさが湧き上がってきた。そのためか、思わず男性の袖をつまんでしまった。


「どうしましたか?」


 男性は立ち止まって振り返り、優しい顔で私に問いかけてくる。だけど私は袖を思わず掴んでしまっていたため、すぐに手をはなしてどう言い訳をしようかと考えていると、微笑みながら男性が手を出してきた。


「手、つなぎますか?」


 その言葉に、私は理性が働いて否定しようとするが、寂しさを埋めろという本能がせめぎ合う。葛藤したのち、私はそっと男性の手を取ることにした。男性はそっと私の手を包み込み、引っ張られない程度の強さで手を引いて私の歩幅に合わせて歩き始めた。


「わ、私は、一年六組のリリス・バトラ、です。あなたは?」


 温かい手に包まれて並んで歩いている中、この男性が誰なのか知りたくて名前を尋ねた。


「僕は一年三組の九猪(くい)安界(あんかい)です。同じ一年生同士、仲良くしましょう」

「・・・・・・は、はい」


 傷心中に笑顔で接してこられた男子にドキドキするなんて、性の悪魔として情けないと不甲斐なさと普通に喋っていることへの嬉しさが心の中で混じり合っている。


 しかし、こんな濡れていて服も乱れている女子生徒に話しかけておいて、この状況を聞かない辺りは気遣いを感じる。私は聞かれたくないため、助かっている。


 少し九猪くんの手を握る力を強くして彼の傍へと近づく。彼は何も言わずにそれを受け入れてくれた。私は一つの可能性を信じながら、保健室に足を進めた。

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