ヒロインと王太子の出会い−王太子side−
定期的なお茶会。
本音を零してしまえば、もっとアルティナと会いたい。
しかし……公務が忙しいのと、あまり顔を合わせすぎると(本能的なモノが)暴走する恐れがあるのと……好かれていないと言われるのが嫌で。
そして……一度、距離を置いてしまったことで、それを止める方法が分からなくなってしまって。
結果として、月に一度……必要最低限しか顔を見ることができなくなっていた。
きっと今のわたしとアルティナの関係は〝拗れている〟と言えるんだろう。
それでも、素直に自分の気持ちを打ち明けるほどの勇気がわたしにはなくて。
なんて臆病なのだろうと、自己嫌悪に陥ってしまう。
そんなある日。
わたしは彼女と出会う(?)。
(………ん?)
未婚の男女が密室で二人っきりというのが醜聞となるため、アルティナと会う時はいつも壁際に侍女が控えている。
その中にいた、そこそこ顔の良い金髪の少女。
アルティナを見る目はそれはもう蕩けそうなほど……幸せそうで。
相反して、チラリとわたしを見るたびに凄まじく険しい……いや、オブラートに包みすぎたな。
わたしが大っ嫌いだと言わんばかりの顔で、睨んでいた。
(……………………これは……)
わたしはその視線で、彼女が抱いている感情をなんとなく悟る。
王侯貴族の世界というのは、それはもう腹の探り合いだ。
権力、金、地位を欲しがる野心家は沢山いる。
ゆえにそんな彼らを上手く遇らうには、相手の感情の機微を読む術はとても重要であるし、状況把握能力も王族として必要なことだ。
だから、わたしは理解してしまう。
金髪の侍女の抱いている感情は……アルティナへの好意、わたしへの敵対心だ。
(…………しかし、実際に確かめてみないとな)
推測だけで判断するのは愚者のすること。
だが、フレスト公爵家に奉公に来ていながら、客人を睨むなど……下手をすれば、公爵家の責任問題……アルティナの責任になるかもしれない。
アルティナもこれを知らないままでいたら、困るだろうし……侍女に自分の振る舞いが相応しくないことを注意するついでに、確かめてみるか。
「一つ、聞いていいか」
「…………はい?」
わたしが声をかけたからか、アルティナは少し驚いた顔をする。
だが……わたしは更に彼女を驚かせるようなことを言う。
「君の家では、侍女にわたしを睨むよう教育しているのか?」
「っ⁉︎」
にっこりと微笑んでみるが、侍女の態度が悪いことがアルティナの責任問題に繋がると思うと、若干苛立ちを覚えてしまう。
侍女はハッとした表情を浮かべていて、わたしが気づいたことに驚いているかのようだった。
…………あんなに顔に出ていたのに、気づかれないと思っている方がどうかと思う。
なんとなく白んだ目で侍女を見ていたが……アルティナが慌てて跪き、頭を下げたことで視線を戻した。
「申し訳ございません、殿下。わたくしの教育不足でございます」
…………あぁ、失敗した。
わたしは思わず顔を顰めてしまう。
確かに、あの侍女の振る舞いがフレスト公爵家の迷惑になることがあると気づかせようとしたが……注意する程度で、彼女に跪かせて謝らせる気はなかった。
……責任感が強い彼女がこうして謝罪するのは想像に容易かったのに。
…………本当、救いようがないな……わたしは。
彼女に関わることは、いつも選択肢を間違える。
「ち、違っ……アルティナ様は何も悪くないです‼︎ 私が勝手に睨んでっ……」
侍女はアルティナが頭を下げたことに、目を見開き……慌てて、彼女に声をかけた。
だが、アルティナはそれを一蹴する。
「黙りなさい、ステラ。発言の許可は与えていませんわ」
「っっっ‼︎」
背後でステラと呼ばれた侍女が黙り込む。
その顔は、自分の振る舞いが彼女に謝罪を必要とさせたのだと理解したようだ。
沈黙が満ちること数秒。
「はぁ……」と自己嫌悪しながら溜息を零し、わたしは声をかけた。
「…………面を上げろ、アルティナ」
「…………はい」
「謝罪を受ける。教育はきちんと受けさせろ。お前に仕える者の失態で、自らの首を絞めることになるぞ?」
「…………はい、殿下。申し訳ございませんでした」
アルティナは再度頭を下げて、ソファに座り直す。
……疲れたような顔。
わたしがさせてしまった。
だが、あの侍女の振る舞いに問題があったのも確かだ。
今、気づかせなければ後々、問題が起きるかもしれない。
…………まぁ、気づかせる方法を間違えてしまったのだが。
わたしは自分の振る舞いが原因だと理解しておきながら、アルティナに謝罪をさせたことを怨むように睨む侍女に……冷たい笑みを浮かべた。
「……ステラと言ったか。どうしてわたしを睨むんだ?」
感情の乗らない声で、問う。
どうしてだか分からないが、なんとなく聞かなければならない気がした。
そして、侍女はなんとも言い難い顔でアルティナを見て……答えた。
「わ、私が……殿下を好ましく思っていないから、です」
………………侍女は誤魔化すこともせず、本音を言う。
アルティナは絶句しているし、はっきり言ってわたしも驚きを隠せない。
どうしてそんなに素直に本音を言葉にできるんだ?
自分の振る舞いが、アルティナの負担になるって理解したのだろう?
「…………まさか……本人を目の前に、そんなことを言う奴がいるなんて思わなかったな……」
思わず言葉が溢れる。
アルティナもそれはそうだろうと言わんばかりの顔をしている。
「…………わたしと君は初対面だったはずだが?」
「でも、好きじゃないんです」
「…………ふむ」
きっぱりと告げる侍女。
わたしは顎に手を添え考え込む。
…………きっと、彼女はアルティナのことが好きで。
その婚約者であるわたしを敵対視している。
まぁ、アルティナをそこまで無下にしている訳ではないが……他者から見たら、自分の仕える人に冷たい態度で接していると思われても間違いないだろう。
だから、彼女はアルティナを思ってわたしを睨む。
…………あぁ……。
「うん。お前は面白いな」
睨んでくるのは問題だが、アルティナのことをそんなに思ってくれる者がいるのは……良いことだ。
「こんなに素直な女性は珍しい。興味が湧いた。今後も彼女を控えさせろ」
「なっ⁉︎」
彼女は将来の王太子妃。
いらぬ悪意に晒されることがあるかもしれない。
だが、この侍女にアルティナの側にいることを命じれば……何かあった時、わたしの代わりにアルティナを守る盾ぐらいにはなれるだろう。
彼女は小さな声で「……畏まりましたわ」と了承した。
「では、また」
わたしは満足した気持ちで、フレスト公爵家を後にする。
しかし……自分の言葉の足りなさが原因で、余計にアルティナとの関係が拗れたことに、その時は気づかなかった。