昨夜午後18〜20時頃
俺は下戸だから大抵の飲み会はパスしていた。毎年の歓送迎会や忘年会もシフトを入れて行かないことにしていたが、今回は新入社員に指導する役になったのもあって断れなかった。
会社近くの結婚式もできるホテルのホールへぞろぞろと社員やバイトが集まる。
俺は同じ部署の奴らが集まっているテーブルの端へ座り、気配を消すことに注力していた。
最初は形式ばった進行で新入社員個々の紹介がすみ、社長の長ったらしい挨拶の後、乾杯の音頭がとられあっという間に開放的な喧騒に包まれた。
俺は適当に刺身や寿司をつまみながら、周りの奴らが話していることに相槌を打つ。
典型的な中小企業なので、社長や重役は普段からの飲みの席のような感じで、社員は派閥ごとに固まりいつもの噂話、バイトは割り切ったように楽しんでいる。
悪い会社ではない。
小さなゴタゴタはあるが、割と風通しの良い社風だ。
自分が指導を担当する新入社員と顔合わせし、腹もいっぱいになったので、そろそろこっそり帰ろうとした時だった。
宮崎さんが突然、俺たちのテーブルへ来て俺の隣の空いた席へ座ったのだ。
ちなみに俺の隣に座っていた定年間近の野島のじいさんは、あっちこっちのテーブルを飲み歩いている。
宮崎さんの様子はちょっとおかしかった。
普段の宮崎さんならきっとグラスの空いた人にお酌して、ニコニコと当たり障りない会話をする感じなんだろうが、俺たちのテーブルを見まわし、男しかいないことにはっとしたように固まる。
「どうした?宮崎」
俺より先輩の社員が使っていないグラスにビールを注ぎ、宮崎さんに手渡す。
「あ、ありがとうございます。すみません…いや、ちょっと……あはは……」
言い淀んだまま、宮崎さんはビールを一気に飲み干した。
飲み干した後も髪を耳にかけたり、うつむき加減に野島のじいさんがほっぽったおしぼりや箸を整えたりして落ち着かない。
「………」
俺たちは目を見合わせ、宮崎さんをそっとしておくことにした。
宮崎さんは気になったが、俺に何ができるわけでもないし、そろそろ本当に帰りたくなって席を立つ機会を伺っていた。
たぶんおひらきは21時くらいだ。
田舎なので終電、終バスの時間は早い。
それでも二次会に行く者はタクシー帰宅覚悟の者ばかりだった。
腕時計は20時前を指していた。
宮崎さんは思い出したように手酌でビールを飲み、誰とも喋らず食べず周りを寄せ付けないオーラを醸し出している。
……帰りにくいぜ……
いや、ここで帰らなかったらもう最後まで居ても変わらない。
思い切って帰ろう。
先輩も居るので勝手には帰れない。
一言断りを入れる為、俺は立ち上がろとした。
「っ………」
俺の太ももにそっと置かれた宮崎さんの冷たい手がズボン越しにも分かり、その冷たさと感触で動けなくなった。
周りに気づかれないよう横目で宮崎さんを見ると、今にも泣きだしそうな顔で俺と彼女の間の床を見下ろしている。
ずきん、と胸の奥に激痛が走った。
目の奥もぐっと押されたようになり、呼吸も一瞬止まる。
仕事の合間に他愛ない話で笑う彼女からは想像できない、とても悲しい顔だ。
俺は内心うろたえた。
うろたえている間に冷たい手は離れ、宮崎さんはまたビールをあおっていた。
……俺に帰るなってことか?……いやいや、まさかな
顔色は白く、酔っ払っているようには見えないが、明らかに飲みすぎだから酔っ払ってこんなことをしたのだ。
そんなふうにまさかまさか、と自分をなだめようとしたが、動揺と心配と触られたショックで俺は帰るきっかけを逃したのだった。