喧嘩売るヒロインと、ヤンデレ(?)王太子
「ヘイ、ダーリン。ちょっと付き合いやがれ♡」
いつものカフェ。
私は何かを言う前にシュンの肩を掴んで、カフェから少し離れたところまで歩き出した。
「もしかして、殿下に何か言いに行くつもりか?」
「そうだけど? ってか、なんで知ってんの?」
「そりゃあ諜報員だし。お前が睨んでたことで、殿下が興味を持っちゃって。今後も控えるようにって言われたんだろ? んで。今日は殿下のお忍びデーだから……乙女ゲームの知識があるなら、城下町で会うシナリオでもあんのかなって」
「そうだよ‼︎ だから待ち伏せすんだよ‼︎ そして、殿下のおかげでアルティナ様が殿下が私に興味あるって勘違いしてるわっっ‼︎」
「ぶっちゃけ、前世の話ししたタイミングが悪かったのもあると思うけどな」
「ぐふっ……⁉︎」
否定できなくて私は胃のあたりを押さえてしまう。
分かってるっ……分かってるよ‼︎
私の話したタイミングの悪さも一因だって‼︎
でも、アルティナ様が好きなのにあんなことを言う殿下にも一言言ってやりたいんだよ‼︎
そんな時、タイミングよく殿下が来るのが見える。
シュンから手を離して、仁王立ちで待ち伏せし……彼が目の前に来た瞬間、大声で告げた。
「テメェ、ふざけんなよ‼︎」
「いやいやいやっ、何、第一声でいきなり〝テメェ〟とか〝ふざけんなよ〟とか言ってんだよ‼︎ お前、相手を考えろや‼︎」
スパコーンッ‼︎
「あ痛っ⁉︎」
事前に一言言うって言ったのに、シュンに思いっきりハリセンで頭を叩かれる。
なんでっ⁉︎
「……すまないが、意味が分からないのだが」
殿下は困惑しきった顔で、私じゃなくてシュンに声をかける。
シュンはもう諦めきった顔で……溜息を零した。
「デスヨネー」
シュンの目が冷たく光り、私はビクッと体を震わせる。
そして、シュンは私の頭を掴んで……勢いよく頭を下げた。
「いきなりのご無礼、謝罪致します。俺の名前はシュン。ステラの恋人(仮)です。こいつが暴走しすぎないよう、共に来ました。まぁ……結局、意味がなかったのですが……」
……えっ? 暴走?
思わずチラリと視線を向ければ、頭を下げたまま、なんだか凄まじい疲労感を放つシュンは、目で〝話を合わせろ〟と合図してくる。
「ですが、ステラがこんな行動を取るのには理由があるのです。どうかお話を聞いてやってもらえませんか?」
………いや、なんでこっちが下手なのさ。
アルティナ様が苦しんでるのは、こいつの所為なんだよっ⁉︎
こいつが私に控えるように言わなかったら、アルティナ様はあんな顔をしなくて済んだのにっ……‼︎
「話をするよりも、私は先に一発ぐらいは殴りたいっっっ‼︎」
本音で叫べば、シュンは頭を掴んでる手に力を込める‼︎
「お前はちょっと黙っとけや‼︎ なんのために俺が頭下げてると思ってんの⁉︎ つーか、不敬罪で死ぬぞっ⁉︎」
「アルティナ様のためならば、打ち首上等よ‼︎」
ピクリッ……。
私の言葉に何か思うことがあったのか……殿下は私達がよく待ち合わせするカフェを指差す。
そして、真剣な声で告げてきた。
「……取り敢えず、そこのカフェで話そう」
「ありがとうございます」
三人でカフェに入り、それぞれ飲み物を注文する。
そして、飲み物が届いてから……本題に入ることにした。
「で? 話とは?」
「あんたがアルティナ様を傷つけてるから、喧嘩売りにきたわ」
はっきりと言うと、殿下は分かりやすく動揺する。
そして……声を震わせながら、呟いた。
「アルティナを、傷つけている……?」
…………ん? なんか、違和感?
「貴方、私に今後も控えるように言ったじゃない」
「…………あぁ……」
「アルティナ様は貴方が私に興味があるって思ったのよ‼︎」
「なっ……⁉︎」
それを聞いて殿下は絶句する。
なんでそんな驚いてるの⁉︎ 自分の言葉の所為でしょっ⁉︎
「いや、私が前世のあんな話をしちゃったのもあるんだけどっ……でも、あんたが傷つけてるのも確かよ‼︎ アルティナ様はあんたのことが好きなのに、冷たく接されてたら傷つくでしょうっ⁉︎」
「……………は……?」
「だからっ、例え打ち首になろうとも、アルティナ様を幸せにできないコイツには喧嘩を売らずにいられないのよっっっ‼︎」
「ちょ、ちょっと待ってくれ‼︎」
私の言葉を遮って、殿下は考え込んでしまう。
そして……信じられないことを呟いた。
「嘘、だ」
「はぁ? 何が嘘なのよ‼︎」
アルティナ様の気持ちを疑うことが、許せなくて私の中で怒りが湧く。
だけど、殿下は泣きそうな声で答えた。
「だって、アルティナは……ソリー侯爵子息と……とても仲睦まじく……していて……」
「…………ソリー侯爵子息ぅ?」
私もシュンも、殿下の口から出た名前に目を見開く。
ちょ、ちょっと待って……確か、ソリー侯爵子息って……攻略対象の……。
「…………確かに、セイルルートはあったけど……そのルートの悪役令嬢はセイルの妹だったはず……アルティナ様とは関係ないはずじゃ……?」
私の記憶が間違いなければ、アルティナ様が出てくるのは王太子ルートと隣国からの留学生(こちらも王子)ルートだけ。
だから、他のルートには他の悪役令嬢がいて……アルティナ様が出てくることはなかったはず。
考え込んでいたら……シュンがパチンッと手を叩き、私はハッと我に帰る。
シュンは少し疲れた顔をしながら、私と殿下を交互に見た。
「…………取り敢えず、俺が間に入ります。二人は話が噛み合ってませんし、一方的に言ったって通じません」
彼の言葉に、私は渋々頷く。
…………まぁ、確かに。アルティナ様関連になると、私、沸点低いし。
「先に、俺らのことから話した方が良いでしょう」
そうしてシュンは、私の代わりに前世の記憶があること、乙女ゲームのことを説明してくれる。
流石の殿下もそんな話は簡単に信じられないようで……酷く呆れた顔をされた。
「…………いや……なんだ、そのおかしな作り話は。アルティナが侍女を虐めたからと言って、国外追放になる訳ないだろう。それどころか、婚約者がいる男に近づいたお前の方が国外追放されるべきでは?」
「あくまで乙女ゲームの話だから‼︎ 乙女ゲームはご都合主義なのよ‼︎ それに、私が実際にそんなことするはずないでしょ⁉︎ わたしにはシュンがいるんだもの‼︎」
私は隣に座ったシュンの腕を取り、宣言する。
すると……シュンは困ったような顔をしながら、言った。
「確かに、信じられない話だと思います。でも、嘘ではないんです。信じて頂けませんか……?」
「…………君までそう言うなら、少しは信じても良い」
「なんで私は信じないのよっ‼︎」
「信用の差だ」
はっきりと告げられた言葉に、軽く怒りを覚える。
シュンは「ありがとうございます」と礼を言ってるけどっ……本当に私、殿下のことが嫌いだわ‼︎
「とにかく、俺らには前世の記憶があり……アルティナ様が辿る未来を知っています。ですが、ぶっちゃけアルティナ様が国外追放になることはないでしょう。ステラは貴方と恋をすることはないので」
「いや、それ以前にわたしがそれを好きになることは絶対ないと宣言しよう。絶っっっ対にあり得ない」
「ムキーッ‼︎ 好きにならない宣言は有難いけど、腹立つわ‼︎」
「…………ちょっと話の邪魔だから、お前、黙ってろ?」
シュンはとうとう喋らないように、私の口を押さえた。
…………こ、呼吸ができん‼︎
目で訴えたら、鼻呼吸だけはできるように手を動かしてくれた。
黙ってろってか‼︎
「………で。ステラが貴方様に喧嘩を売った理由なのですが……アルティナ様が好きで最推しだからです」
「…………最推し……?」
キョトンとする殿下に、シュンは説明を続ける。
「憧れの存在、と言うべきですかね。言うなら、舞台女優とそのファン……みたいな」
「…………なるほど」
「なので、ステラの行動理由は〝最推しアルティナ様に幸せになって欲しい〟なんですよ」
「…………幸せに……なって欲しい……か」
黙り込む殿下を見て、シュンは考え込むような顔をした後……優しく笑う。
「……ひとまず、こちらだけの話では意味がありませんから……次は貴方様のお話を聞かせてください。貴方様が、アルティナ様をどう思っているのかを……偽りなく」
「…………わたし、は……」
逡巡するような顔。
だけど、シュンの優しい態度に絆されたのか……ぽつりぽつりと本音が溢れる。
結論。
「…………なんというか……不器用ですね」
私は、シュンのその一言に凄まじく同意した。
何それ。好きなのに、他の男といるところを見て、自分以外の人が好きだって言われるのが怖くなったとか。
それどころか、一度距離を置いたら……距離の縮め方が分からなくなったとか。
不器用すぎるでしょっっ‼︎
「それに貴方様も、アルティナ様も臆病だ」
「…………え? アルティナ、も?」
「ステラ。本音を聞いた今なら、ちゃんと冷静に話せるだろ?」
シュンはそう言って、やっと私の口から手を離す。
きっと、今の私は酷く呆れたような顔をしてると思う。
だけど……溜息を零しながら、答えた。
「…………お二人共、すれ違ってんのよ」
「……すれ違い……?」
「えぇ。アルティナ様はあんたが好きだけど、あんたが冷たい態度だから……距離を置かれていると気づいているから、政略結婚で自分と結婚するんだと思ってる。で、あんたの場合はソリー侯爵子息とアルティナ様がそういう仲だと勘違いしてる。何度も言うけど、アルティナ様はあんたが好きだから……ソリー侯爵子息とそうなるはずないわ」
「っ‼︎」
「互いに互いの気持ちを……本当の想いを伝えあえば、こんなに拗れることもなかったのに」
本当、なんでこんなに拗れちゃってんのかなぁ……。
「…………アルティナは楽しげに彼といたのを……わたしは見たんだ……」
だけど、出会ったばかりの私のことを信じられないらしい殿下は、私の言葉を否定する。
殿下を観察するように見ていたシュンは「仕方ありませんね」と呟いて、にっこりと笑った。
「…………お二人の仲をちゃんと正すためにも、まずは情報の精査が必要ですね。俺でよければ、情報を集めておきましょう。何か見間違いがあるかもしれませんから」
「……そんなこと、できるのか?」
「えぇ。この国の諜報員なので問題ありませんよ」
「そうか…………はぁ⁉︎」
あまりにもサラッとぶっちゃけるから、私も同じくギョッとしちゃう。
だけど、彼は気にする様子もなく答えた。
「今回は特別です。このままお二人の仲が拗れたままだと、ステラこいつがアルティナ様を幸せにするために拉致りそうなんーーーー」
「……………は?」
「「っっっ⁉︎」」
ゾワリッ……‼︎
背筋を這うような悪寒と、ハイライトの消えた瞳。
ぎょえっ……こっっわっっっ⁉︎
「侍女。もしわたしからアルティナを奪ってみろ。地の果てまで追って、殺ーーーー」
「そ、そんなことしないわよ‼︎ そう思うぐらい、アルティナ様に幸せになって欲しいってだけよ‼︎」
「………………まぁ、それなら」
即否定すれば、殿下は冷静さを取り戻したのか……普通の雰囲気に戻る。
え? 大丈夫なの?
この人、ヤンデレ臭がするんだけど?
だけど、〝あんた、ヤンデレですか〟と本人に聞く勇気は……流石の私達にはありませんでした。
まぁ、そんなこんなで。
身分的な問題で王城に入れないため……次の話し合いもこのカフェで行うことを決めて、ひとまず今日の話は終わることになった。
…………別に、ヤンデレオーラに気圧されて切り上げた訳じゃないよ。うん。




