ディバイン・ヴァルキュリア:路地裏の少女。
俺とエステルは路地裏に入り、何かもめている四人に近づいた。そして俺が声をかけた。
「そこで何をしているんですか?」
「うるせぇ! こっちの問題なんだから黙ってろ!」
俺の問いに女の子に怒鳴っている男はこちらを向かずに暴言で返してきた。ついには女の子に殴りかかろうとしていたため、俺は女の子と男たちの間に割って入った。
「少し落ち着いてください」
「これが落ち着いていられるかぁ!」
いかつい男が割って入ってきた俺に女の子の代わりに殴りかかろうとしてきた。これでは話し合いができないと判断したため、男の拳を身体を横に動かして避け、大の男が悶絶するくらいの威力を男の腹に素早く打ち込んだ。
「ガッ!」
男は殴られた腹をおさえながら跪いた。
「てめぇ、兄貴に何をしやがる!」
「ぶっ殺されてぇのか⁉」
子分みたいな二人が兄貴と呼ばれる男が俺にやられたことで、けんか腰になっている。落ち着いてもらうために攻撃したため、二人に攻撃すると男たちが悪いと判断して制圧したことになる。
「落ち着いてください。自分はその人に落ち着いてもらうために軽く殴っただけです」
「軽くって、兄貴があんなに悶えているんだから軽いわけがないだろうが!」
「本気だったろ!」
俺の言葉に信じる気がない様子の二人。だから俺は家の人には申し訳ないが、手の甲で家の壁を軽く叩いた。すると家の壁に手の甲くらいのひびが入った。
それを見せたところで二人は黙った。この手は武力によって支配している感じがして好きではないが、この場では仕方がなく使用したため少しだけ気分が落ちた。
「これで分かってもらえましたか? 自分はただ落ち着いてもらうために――」
「あーあ、この壁どうするつもりですか?」
俺が二人を鎮めようと言っていたところで、エステルがこの場で不必要なことを言い始めた。
「この家の人ってこの件とは関係のない人の家ですよね? それなのにびひを入れちゃって大丈夫なんですか?」
「・・・・・・その件は、後で家の人に謝って直しておく」
「仮にも人々の平穏を守り、秩序を保つ人間がそのようなことをしても良いんですか?」
「これは、必要なことだったんだ」
「関係ない人の家にひびを入れることが必要なことだったんですか? それならその二人を殴っていた方が良かったと思いますよ?」
エステルの言うことは最もで、ぐうの音も出ない。だが、ここで一つ思い出したことがあった。
「待て、そんなことを言う前にエステルの魔法で簡単にこの人たちを落ち着けることはできただろう」
「そうする前にジルダさんが先走ってしまったので、私は何もできませんでした」
俺の指摘にエステルはとぼけたような態度を取ってきた。俺は彼女の言葉を信じることはしなかった。彼女は相手の思考を読み取り嫌がる行動をする、奸けつの戦乙女なのだから、俺が何をしようとしているのかは分かっていたはずだ。
「・・・・・・嘘だろ」
「嘘じゃないですよ。何を言っているんですか、ジルダさんは?」
エステルは笑顔で俺の言葉を否定してきた。これ以上何を言っても無駄だと思い、男たちの方を向いた。
「ともかく、何があったのか話してくれないと仲裁のしようがありません。何があったのか話してくれませんか?」
できるだけ穏やかな声音で子分二人に問いかけると、二人は視線を合わせて頷き合い、片方が俺に口を開けた。
「今日もいつものように兄貴と俺たちが路地裏で歩いていたんだ」
話し始めたのだから、どうして路地裏で歩いていたのかは突っ込まないでおく。
「そしたら、突然空から女が降ってきたんだ」
「うん、うん? 空から女?」
この場の状況から降ってきたのはそこにいる女の子だろうと思い、尻目でそちらの様子を見ると、気まずそうに愛想笑いをしている。
「そうだ。そしてその女はあろうことか、兄貴の顔を踏み台にして屋根の上に飛んで行ったんだ!」
「・・・・・・なるほど」
先ほどから気になっていた悶絶している男の顔にある靴跡の理由が理解できた。
「それであなたたちは怒っているのですか?」
「いいや、それだけじゃない。この女は踏み台にした後に言い放った言葉が分かるか?」
「謝罪か何かですか?」
「それならまだ分かる。だが、こいつはあろうことか『悪人面が踏まれて少しはマシになりましたね』だぞ? これで怒らない奴がいるわけがないだろう! 踏まれていない俺たちも切れて、兄貴と俺たちは必死にこいつを追いかけて、ついに屋根から降りてきたこいつを捕まえることができたんだ!」
話を聞き終えた俺は、静かに話に出てきた女の子に顔を向けた。するとすぐさま俺から顔をそらして冷や汗を流しているところを見る辺り、本当のことだと理解できた。
「事情は分かりました。悪いのは彼女ですね」
「そうだろう⁉」
「俺たちは悪くねぇだろ! 悪いのはこの女だ!」
俺の言葉に二人は食いつくように言葉を返してきた。だが、悪いからと言って何をしても良いというわけにはいかない。
「ですが、そこの男の人が被害者で女の子が加害者でも、あなたたちが何をしても良いという話ではありません。この場合は、ホワイト・ナイトなり、フレイズ・キャッスルなりにでも話しに行くべきです。それが秩序であり、規則です」
諭すようにそう言うと、二人は俯きながら黙った。
「だがよ、俺たちはこういう顔をしているんだ。誰が信じてくれるって言うんだよ」
二人の代わりに悶絶から解放された兄貴と呼ばれる大男が答えた。
「俺たちがこいつに顔を踏まれて暴言を吐かれたと言っても、誰も信じてくれないだろう。俺たちがこの子に何かをしたと言われるのが関の山だ。それでもこいつを連れて行けと言うのか?」
「はい、言います」
大男にそう問われて、俺は即答した。俺の答えに大男は視線を鋭くさせて、何かを言い出そうとしたが俺の言うことはまだ終わっていないため、俺はそれより前に言葉を放つ。
「それで難癖をつけてくる秩序を守らない輩がいれば、自分のところに言いに来てください。そいつにきっちりと話しを付けます。何も話を聞かずに悪くないあなたたちを悪いと言う輩には、秩序を守る資格はありませんから」
そう言うと大男はしばらく黙り、大きい溜息を吐いて両手を軽く上げた。
「あぁ、お手上げだ。ここまで言われたら俺たちは何も言えねぇよ。この女はあんたに任せることにするよ」
「ありがとうございます。それと、落ち着かせるためとは言え、殴ってしまってすみません」
怒りが抜けた顔をした大男に対して俺は殴ったことを頭を下げて謝罪した。
「良いよ、落ち着いていなかった俺が悪いんだ。じゃあお前ら、行くぞ」
俺の謝罪を快く受けてくれた大男は子分の二人を連れて歩き出すが、止まって女の子の方に顔を向けた。
「今回はそこの兄ちゃんに免じて俺が怒ることは許してやるが、こんな顔をしている奴が悪い奴で、良い顔をしている奴が良い奴だと思っているのは間違いだ。そこのところだけを覚えておけよ」
そう言い残して三人は路地裏に消えていった。俺はこの件の元凶となった女の子の方を向いた。女の子は未だに気まずそうな顔をしている。
「さて、君からも事情を聞こうか。どうして屋根の上を飛び回っていたり、あの人の顔を踏み台にしたり、去り際にあんな話をしたり、そこのところをね」
「あの、その、えっと、ですね、ハハハッ・・・・・・」
話を始めようとすると、彼女は愛想笑いをして誤魔化そうとしているように見える。だが、俺はそんなことで話を止めるようなことはしない。それと同時に、彼女が来ている服がどこの服かを思い出した。
「その制服、剣魔学園の制服か。それも高等部の制服だろう」
剣魔学園という言葉に、彼女は図星のように肩をビクつかせた。この国にある唯一の学校にして、六歳から十八歳まで在学することができる学校。しかし、今の時間帯はもうすでに学校は始まっていると記憶している。
「学校はどうした? この時間はもう学校は始まっているんじゃないのか?」
俺の質問に女の子は黙ってしまい、俯いてしまった。俺はため息を吐き、この子が学校をサボタージュしていることを理解した。どうしたものかとエステルの方を向いた。
「どうする?」
「学校に連れて行くのが一番良いでしょうね。学校にはマリさんがいますから話が通しやすいのもありますけど。・・・・・・行くのは気に入りませんが」
「あぁ、そう言えばそうだったな」
エステルの返答に、俺と同じヴァルキュリアの一人が学園にいることを思い出した。ぼそっと言った一言が一番心配であるが、この場でそれ以外の選択肢はない。俺はエステルの意見に賛成して、一応女の子にも許可を取るような言葉をかける。
「今から学園に行くが、良いな?」
その言葉にも返答がなかったが、少しだけ身体が反応したことは確認できた。この女の子がここまでダンマリなのか分からないが、俺とエステルの二人でこの女の子を連れていくことになった。もちろん、去り際には家の人にはきちんと謝り、修理することを約束した。
この国で大きい建物は、フレイズ・キャッスルの他に二つあり、今回向かっている場所がその一つである剣魔学園となっている。フレイズ・キャッスルが一番大きいが、その次に剣魔学園が大きい。
フレイズ・キャッスルと剣魔学園は縦にも大きいため、剣魔学園がどこにあるのか分からずとも剣魔学園に向かうことは可能である。俺自身、剣魔学園に一度も行ったことはないが、こうして先導することができる。
「ジルダさん、お身体の方は大丈夫ですか? 一週間以上不眠不休で働いてしましたけど」
「それ、エステルが言うか? 元凶のくせに」
「あははは、ジルダさんは冗談を言うんですね」
エステルが話しかけてきたと思ったら、俺のことをからかっているのかと思う内容だった。そこをつつけば流されてしまう。俺はそこを問い詰めることをやめて答えることにした。
「ハァ。今すぐにでも家に帰ってベッドに入りたい。そすうればすぐにでも眠れるくらいには疲れているし身体がだるい」
「そうですか、それならこの件が終わったら今日一日いっぱい働きましょうね?」
エステルのその言葉を聞いて、俺は一瞬だけ理解できなかったが、即座に理解した。言葉の意味と意図は理解できないため、理解したとはあまり言えないだろう。
「それならって何だよ。普通はこれが終わったら帰って良いですよだろう。それなのにまだ働かないといけないんだよ」
「えぇ? まだ倒れるほどではないですよね? そのくらいならジルダさんは大丈夫ですよね?」
「いや、大丈夫じゃないから。本当に倒れるから」
「私も倒れてしまったら、さすがに無理をしろとは言いませんが、ねぇ? 働けるのに働かないのはどうかと思いますよ?」
「それが不眠不休で働いた人間に言う言葉かよ」
「人間じゃありませんから、問題ありませんよね?」
「大有りだ」
笑顔で同僚をボロ雑巾のように使おうとする悪魔のような戦乙女と話している内に、フレイズ・キャッスルほどではないが大きな建物である剣魔学園の敷地前にたどり着いた。
「ここ、簡単に入って良いのか?」
「さぁ? 入る分には良いんじゃないんですか? でも確実に警備員が来るでしょうけど」
「それって入っちゃダメってことだろ」
世間一般的な戦乙女とは程遠い人格の持ち主であるエステルに少しだけ疲れながらも、この名も知らぬ女の子をどうするかを考える。
「警備員に来てもらった方が早いのではないですか?」
「それは暗に俺に捕まれと言っているのか?」
「そんなことないですよ。ただ、騒ぎになればきっとマリさんは来ますよ」
エステルの悪魔のような考えを否定しながらも、本当に入ろうかと思案していたところで学園の方から誰かが来ているのが分かった。
「どうやら、お出ましみたいですね」
「手間が省けて助かった」
俺とエステルが見つめる先には、眼鏡をかけた長い茶髪を後ろでまとめている女性用スーツを着た厳しそうな雰囲気の女性、マリルー・アイドがこちらに歩いてきていた。
「久しぶりですね、ジルダさん」
「お久りぶりです、マリさん。二か月ぶりくらいですか」
「いいえ、二ヶ月と十六日と五時間ぶりです」
「そこそこですね」
マリさんは厳しい声音のように聞こえる声で俺に話しかけてきたが、これはマリさんの普通であり、慣れているため圧など感じない。
「それで、どうしてジルダさんはここにいるのですか?」
「あれぇ? マリさん、私もいますよ? もしかしてお年で目が悪くなって見えていませんか?」
「あぁ、いたのですね、エステルさん。ジルダさんに纏わりついている悪い虫かと思っていました」
マリさんが俺にしか挨拶しないことで、エステルさんがマリさんに突っかかった。マリさんとエステルさんはお互いに殺すくらいの視線を送りあっている。
「すみません、この場に自分とエステルとマリさんだけなら止めないのですが、今はここに来た目的の女の子がいますから、後にしませんか?」
俺はこのやり取りを止める術を知らないため、話題をすり替えることで対処した。
「あなたは、また学校に来なかったのですか?」
マリさんは俺の後ろにいる女の子に目を向けると、厳しい目をより鋭くして女の子に問いかけた。だが、それでも女の子は何も答えない。それを見たマリさんは、深いため息を吐いた。
「ジルダさんたちに連れてこられたということは、また何か問題を起こしたのでしょう。話は学園内で聞きましょう」
「・・・・・・はい」
女の子がようやく口を開いたかと思えば、か細くて今にも消えそうな声だった。
「この子を連れてきてくれてありがとうございます、ジルダさん。ちゃんとしたお礼は後日します」
「いえ、お礼なんて構いません。自分はこれで失礼します」
俺はマリさんに頭を下げてその場から離れていく。ついでにエステルも俺の後ろについてくる。
「これで職場に戻れますね」
チラリと背後を見ると、マリさんに連れられている女の子の後ろ姿が見えた。俺はさっきからあの女の子に、言葉では言い表せない直感を覚えてしまう。
「ジルダさん? 聞いていますか?」
「えっ、あ、あぁ、聞いてない」
エステルに肩を揺さぶられて俺は正気に戻り、エステルの方を向いた。
「聞いてないって。何か考え事ですか?」
「・・・・・・いや、何でもない」
これまでに感じたことのないものに疑問を感じながらも、俺はエステルと一緒にフレイズ・キャッスルに向けて歩き出した。