1 物語の始まり
「はぁ……はぁ……」
暗闇の森の中を1人走る少女がいた。彼女の服は所々破れており、頬には刃物で斬られたような傷があった。彼女は満身創痍で木に寄りかかり、座り込んだ。しかし、顔を隠した男たちが彼女を追い立てる。
「見つけたぞ!おい、こっちだ!」
「絶対に逃がすな!」
「崖に追い詰めろ!」
鉛のように重たい身体を何とか動かし、足を引きずりながら追っ手から逃げる。だが、不幸にも彼女は開けた崖に逢着してしまった。そして彼女は追い詰められた。自身を囲んだ追っ手に向かって、力強く言い放った。
「あなたたちには絶対に渡さないわ!」
そう言うと、周辺を光が包み込んだ。
「くそっ!目が!」
男たちが再び崖を見ると、彼女はその場から消え去っていた。
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「おーい、クレアおばちゃん! 納品するキャベツいつものとこに置いとくからな!」
「いつもありがとねぇ。ほんとに助かるよぉ」
王都リーヴァは数百万人もの人々が暮らす大都市である。商人であるゼーレは毎日のルーティーンのように、荷物を軽々と運び込んでいく。
「ここにサインお願いします!」
「ほんとにありがとねぇ。お礼にこれを持っていきなよぉ」
箱いっぱいの奇妙な形をした果物を、震えた指で指さした。
「クレアおばちゃん!なにこれ!食べれそうにないんだけど!」
「ランダムフルーツだよぉ。色んな味の果物の味がするんだよぉ。」
「へぇ!面白そうだね!ありがとう!クレアおばちゃん!」
ゼーレは箱を軽々と持ち、店の前に停めた荷馬車に走っていき、箱をのせた。
「おい!オクシノス!起きろ!出発するぞ!」
「わかったから、大きい声を出すな」
蛇のような瞳孔が睨むようにゼーレを見つめた。しかし、片目はバンダナで隠れていて、顔は半分しか見えない。のせられた箱の中身を見ると、オクシノスは飛び上がるように起きた。
「ん? 何だ!この気持ち悪い果物は!」
「クレアおばちゃんがくれた!」
「お前さぁ、なんでも貰ってくるなよ」
「別にいいじゃん!さっ、ギルドに報酬取りに行かなきゃ!」
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ギルド:リーヴァ支部
「受付のおねーさーん!納品書持ってきたよー!」
「ちゃんと順番を守りなさい!もうっ!」
「もー、いいじゃーん」
「おい、守れ」
「はい、ごめんなさいでした」
ゼーレは木の番号札を渋々受け取り、1人広い受付のイスで待っていた。
「いつ見ても無駄に広いなぁー」
ギルドのリーヴァ支部は世界にで3番目に規模が大きいため、冒険者や商人が多く行き交う場所である。しかし、やけに今日は人が多い。
「なんか祭りでもあんのかなー」
すると、隣に座っていた、いかにも駆け出しの冒険者のパーティーの1人が言った。
「お前知らないのか?数年ぶりに、この街にS級冒険者になった奴がいるらしいぞ、しかも初の亜人種だってよ、名前は確か……フラムだったっけな?」
「ふーん」
ゼーレは興味なさげに返事をした。
「番号札666の商人の方!」
「はーい、ありがとう!おねえさん!」
ゼーレは報酬を受け取り、次のクエストを受注し、ギルドを去った。
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荷馬車
「よし!準備もできたし、早くクエスト終わらせるか!」
「おいおい、そんな働いて大丈夫か」
「大丈夫さっ!っていうか、オクシノス今日1日動いてないじゃん……」
「まあ、俺は夜行性だから……それよりリーヴァって門早く閉まるから、早く街を出るなら出た方がいいぞ」
「あっ!忘れてた!早く行かないと!」
門を出て、2時間がたった。馬の休憩のため、今日は川辺で野営をすることになった。
「オクシノスはテント張っといてな!俺は馬の飲み水くみに行ってくるよ!」
「あー、だるいなー」
渋々ながらも、オクシノスは手際良くテントを組み始める。ゼーレは桶を持って、川に向かって行った。すると、すぐにゼーレはボロボロの少女を担ぎ、走って帰ってきた。
「オクシノス!カバンから治癒ポーションをとってきてくれ!」
「なんだ!わ、わかった!」
とりあえず詳細を聞くのは後にし、荷物をかき分け、治癒ポーションをゼーレに渡した。
少女に飲ませると、呼吸が落ち着いた。服を着替えさせ、テントのベッドに寝かせた。
「とりあえずこれで様子を見よう」
「この女の子どうしたんだよ?」
「川で倒れてた」
「まあ、目を覚ますまでは何もわからんな」
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満月の光が少女を照らしていた。少女はゆっくりと目を覚ました。周りを見渡し、近くにいたゼーレの肩を恐る恐る触った。
「あっ!やっと目を覚ました!大丈夫?どこか痛んだり、体調悪かったりしない?」
「う……うん……だ、大丈夫……」
「俺はゼーレ!あっちで料理してるのがオクシノス、よろしくね!君の名前は?」
「名前は……あれ?……思い出せない……」
「まだ落ち着いてないのかも、まあ、明日にでも思い出せるよ!さっ!オクシノスの料理を食べて元気だして!」
「うん……色々ありがとう……」
弱々しい手でお粥の入った茶碗を受け取り、ゆっくりひとくち食べた。すると彼女の目から涙がこぼれてきた。
「あっ、ありがどうっ……」
「もう大丈夫だよ、安心して」
ゼーレは彼女の背中をさすった。そして彼女はお粥を食べ終わり、泣きやみ、落ち着いた。
「あっ!そーだ!クレアおばちゃんから貰ったランダムフルーツ食べる?」
「ラ、ランダムフルーツ?」
「食べるまで味が分からないんだって!ほらオクシノスも食べよ!」
「なんで空気に徹してたのに気づくんだよ」
呆れたように言うオクシノス。それを気にせずゼーレは、ひとくちランダムフルーツを食べた。
「うわぁー!酸っぱい!ハイパーレモンだ!」
「ほら、言わんこっちゃない」
「う……ふっ……ふふ……」
「あー!やっと笑った!」
「わ、笑ってませんっ!」
「このやろー!オクシノスだけ涼しい顔してずるいぞ!」
「お、おい、やっ、やめろ!うえっ!苦ぇ!ビターグレープかよ!」
「あはははははは!」
2人は、幸せそうに笑う彼女を見て、頬が緩んだ。この後一段落したところで、彼女はテントで再び眠りについた。料理で使った火も消え、オクシノスは見張り番を、ゼーレは彼女のそばで眠った。
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突然、暗闇の中で虫が鳴き止んだ。ゼーレは目を開け、テントを出て、オクシノスに目で合図した。オクシノスはテントの前に立ち、ゼーレはテントから数歩離れた場所に立った。
「隠れてないで出てこい」
ガサガサッ
10人の男が囲うように暗闇から出てきた。
「ただ者じゃないな?」
「商人の勘ってやつかな?」
「くだらん。まあ、テントの中にいるやつを差し出せば、命は取らん」
「あの子そんなにモテモテなんだねー」
「冗談言ってると殺すぞ」
男たちは一斉にナイフを抜き、かまえた。
「ははは!そんな脅し効かないよー、1人なのにこんなに分身しちゃってー」
「?!貴様!ほんとに何者だ!」
「人だと戦えないからなー」
ゼーレの身体の周りには雷のようなものが覆い始めた。
バチバチバチッ
たちまちゼーレの全身を鱗が覆い、身体が一回り大きくなった。
「#竜人族__リザードマン__#!?どこかで見たことがあるぞ!くそっ!」
男は音を置き去りにするような速さで、ゼーレに襲いかかった。しかし、ナイフは空を切った。ゼーレが避けると同時に腕を振ると、木まで吹っ飛ばされた。気を失いかけながら
「な、なんでっ……こんなところにっ……お前は……S級冒険者っ!フラム!」
バタッ
男は木に寄りかかり倒れた。