カフェでの話し合い
王族だからと踏ん反り返るのではなく、民に寄り添う存在でなければならない。
そんな理由で、(警備の都合上)お忍び(にするしかない)で城下町を視察していたわたしは、偶然にもフレスト公爵家のあの侍女に再会した。
いや、仁王立ちで待ち伏せされていた(?)。
「テメェ、ふざけんなよ‼︎」
「いやいやいやっ、何、第一声でいきなり〝テメェ〟とか〝ふざけんなよ〟とか言ってんだよ‼︎ お前、相手を考えろや‼︎」
スパコーンッ‼︎
「あ痛っ⁉︎」
「……………(なんとも言えない顔)」
…………わたしは意味が分からないすぎて、真顔になる。
それはそうだろう。
いきなりあの侍女が声をかけてきたと思ったら、いきなりぬるっと現れた地味な茶髪の青年に白い板? じゃばらになった細いモノ? で頭を叩かれながら、怒られているのだから。
わたしじゃなかろうと、この状況を直ぐに理解できるはずがない。
…………隠れてついて来ていた護衛達も、どう動けばいいか困惑しているようだし。
わたしは護衛達に下がるよう視線で合図すると、話が通じそうな青年(……無駄に影が薄くて、存在感もない)の方に声をかけた。
「……すまないが、意味が分からないのだが」
「デスヨネー」
青年は呆れた様子で溜息を零す。
そして、侍女の頭を掴んで勢いよく頭を下げた。
「いきなりのご無礼、謝罪致します。俺の名前はシュン。ステラの恋人です。こいつが暴走しすぎないよう、共に来ました。まぁ……結局、意味がなかったのですが……」
……シュンと名乗った青年は疲れたような声で告げる。
なんだか凄まじい疲労感が漂っていた。
だが……彼は確かに侍女の恋人なのだろう。
シュンはわたしに再度、頭を下げた。
「ですが、ステラがこんな行動を取るのには理由があるのです。どうかお話を聞いてやってもらえませんか?」
「話をするよりも、私は先に一発ぐらいは殴りたいっっっ‼︎」
「お前はちょっと黙っとけや‼︎ なんのために俺が頭下げてると思ってんの⁉︎ つーか、不敬罪で死ぬぞっ⁉︎」
「アルティナ様のためならば、打ち首上等よ‼︎」
ピクリッ……。
わたしは彼女の名前を聞いて、直ぐに話を聞くことを決める。
どうやら、侍女が〝お前、ふざけんなよ〟と言ったのはアルティナ関連らしい。
わたしは近くにあったカフェを指差し、声をかけた。
「……取り敢えず、そこのカフェで話そう」
「ありがとうございます」
三人でカフェに入り、それぞれ飲み物を注文する。
そして、飲み物が届いてから……わたしは本題に入ることにした。
「で? 話とは?」
「あんたがアルティナ様を傷つけてるから、喧嘩売りにきたわ」
堂々とした言葉に、わたしは少し面を喰らう。
いや、それよりも……。
「アルティナを、傷つけている……?」
自分の声が、震えていた。
何が、どうして、わたしがアルティナを傷つけるようなことをしたと言うんだ?
呆然とするわたしが気に障ったのか、侍女は凄まじい剣幕で告げた。
「貴方、私に今後も控えるように言ったじゃない」
「…………あぁ……」
「アルティナ様は貴方が私に興味があるって思ったのよ‼︎」
「なっ……⁉︎」
それを聞いて絶句する。
なんで控える程度でそんな勘違いをっ⁉︎
「いや、私が前世の話をしちゃったのもあるんだけどっ……でも、あんたが傷つけてるのも確かよ‼︎ アルティナ様はあんたのことが好きなのに、冷たく接されてたら傷つくでしょうっ⁉︎」
「……………は……?」
「だからっ、例え打ち首になろうとも、アルティナ様を幸せにできないコイツには喧嘩を売らずにいられないのよっっっ‼︎」
「ちょ、ちょっと待ってくれ‼︎」
わたしは思わず侍女の言葉を遮って、考え込んでしまう。
今、こいつはなんと言った?
アルティナが、わたしのことを好きだと?
でも……彼女は…………。
「嘘、だ」
「はぁ? 何が嘘なのよ‼︎」
溢れた言葉に、侍女が更に般若の如き顔になるが……。
それでも、わたしは呟く。
「だって、アルティナは……ソリー侯爵子息と……とても仲睦まじく……していて……」
「…………ソリー侯爵子息ぅ?」
侍女もシュンもわたしの口から出た名前に目を見開く。
そして……さっきまでの険しい顔はどこにいったのか……考え込むような顔になっていた。
「…………確かに、セイルルートはあったけど……そのルートの悪役令嬢はセイルの妹だったはず……アルティナ様とは関係ないはずじゃ……?」
彼女はブツブツと何かを呟く。
すると……シュンがパチンッと手を叩き、わたしと侍女の顔を交互に見た。
「…………取り敢えず、俺が間に入ります。二人は話が噛み合ってませんし、一方的に言ったって通じません」
シュンの言葉に、わたしは素直に頷く。
もう今の時点でわたしと侍女の相性は最悪だと分かっていた。
しかし、彼が緩衝材として間に入ることで、話が多少は通じそうだ。
「先に、俺らのことから話した方が良いでしょう」
そうして語られたのは、信じられない話だった。
侍女とシュンには、前世の記憶というものがあるらしい。
この世界とは違う世界。
侍女の前世の世界には、オトメゲーム(?)と呼ばれる恋愛の物語が沢山あり……わたし達が生きるこの世界は、そのオトメゲームの舞台と同じ、または類似しているとか。
侍女は、そのオトメゲームの中ではヒロインで……悪役令嬢であるアルティナの侍女になる。
だが、侍女はわたしやら高位の貴族令息の方々と親しくなり、それを疎んだアルティナに虐められ……最後は我々の力を借りて、アルティナを国外追放し、ハッピーエンドになる。
そんな荒唐無稽な話をされて、わたしは凄まじく呆れてしまった。
「…………いや……なんだ、そのおかしな作り話は。アルティナが侍女を虐めたからと言って、国外追放になる訳ないだろう。それどころか、婚約者がいる男に近づいたお前の方が国外追放されるべきでは?」
「あくまで乙女ゲームの話だから‼︎ 乙女ゲームはご都合主義なのよ‼︎ それに、私が実際にそんなことするはずないでしょ⁉︎ わたしにはシュンがいるんだもの‼︎」
侍女は隣に彼女の座ったシュンの腕を取り、宣言する。
シュンは困ったような顔をしながら、言った。
「確かに、信じられない話だと思います。でも、嘘ではないんです。信じて頂けませんか……?」
「…………君までそう言うなら、少しは信じても良い」
「なんで私は信じないのよっ‼︎」
「信用の差だ」
はっきりと告げたわたしを、侍女はギロリッ睨む。
シュンは「ありがとうございます」と礼を言って、話を続けた。
「とにかく、俺らには前世の記憶があり……アルティナ様が辿る未来を知っています。ですが、ぶっちゃけアルティナ様が国外追放になることはないでしょう。ステラは貴方と恋をすることはないので」
「いや、それ以前にわたしがそれを好きになることは絶対ないと宣言しよう。絶っっっ対にあり得ない」
「ムキーッ‼︎ 好きにならない宣言は有難いけど、腹立つわ‼︎」
「…………ちょっと話の邪魔だから、お前、黙ってろ?」
シュンはとうとう喋らないように、侍女の口を押さえた。
…………こいつら……本当に恋人か……?
扱いが雑すぎるんじゃ……。
「………で。ステラが貴方様に喧嘩を売った理由なのですが……アルティナ様が好きで最推しだからです」
「…………最推し……?」
好き、というのはあの時のアルティナを見ていた視線で分かっていたが……最推しとは?
「憧れの存在、と言うべきですかね。言うなら、舞台女優とそのファン……みたいな」
「…………なるほど」
「なので、ステラの行動理由は〝最推しに幸せになって欲しい〟なんですよ」
「…………幸せに……なって欲しい……か」
わたしは思わず黙り込む。
シュンは、黙り込んだわたしを見て少し考え込むような顔をした後……優しく笑った。
「……ひとまず、こちらだけの話では意味がありませんから……次は貴方様のお話を聞かせてください。貴方様が、アルティナ様をどう思っているのかを……偽りなく」
「…………わたし、は……」
何故だか分からないが、彼の声は酷く心地よくて……わたしは簡単に本音を零してしまう。
アルティナが、好きだ。
だが、ソリー侯爵子息と仲睦まじくしている姿を見て……怖くなった。
公務が忙しいのも、わたしが我慢できずに彼女を襲う可能性があったのもあまり会わないようにしていた理由の一つだ。
だけど…………。
彼女の口から、わたし以外の人が好きだと言われるのが。
嫌いだと言われるのが怖くなったから。
だから、傷つきたくないと……距離を置いて心の予防線を張ったら……余計に距離の縮め方が分からなくなってしまった。
「…………なんというか……不器用ですね」
話を聞き終えたシュンの第一声は、そんな言葉だった。
不器用、か。
確かに……わたしは不器用なのかもしれない。
「それに貴方様も、アルティナ様も臆病だ」
「…………え? アルティナ、も?」
「ステラ。本音を聞いた今なら、ちゃんと冷静に話せるだろ?」
シュンはそう言って、やっと侍女の口から手を離す。
侍女は酷く呆れたような顔をして……溜息を零した。
「…………お二人共、すれ違ってんのよ」
「……すれ違い……?」
「えぇ。アルティナ様はあんたが好きだけど、あんたが冷たい態度だから……距離を置かれていると気づいているから、政略結婚で自分と結婚するんだと思ってる。で、あんたの場合はソリー侯爵子息とアルティナ様がそういう仲だと勘違いしてる。何度も言うけど、アルティナ様はあんたが好きだから……ソリー侯爵子息とそうなるはずないわ」
「っ‼︎」
「互いに互いの気持ちを……本当の想いを伝えあえば、こんなに拗れることもなかったのに」
再度聞かされたその話に、衝撃を受けずにいられなかった。
アルティナがわたしを好きだということも。
そして……わたしが置いた距離の所為で、政略結婚だと思っていることも。
だが……。
「…………アルティナは楽しげに彼といたのを……わたしは見たんだ……」
わたしはこの目でアルティナと彼が親しげにしているのを見ているんだ。
だから、彼女がわたしを好きだというのを……信じきれない。
わたしを観察するように見ていたシュンは「仕方ありませんね」と呟く。
そして、にっこりと笑った。
「…………お二人の仲をちゃんと正すためにも、まずは情報の精査が必要ですね。俺でよければ、情報を集めておきましょう。何か見間違いがあるかもしれませんから」
「……そんなこと、できるのか?」
「えぇ。この国の諜報員なので問題ありませんよ」
「そうか…………はぁ⁉︎」
思わず流しかけたが、あまりの衝撃発言にわたしはギョッとする。
いや、確かに諜報員ぐらいいるだろうと思っていたが……普通、秘匿性=身の安全に繋がるから、そういうのは言わないモノなんじゃ……。
「今回は特別です。このままお二人の仲が拗れたままだと、ステラがアルティナ様を幸せにするために拉致りそうなんーーーー」
「……………は?」
「「っっっ⁉︎」」
今、なんと言った?
アルティナを、拉致する?
わたしから……彼女を奪う?
「侍女。もしわたしからアルティナを奪ってみろ。地の果てまで追って、殺ーーーー」
「そ、そんなことしないわよ‼︎ そう思うぐらい、アルティナ様に幸せになって欲しいってだけよ‼︎」
「………………まぁ、それなら」
一瞬頭に血が上りかけたが、わたしは侍女の否定で冷静さを取り戻す。
なんか目の前の二人が「えっ……大丈夫なの?」とか「怖っ……」とか呟いているが、何をそんなに怯えているかが分からなかった。
まぁ、そんなこんなで。
平民である二人は王城に来れないため……次の話し合いも城下町のこのカフェで行うことを決めて、ひとまず今日の話は終わることになった。