ヒロインと王太子の出会い
月に一度の、義務的な顔合わせ。
フレスト公爵家に訪れたアークス・レイ・ルナリス殿下とわたくしは、サロンでお茶をしていたが……。
いつもこちらが話したことに返事を返す程度しか喋らない殿下が、唐突に声をかけてきた。
「一つ、聞いていいか」
「…………はい?」
わたくしは思わず目を見開いてしまう。
だって、何かを聞くようなこと、今まで一度もなかったんですもの。
だけど、わたくしは次の言葉に息を詰まらせた。
「君の家では、侍女にわたしを睨むよう教育しているのか?」
「っ⁉︎」
にっこりと微笑んでいるが、若干の苛立ちを感じさせる白銀の瞳。
慌てて振り返ってみれば、壁際に待機していた侍女の中にいたステラの姿。
ハッとした表情の彼女を見て、わたくしはステラが殿下を睨んでいたことを察する。
わたくしは慌てて跪き、頭を下げた。
「申し訳ございません、殿下。わたくしの教育不足でございます」
あぁ、なんてことでしょう。
この方は王族、王太子殿下。
そんな方を睨むなんて……下手をすればステラは不敬罪に問われる。
それどころか、彼女を雇っている我が家の責任とされるかもしれない。
わたくしは頭の中で色々と考えながら、深く頭を下げ続ける。
だけど、背後でステラの慌てたような声が聞こえて、思わず舌打ちをしたくなった。
「ち、違っ……アルティナ様は何も悪くないです‼︎ 私が勝手に睨んでっ……」
「黙りなさい、ステラ。発言の許可は与えていませんわ」
「っっっ‼︎」
背後でステラが黙り込む。
この間の前世云々の話といい、わたくしに気持ちを伝えろと言ってくるといい……本当、問題しか起こしてくれませんわね。
沈黙が満ちること数秒。
「はぁ……」と少し呆れた溜息が聞こえたと思ったら、わたくしは殿下に声をかけられた。
「…………面を上げろ、アルティナ」
「…………はい」
「謝罪を受ける。教育はきちんと受けさせろ。お前に仕える者の失態で、自らの首を絞めることになるぞ?」
「…………はい、殿下。申し訳ございませんでした」
わたくしは再度頭を下げて、ソファに座り直す。
……あぁ、もう疲れたわ。
直ぐに部屋に戻りたい。
でも、そんな願いは叶わなくて。
殿下はスッとその目を細めて、その美貌に冷たい微笑を浮かべた。
「……ステラと言ったか。どうしてわたしを睨むんだ?」
なんの感情も感じさせない声で、殿下は問う。
ステラは困惑した様子でわたくしを見て……わたくしは視線でその質問に答えるように訴えた。
「わ、私が……殿下を好ましく思っていないから、です」
馬鹿正直に答える馬鹿がいますか‼︎
そう叫びたくなる寸前でわたくしは唇を噛んで、それを耐える。
アークス殿下はまさかの答えに目を見開き……驚いたように呟いた。
「…………まさか……本人を目の前に、そんなことを言う奴がいるなんて思わなかったな……」
それはそうでしょう。
普通、本人に直接嫌いだと言う人はいませんわ。
「…………わたしと君は初対面だったはずだが?」
「でも、好きじゃないんです」
「…………ふむ」
アークス殿下は顎に手を添え、考え込むように黙る。
再度、沈黙。
ようやく彼が動き出した時……殿下は、見たことがないような満面の笑みを浮かべていた。
「うん。お前は面白いな」
……初めて、殿下が誰かに興味を示したところを見たかもしれない。
「こんなに素直な女性は珍しい。興味が湧いた。今後も彼女を控えさせろ」
「なっ⁉︎」
ステラはギョッとしているけれど、王太子の命令に逆らえる者などいない。
わたくしは「……畏まりましたわ」と小さな声で返事をした。
「では、また」
殿下を玄関までお見送りし、その姿が迎えの馬車に消え、去っていくのを見ながら……わたくしはドッと襲ってきた疲れに溜息を零す。
だけど、そんなわたくしに追い打ちをかけるように、ステラが駆け寄ってきた。
「ア、アルティナ様っ……‼︎ 私っ……‼︎」
力強く腕を掴まれて、わたくしは顔を顰める。
力加減を忘れるほど動揺してるってことなんでしょうけど……疲れたわたくしにはそれどころではなかった。
「…………………お願いだから、今日は休ませて頂戴。わたくし、疲れているの」
「…………あっ……」
「後、わたくしは貴女の主人よ。そんなに腕を強く掴まないで」
「ご、ごめんなさいっ……‼︎」
わたくしはそれ以上何かを言う気になれず、彼女を置いてその場を去る。
自室に戻ったわたくしは、はしたないとは思いながらもバタリッとベッドに倒れ込んだ。
〝最後は王太子殿下達のお力を借りて、お嬢様を国外追放し、ハッピーエンドになるんです〟
何故だか分からないけれど……先日のステラの言葉が、頭の中に蘇った。