07.仮初めの力
アルシュは目を覚ました。
辺りは変わらず、石の壁に壊れた牢屋。
少し前まで広がっていた戦場は、跡形もなかった。
「ナーセーブ…」
まだ彼が駆け抜けた戦場の記憶が、生々しく残っている。
柄を握りしめたあの力強さを。相手を貫いた瞬間の敵の苦痛の顔を。
そして、そこから決して逃げなかったナーセーブの覚悟を。
アルシュに自身の記憶はない。
だが、護らればならないという焦りが、心に浮かんでいた。
行かなければならない。ここから早く出なければならないと。
まだ覚束ない足取りのまま、黒い剣を片手に、
アルシュは洞窟からの脱出へと歩き出した。
もちろん恐怖は消えない。
しかし、もう逃げようという気持ちはそこには無かった。
あの夢の中、ナーセーブは誰かに伝えていた。
「誰だって怖い。大事なのは勇気だけだ」
視えてさえいれば、やることはいつだって単純なんだ。と。
気付けば、爬虫類のような魔物が血を流し、倒れていた。
前と違って、ちゃんと何をやったか覚えている。
敵は目にも止まらない速さでこちら向かって突っ込み、
そして、その爪を振り下ろした。
アルシュはその爪が自分に向かって下りてくるのを、
最後までその目に焼き付け、後ろへ飛びのき、
その反動を使って、黒い剣を突き出した。
手首を捻り、思い切り差し込まれた剣は、
瞳から、頭を貫き、一撃で敵を絶命させていた。
手に残るのは、肉を切り裂く嫌な感触。
押し込めていた恐怖が、どっと汗を拭きださせる。
それでも、少し前に恐怖で震えていた青年はもういない。
そこにいたのは、戦う覚悟を持った、1人の戦士であった。