昨夜21時〜22時頃
宴もたけなわな最中、司会進行役の営業部の人が終電、終バスの時刻を告げ、二次会の案内も始めた。
俺はあれから妙な緊張状態のままだったので、やっと開放されたと堂々と立ち上がる。
周りの奴らも各々に解散してゆく。
やれやれ……やっと帰れるぜ
宮崎さんも意外としっかりした足取りで立ち上がるところだった。
まあ、色々とストレスがあるのだろう、そんなことを思い、さっきのことは忘れてしまうことにする。
「宮崎、帰るのか?バスだっけ?」
先輩が心配そうに確認した。
バスならホテルの目の前にバス停があり、電車なら先輩が自分も電車なので駅まで送って行こうとしたのだろう。
「……はい」
「そうか、気をつけて」
「……はい」
……なんか目が据わってないか?
まあ、もう帰るだけなら、まあ……
なんとなく気になってホテルを出てからも、終バスが来るまで宮崎さんの動向を駐車場から眺めていた。
ふわふわとバス停に向かう宮崎さんを見ていると、太ももにあの冷たい手の感触がよみがえってくる。
普段の少し警戒気味で、でもどこかぬけてるような感じからは想像できない行動だ。
……ていうか、俺、何してんだ……
過去の色々から誰かに執着するのは大変だと分かっていたから、自分で自分をセーブしようとしている。
もう少しでバス停、という所で宮崎さんを呼び止める男の背中が見えた。
総務課の課長だ。
なんだ、仕事のことか?
ぼんやり眺めていると宮崎さんの身体が大きく揺れた。
宮崎さんと課長が明らかにもめている。
「………」
宮崎さんが嫌がっていたらすぐにでも向かおうとしていた足が、一歩をためらう。
課長が嫌がっていたからだ。
宮崎さんが必死に何か訴えていて、課長がそれを突っぱねているように見える。
呼び止めておいて何でそんなことになっているのか事情は分からないが、課長が宮崎さんを無理矢理…とかいうことではなさそうだ。
確か、課長は何年か前に離婚した、とか聞いたことがある。
宮崎さんとは年齢はひとまわり以上は違うが、付き合っていても問題はないのだ。
完全に気遅れした俺は前のめりになったまま、眺めていることしかできない。
そうこうするうちにバスがやって来た。
宮崎さんはまだ必死に喋り続けて、風に乗った言葉が俺の耳に入る。
「……婚約者がいる……」
え、と思った瞬間、バスのヘッドライトが俺をこうこうと照らした。
宮崎さんが光の中の俺を見つけ、目を見開く。
「小林さん」
バスが停留所に止まったことに気づいていないのか、宮崎さんがこちらに向かって来た。
「え?え?」
「あのゲーム貸してください」
「は?」
「今から取りに行ってもいいですか?」
「え?」
俺たちはそんな仲だっただろうか。
仕事の合間にそんな話はしていたが、てっきり宮崎さんが俺に話を合わせてくれているのかと思っていた。
そんな娘だから。
戸惑いながらふと視線をずらすと、課長がなんとも切なそうな顔でこちらを見ていた。
「あ、バス……」
バスが行ってしまった。
「いいですか?」
宮崎さんがバスのことなんか気にもしていないように小首を傾げる。
「………うん」
酔ってる。
酔っているのだ。彼女は。
「じゃあ行きましょう!」
宮崎さんは課長には目もくれず俺と歩き出す。
「………」
しばらく歩いて角を曲がると宮崎さんが立ち止まった。
「すみません、急に……」
「……いいよ、なんか事情があるんでしょ?」
「……いや、あの、ほんとすみません……」
宮崎さんが言い淀みながらも深々と頭を下げる。
「ま、まあまあ、どうする?帰る?ゲーム取りにくる?」
「……あの……よかったら始発まで小林さんの家に居させてもらえませんか?」
「え?」
一瞬何を言っているのか分からなかった。
「すみません!あの、変なアレじゃなくて、あの、私、小林さん……あの……」
すごく苦しそうに宮崎さんは何か言おうとしている。
俺の淡い期待なんか的はずれな、別な事情がありそうだった。
「うち親も居るけどそれでよかったら……」
家に帰れば車もある、彼女の気が変わったらすぐに送ってあげよう。
何か事情があるとして俺はどうもしてやれないけれど、家に居させるくらいは……いや、俺は宮崎さんの願いを受け入れたかった。
いつも優しく接してくれる宮崎さんを助けたかったんだ。




