流れ出した噂
あれから、殿下とステラは少しずつ距離を縮めているようだった。
フレスト公爵家を訪れる頻度が徐々に多くなり、その度に、わたくし達の席にステラを控えさせた。
最初は後ろに控えているだけだったのに……いつしか同じソファに座るようになって。
二人は他愛ないをする。
だけど、何かを隠しているような雰囲気は隠しきれてなくて。
勿論、わたくしはそんな二人の会話に耳を傾けているだけ。
…………きっと、お邪魔虫なのはわたくしの方。
そう思うほどに、二人の距離が近くなっていることが見て取れた。
そして、わたくしがそれに気づくということは、他の人も気づいているということ。
ゆっくりと、でも確かに……その噂は流れ出していた。
*****
ちゃぽり……。
わたくしは人気のない庭園にある噴水の縁に座り、片手を水に晒していた。
王城で開催された舞踏会。
本来なら、殿下にエスコートされ、あのダンスホールにいなくてはいけない。
だけど、殿下の計らいで舞踏会に参加したステラとアークス殿下が踊るところを見ていられなくて……わたくしは逃げてしまった。
賑やかな声と楽団のワルツの音を聞きながら、わたくしは月の映った噴水を見つめる。
紺色のグラデーションが美しいドレス。
散りばめられた宝石がまるで夜空のようで、月に愛される殿下の隣にいるならピッタリだと思っていたのだけど……。
わたくしよりも、ステラが隣にいる方が……楽しそうだった。
わたくしと踊った時と違って、決して優雅とは言えないダンスだったけれど。
楽しげに笑っていた。
「…………国外追放、か……」
…………最初は、嘘だと思った。
けれど、このままいけば……わたくしが国外追放されるのも起こり得る未来なのかもしれないわね。
わたくしは呆然と噴水に映る自分の姿を見つめる。
泣きそうな、顔。
令嬢の仮面が剥がれた、アルティナの顔。
………思わず、自嘲するような笑みが浮かぶ。
ーーそんな時、ふっと噴水に映るわたくしの背後に人が映り込み、わたくしはビクッと身体を震わせた。
「やぁ、ご機嫌よう。アルティナ。流石に令嬢一人で暗がりにいたら、変な勘繰りをされてしまうよ?」
振り返るとそこにいたのは、赤毛の長髪を一つ結びにした麗しい人。
わたくしは苦笑しながら、答えた。
「仕方ないわ。もう、手遅れな気がするもの」
「…………アルティナ……」
その人は悲しげな表情でわたくしの側に歩み寄る。
これ以上、悲しい顔をさせたくなくて。
わたくしは無理やり話を変えることにした。
「セイ。どうして今日も男装姿なの? 次に会う時はドレスでって言ったでしょう?」
ギクリッ。
見目麗しい男装をした彼女の頬が引き攣って……テヘッとワザとらしい笑顔を浮かべる。
彼女の名前は、セイラ・ソリー。
ソリー侯爵家の令嬢であり……わたくしの友人だった。
「あー……ごめん。ドレスはやっぱり動き辛くてさ」
彼女は女性であるけれど、とても勇敢で、動きやすい服を好む。
だから、ついつい動きやすい男性の服装をしてしまうらしい。
わたくしは再度苦笑しながら頷いた。
「まぁ……でも、セイの自由よね。無理に着て欲しい訳ではないわ」
「あははっ、ごめんね。また今度……機会があったらね?」
セイはわたくしの隣に座る。
何も言わないけれど、彼女が言いたいことが……なんとなく分かっていた。
「…………大丈夫?」
「何がかしら」
「アークス殿下、君のところの侍女と親しくしてるんでしょ?」
「………………」
最近、人々の間に流れている噂。
それは王太子殿下が婚約者のところに奉公に来ている準男爵令嬢と親しくしているという噂。
わたくしは苦い笑みを浮かべながら、答えた。
「そう、みたい」
「信じられないよ。あの人、馬鹿じゃなかったよね?」
「…………恋は人を盲目にするんじゃないかしら?」
聞いた話だと、どうやら城下町でお忍びデートをしているらしい。
聞きたくなくても年若い侍女達の楽しげな声が、否応なしにわたくしの耳にその噂を届ける。
きっと、王太子と公爵令嬢よりも……王太子と準男爵令嬢の方が、ドラマチックだからなんでしょうね。
誰もが身分差の愛を、シンデレラドリームを応援したくなるのでしょう。
「……わたくしはこれから、どうなるのかしらね」
思わず、不安が口から溢れていた。
セイは心配そうな顔でわたくしを見つめる。
…………セイは、わたくしが強いフリをするただの令嬢だって知っているから、心配してくれる。
王太子の婚約者としてどんな時も気品ある態度で、気丈に振る舞う必要があるけれど……本当はそんなことが得意じゃないことを知っている。
だから、わたくしも本音を零すことができた。
「好きなのに……本音を伝えて、傷つきたくないって……なんて臆病なのかしらね」
「…………私は、恋をしたことがないから何も言えないけどさ……臆病になっちゃうのは、仕方ないんじゃないかな」
「……そうなのかしらね」
わたくしはほんの少し泣きそうな気分になりながら、空を見上げた。