06.凡夫は英雄と出会う
洞窟を出てベヘリットへ向かえ。
その言葉を信じてみるしかないと、
牢屋を出て洞窟へ踏み出したものの。
「……何なんだここは」
息も絶え絶えにまた牢屋へ舞い戻る事となった。
部屋の外へ一歩出てみれば、
そこは高さは6メルテほどある吹き抜けが目の前に広がっていた。
壁は全て少し黒みを帯びた岩で覆われており、
唯一、人がいたと思わせる形跡は壁にある明かり程度だ。
それ以外は天然の洞窟であり、
やはりというか、魔物の巣窟であった。
しかも、魔物はこちらを見るやいなや襲ってくる始末。
剣もあるし、何とかなるのではと思っていたアーシュだったが、
そもそも、魔物と戦うこと自体が初めてなのに、
こんな状況に放り込まれて、まともに戦えるはずがなかった。
身体は震えている。
先程のオーガトロニクスとまではいかないにしても、
アーシュより大きな身体の魔物に追いかけられ、
噛みつかれかければ、その恐怖は嫌でも身体に染み付く。
何故かは分からないが、この牢屋には魔物は入ってこない。
倒れこむように、固い石の地面へ倒れこんだ。
死にたくはない。
水も、食料だってどこかで限界が来るだろう。
ただ、ここを出ていくことの恐怖の方が勝るのだ。
どれくらい時間が経ったのだろうか。
疲労感や心はどんどん削られているのに。
一向に、死は訪れなかった。
むしろ、日に日に精神は研ぎ澄まされていった。
恐怖は何か別のものに侵食され、何の感情かもわからなくなって、
ふと、夢を見た。
石で作られた堅牢な砦。
その門の前に立つ一人の男。
砂埃が強い風に吹き飛ばされる中、
その身体はビクともしない。
2メルテにも及ぶ長身に引き締まった肉体。
柄頭を石畳に打ち付け、目の前に広がる敵の軍勢に告げる。
「我が名はナーセーブ!このゲリュナン砦の護り手なり!
領土に一歩でも足を踏み入れたいのであれば、命を投げ打つ覚悟で参れ!」
飛び交う怒号と響き渡る足音。
耳をつんざく剣戟の音は死闘を感じさせる。
そこから始まったのは、終わりのない戦。
ナーセーブが手に持つ槍を一振りすれば、
目の前の敵がまるで物のように吹き飛んでいく。
驚くのはそれだけではなかった。
肩から動き出す、鋭く踏み込む、その動いた体重が綺麗に柄から穂先へ伝わる。
手首により加えられた回転は、相手に刺さるだけでなく、肉を捻じり切っていく。
最初は俯瞰視点で眺めていたアーシュはいつしか、
自分がナーセーブとなり、相手を打ち負かしていった。
無駄のない身体の使い方。複数人でもその挙動を見逃さない視野の広さ。
倒れた相手を活用する柔軟性。その感覚がアーシュとリンクしていく。
そして、感覚が同化していくにつれ、アーシュの脳裏に浮かぶ感情があった。
相手がひれ伏すたびに、頭が割られ、血が飛び散るほどに、
彼らも自分と同じように家族がいて、守るべきものがいる人間なのだと、
自分が守るために、相手から奪う事へのジレンマ。
そして、自身の胸が相手の槍に貫かれるまで、
相手を屠り続けた男は、敵から敬意をこめてこう呼ばれた。
旋風の鬼神、ナーセーブと。