予想外の結末
「アルティナ・フレスト公爵令嬢」
卒業パーティーの最中、凛とした声がわたくしの名を呼んだ。
学園の大広間の中央。
煌びやかな濃紺の衣装を纏った殿下が真っ直ぐにわたくしを見つめる。
殿下に見つめられていたわたくしは、こんな時であるというのにステラの言葉を思い出していた。
〝最後は王太子殿下達のお力を借りて、お嬢様を国外追放し、ハッピーエンドになるんです〟
…………多分だけど、これが断罪シーンというヤツなのでしょうね。
周りの生徒達は何が始まるのかと視線を中央に向ける。
わたくしは笑顔の仮面を被って、静かな声で「はい」と返事をしながら、前に出た。
…………久しぶりにちゃんと正面から見た気がするわ。
ステラとの噂があったから、向き合うことが難しくなっていた。
彼の口から、彼女を選ぶと告げられたらと思って……怖くて逃げていた。
でも、結局……さよならを告げられるなら……最後くらいちゃんと向き合わなくては。
「…………君に、伝えたいことがある」
「…………はい」
月の隣にいるならと、夜空色に近いドレスを纏っていたけれど……これも今日が最後なるかもしれないわね。
断罪を言い渡されても、わたくしは笑っていられるかしら。
わたくしは覚悟を決めて、次の言葉を待つ。
そしてーーーー。
「その……君を幸せにするから、結婚してくれ」
「謹んでお受け致しまーーーーん?」
大人しく了承しかけたわたくしは、ピシリッと身体を硬直させる。
今、殿下は、なんと、おっしゃった?
「あぁ、良かった‼︎ 柄にもなく緊張したぞ‼︎」
そう告げたアークス殿下の顔には、いつぞやにステラに向けていたような満面の笑みが浮かんでいて。
わたくしと周りの生徒達も驚いたような様子で、そんな殿下を見つめていた。
きっとあの噂を聞いてる人達は、殿下がわたくしに婚約解消やら婚約破棄やらを申し出ると思っていたはず。
わたくしは意味が分からなくて、瞬きを繰り返した。
「…………あの、婚約を解消または破棄するとかではなく?」
「……………………は?」
ビクリッ‼︎ ザザッ‼︎
わたくしと生徒達は聞いたことがないようなドスの効いた声に思わず身震いをしながら後退りする。
殿下は笑っているのに笑っていない……薄ら寒い笑みを浮かべながら、わたくしの側に歩み寄った。
「どういうことだ? なんでわたしが婚約を解消しなくてはいけない?」
………どうしてでしょう。
声がとっても優しいのに、背筋がぞわぞわとする。
選択肢を間違えれば、危険な気配がする。
わたくしは頬を引き攣らせながら……答えた。
「いや、だって……ステラと良い仲だと聞きましたので…………」
スッ……。
殿下の白銀の瞳が細められて、身体がぶるりっと震える。
アークス殿下はわたくしの頬を両手で掴み、至近距離で微笑んだ。
「言っておくが、あんなアルティナ信者と良い仲になる訳ないだろう?」
「…………は?」
「それどころか、わたしが君を幸せにできないならアルティナを拉致して自分が幸せにしますと喧嘩売ってくるような奴だぞ?」
「…………はぁっ⁉︎」
そんなことを言っていたという事実に、わたくしは言葉を失う。
だって、ステラは殿下と仲が良いんじゃっ……。
「最初……わたしは、君がソリー侯爵子息と仲睦まじいと思っていたんだ」
「……………セイル様とですか?」
「あぁ。よくソリー侯爵子息と会っていると聞いていたから」
わたくしはそれを聞いて首を傾げる。
はっきり言って、わたくし自身はあまりセイル様とは会っていないのだが……。
「だから、まさか君が会っていると思っていた人がセイラ嬢だとは思ってなかったんだ」
「あちゃぁぁぁぁっ、そういうことかぁぁぁぁ‼︎」
周りにいた生徒達の中から、後悔するような声が響き、スタスタとわたくし達の方に歩いて来る。
そこにいたのは……同じ顔をした赤毛の男女。
ソリー侯爵家の双子……セイル様と珍しくドレス姿で参加しているらしいセイだった。
セイは真剣な顔でわたくしと殿下を見る。
そして、若干青白い顔で叫んだ。
「まさかっ、わたしが男装してたから、アルティナに会っているのがわたしじゃなくて、兄様だと間違えていたんですかっっ⁉︎」
「情けないことにな」
殿下が苦笑しながら頷くとセイは「うわぁぁぁぁ、やらかしたぁぁぁぁ‼︎」と頭を抱える。
セイル様はゲラゲラ笑って、セイを馬鹿にした。
「うわぁ……セイラが殿下とアルティナ様の仲を拗らせてるじゃん‼︎」
「煩い、兄様‼︎ 凄く反省してるよ‼︎ 暫く男装止めるぅ‼︎」
……つまり、殿下はセイをセイル様だと思っていて?
頻繁に会っていたから、わたくしがセイル様と仲睦まじい関係だと勘違いしていたということ?
「と、まぁ……そんな感じで。君に本当の気持ちを伝えて断られたら立ち直れないからな。ずっと距離を置いた関係を続けてきたんだ」
「…………本当の、気持ち……?」
「あぁ。だけど、ステラ嬢が君の気持ちを代弁して教えてくれたからな。こうして君に伝えることにした」
アークス殿下はわたくしの前で跪いて、懐から小さなケースを取り出す。
ベルベットの、臙脂色のそれは……。
「王家が用意する指輪もあるが、これはわたしが選んだんだ。まぁ、そういうのを知ってるのと、君の好みを知ってるのが恋敵(?)とも言えるステラ嬢だったから……彼女に色々と聞く羽目になり、何度も一緒に出かけなくてはいけなくなったんだが…………」
そう言いながら蓋を開けると……そこにあったのは、シンプルなプラチナリングの土台に青い宝石が花のように装飾された可愛らしい指輪。
殿下はわたくしの指に指輪を嵌めると……その指先にチュッとキスを落とした。
「アルティナ、愛している。だから、結婚してくれ」
誰か、これが嘘だと言って。
だって、こんなの都合が良すぎる。
ずっと、ずっと……叶うはずがないと思っていたのに。
でも……わたくしは……伸ばされた手を、離したくない。
「…………っっっ‼︎ はいっ‼︎ わたくしも貴方を愛していますっ……‼︎ 殿下の、お嫁さんにしてくださいっ……‼︎」
返事と共に強く抱き締められて、奪うようなキスをされる。
熱い体温が、抱き締められる痛みが、これが嘘じゃないと教えてくれる。
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼︎ 私のアルティナ様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎ 私が幸せにしたかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
……………この、良いムードをぶち壊すステラの声がなければ、きっと最高だったわ。