侍女の告白
ご都合主義。
なんとなく書きたくて書いた。何番煎じかもしれないけれど、頭を空っぽにして読むのです。
では、よろしくねっ☆
「アルティナ様。私には前世の記憶があるんです」
唐突にそんなことを言い出したわたくしの侍女に、屋敷の日当たりの良いサロンでお茶をしていたわたくしは……目を丸くした。
艶々と煌めく黄金色の髪。
宝石のようなサファイアの瞳。
侍女のお仕着せではなく、ドレスを纏えばまさに社交界の華と呼ばれることになるだろう彼女の名前はステラ。
レート準男爵家の令嬢であり、我がフレスト公爵家に奉公に来ている侍女だった。
「…………前世の記憶、ねぇ……」
頬に手を添えて、視線を僅かに逸らす。
荒唐無稽な話だとは思うけれど、彼女の真剣な表情から嘘を言っているようには思えない。
わたくしは半信半疑な気持ちで、視線で話の続きを促した。
「私は乙女ゲームのヒロインで……悪役令嬢であるアルティナ様の侍女になります。ですが、王太子殿下やら高位の貴族令息の方々と親しくなり、それを疎んだお嬢様に虐められ……最後は王太子殿下達のお力を借りて、お嬢様を国外追放し、ハッピーエンドになるんです」
「……………………」
思わず白んだ目で見てしまう。
…………やっぱり荒唐無稽な話でしたわ。
まず、オトメゲーム? というのがなんだか分かりませんし、わたくしが彼女を虐める?
そんなことをして、わたくしになんのメリットがあるというのかしら。
それに、王太子の婚約者であり公爵家の令嬢であるわたくしが、準男爵令嬢を虐めた程度で断罪されるなんて……どういった理由でそうなるかが理解できませんわ。
「…………それで? それを話したからには目的があるのでしょう? わたくしにどうして欲しいの?」
わたくしは少し呆れた気分になりながら、質問する。
だって、そんな話をするってことは……断罪されたくなければ、王太子から身を引けって言いたいってことでしょう?
しかし、そんなわたくしの予想に反して彼女は斜め上なことを言い出した。
「勿論……アルティナ様には王太子殿下と結ばれて欲しいんですっっっ‼︎」
「…………は?」
ステラは勢いよくわたくしの元に駆け寄り、その勢いのままわたくしの手を掴む。
そして、目をキラキラ(訂正、ギラギラと言った方が正しいかもしれない)させながら叫んだ。
「だってっ……だってっっっ‼︎ あのアルティナ様が目の前にいらっしゃるんですよっっっ⁉︎ クールビューティーで、凛とした孤高の華っ……‼︎ 《蒼月の姫》こと私の最推し‼︎」
「……いや、あの……ちょっと落ち着きなさい」
「マジで貴女が好きだったんです‼︎ 腰まで伸びた青髪は絹のようで、その瞳はまさに月を思わせる白銀‼︎ 凛としたお顔立ちと魅惑のプロポーション‼︎ 乙女ゲームだから、ヒロインを選ぶのは仕方ないと分かっててもっ……断罪シーンの〝貴方が好きでした〟と言って儚く笑うスチルは涙なしには語れずっ‼︎ 〝こうして彼女は国外追放された……〟ってテキストを読んだだけでもかなり荒れましたよ‼︎ なんであんな身の程知らずを選ぶんだって‼︎ いや、今は私がヒロインですけど‼︎ でもでもっ、絶対、アルティナ様の方がお綺麗ですし、教養だって抜群なのに‼︎ だから、アルティナ様には幸せになって欲しいんですっっっ‼︎」
「落ち着きなさいと言っているでしょう‼︎」
ハッ……‼︎
思わず令嬢らしからぬ怒鳴り声をあげてしまいましたわ。
わたくしは咳払いをして、心を落ち着かせる。
そして、胡散臭いモノを見るような目でステラを見た。
「…………とにかく。わたくしと殿下が結ばれて欲しいと言うなら、問題なくってよ。このままいけば、普通に婚姻と至るでしょうから」
「いいえ、それじゃあダメです」
「…………何がダメなの」
「私は貴女に幸せになって欲しいって言ったんですよ、アルティナ様」
「…………」
その言葉の意味を、わたくしは察してしまった。
…………はっきり言って、わたくし、アルティナ・フレストとその婚約者アークス・レイ・ルナリス王太子殿下の関係性は〝微妙〟の一言に尽きる。
初めて会ったのは、七年前ーーわたくしが十歳、アークス殿下が十一歳の頃。
わたくしは彼に一目惚れをした。
月の女神に愛されるこの国の王族は、白銀の髪と瞳を持ち、儚い美しさを持つ。
幼いながらにその美貌を誇っていた殿下は、とても美しくて……〝あぁ、わたくしはこの方の妻になれるのね〟と心を踊らせたものだったわ。
だけど、あの方はとても聡明だった。
この婚約が自身の王太子としての地位を盤石にするための政略結婚だと……最初から理解しておられたのでしょう。
幼い頃のわたくしはそんなの理解してなかったけれど……長い時間をかけて共に過ごしたことで、アークス殿下にとってのアルティナ・フレストと言う存在は、所詮、政略結婚の相手でしかないということを、わたくしは理解してしまった。
だって、それほどまでに彼は婚約者として必要なことだけしかしないんだもの。
月に一度だけの顔合わせ。
必要最低限かつ、あまり高くない定期的な贈り物や手紙。
ただ、それだけ。
好いてもらえない人に、好きだなんて伝えられない。
好きだからこそ、何も言えない。
わたくしが好きだと伝えて、あの方から好きではないと返されてしまったら。
言葉でわたくしに興味ないんだって告げられてしまったら、きっと立ち直れなくなってしまうから。
だから、わたくしは本当の気持ちを伝えないまま……彼と婚姻するつもりだった。
「…………限定版特典のファンブックを読んだから、知ってるんです」
「…………」
「アルティナ様は本当は殿下のことが好きだったけど、彼が政略結婚だと思っているのを知っていたから……傷つくのが怖くて、本音を伝えられなかったんだって」
「…………実際に、政略結婚よ」
「でもっ、伝えれば何かが変わると思うんです‼︎ だからっ……‼︎」
「止めて頂戴」
わたくしはぴしゃりと彼女の言葉を遮る。
貴女はそんな簡単に言うけれど、わたくしはそんな風に伝えられるほど強くないの。
傷つきたくなくて動けないような……ただのどこにでもいる令嬢なのよ。
「自分の意見を他人に押し付けるのは、止めて頂戴。わたくしは貴女の望むように動く人形ではないの」
「…………っ‼︎」
ステラは言葉を詰まらせて、黙り込む。
わたくしはそんな彼女を放置して、サロンから出た。
………前世云々の話は置いておくとして。
多分、あの子は善意で言ってくれたんでしょうね。
わたくしの本当の気持ちを殿下に伝えるべきだと思って。
だけど、わたくしは弱いから伝えられないのよ。
「…………目を背けることしか、できないのよ」
わたくしは、小さな声で呟いた。




