第25回 行けと言われれば行くしかないけども
業務命令であれば、基本的に一般社員に拒否権など事実上ありません。本来ならこれは間違いのはずですが、恐らくある程度は全世界共通の事だと思います。
ただし業務命令であっても『流石にそれはないだろう』と思うことは程度の差はあれど、経験したことがある方はそれなりに多いと思います。私の場合はそれがアメリカへの海外出張という形でした。
当時は一部の明らかに危険とされる国などを除けば、海外に対してさほど思うことはありませんでした。そもそも経験していないことで、明らかに事前情報として危険であるとされているならともかく、アメリカは銃犯罪などは確かに多いものの、日本からも多くの観光客が訪れる国ですし、普通は早々危ない思いをすることは無いと思います。
アメリカへの渡航は何回か行いましたが、結局全て仕事でした。これは仕事で行っているのだからしょうがないという思いは確かにありましたが、アメリカ国内で1週間以上の連続勤務があったときなどは、流石にどうかと思ったものです。
しかしそれが私にとっては『運が無かった』程度で済まされています。
その原因は、アメリカで同時多発テロが発生した約1ヶ月後に渡航することになった野理由です。
当時は観光であっても自粛ムードが漂う中、仕事と言われればいくしかありません。しかもそんな時に限って1人での渡航です。
余談ですが、私の英語力ははっきり言って落第点だと思っています。まあ、それでも周囲に頼れる人がいないとなれば、持っている知識を総動員して対処するしかありませんでした。
そして仕事が片付き、帰国の途につくことになりましたが、そこで衝撃的な体験をしました。
アメリカの地方空港からハブ空港に移動して、日本に帰国する形だったのですが、その時既に地方空港であっても州兵と思われる人が武装し、巡回を含めた警備をしていました。当時の状況を考えれば仕方がないとは言え、手に持っているのは1発でも当たり所が悪ければ死亡する可能性が高い軍用で用いる銃です。拳銃などではなく、映画などで見ることが出来る自動小銃であり、当然こちらとしても正直怖さを感じます。
そして空港内で搭乗手続きを終えた後、セキュリティチェックを受けることになりますが、そこで金属探知機が反応しました。
こんな事を書いても信用はしてもらえないかもしれませんが、その時『え?』と思ったまでは良かったのですが(ベルトなど様々な理由で金属探知機に反応することは、日本でもあるはずです)、同時に金属探知機のすぐ近くにいた州兵と思われる人が、即座に自動小銃を構え、狙いを付けてきたのです。
私は思わず前をむき直して、両手を挙げてしまいました。いくらこちらは何ら問題ないと思っていても、相手は銃を持った人間です。しかも完全に撃つことを前提とした、狙いを付けた構えでした。
即座に空港のセキュリティ係が手持ちの金属探知機などを用いて全身のチェックを行い、靴も脱いで金属反応を確かめる念の入れようです。ベルトに反応したようでしたが、そのベルトも一旦外してエックス線検査まで行う念の入れようでした。
ベルト以外のチェックが終わり、少し怖いながらも問題ない事が分かってもらえるまでは、正直気が気ではありません。パスポートも念入りにチェックしていたようですが、問題ない事が分かると兵士はすぐに銃を下げ、係員も丁寧にその後は対応していただきましたが、あの時ほど命の危険をいじめ以外で感じたことはありませんでしたし、正直疑いが無くなるまでは文字通り死を覚悟したほどです。
何故そこまで恐怖に感じたか、疑問に思う方もいるでしょう。
以前に趣味でモデルガンをいくつか購入したことがありましたが、その時購入した物と、兵士が持っていた物が同系統のタイプであり、兵士は狙いを付けながらいつでも発砲できるところを肌で感じた限り、安全装置は解除されており、実弾が装填されていると思わざるを得なかった為です。実際に銃口を下げた際には、兵士の方は安全装置を戻していたのが見えました。実弾が入っていなければ、その様な事はしないと考えます。
結局それはトラウマに近いのか、今でも海外に行くことが嫌いになるくらいにはなってしまい、その後も何度か海外に出張したことはありますが、個人で海外旅行は今まで一度もありません。
この事を知人に話すと、大抵は『むしろ貴重じゃ』とか『普通はそんな事ないはず』と言われますが、やはり実際に経験するのと聞くのでは異なるのでしょう。
もう一点、そんな事があり帰国した直後、自宅でニュースを見ていたときに本当に偶然だとは思うのですが、アメリカのセキュリティ体制について解説員と思わしき人が解説しており、その解説員曰く『銃弾など入ってはいませんよ。警備をしているというパフォーマンスですね』などと言っていたのをよく覚えています。体験したからこそよく分かりますが、あの緊張感は単なる虚仮威しと言える物ではありませんでしたし、流石にその兵士に直接確認をした訳では無くても、その態度や構えから銃弾がしっかり入っていることは間違いないと思っていますし、検査が終わった後に銃を下げる兵士が、どこか安堵していたと感じたのは気のせいではなかったと思っています。
もう一つ私が金属探知機で怖い思いをする直前でしたが、人種というか出身国などで行われたのであろう差別を見たときには、正直アメリカもこの程度の国かと思いました。
それは見た目で明らかにアラブ系と分かる人だったのですが(ターバンなどもされていましたし)、荷物検査で何が問題があったのか分かりませんが、機内持ち込み用のキャリーカートの中身を恐らく全て引き出され、それを一生懸命元に戻しているアラブ系の男性を見た事です。
確かに当時はアラブ系の方などに対して警戒心を抱く気持ちが分からなくもありませんが、荷物を空港の手荷物検査ロビーに中身を出されて散乱した状態で、それを悔しそうに再度詰め込んでいるその方を見たときには、単なるアラブ系の人への嫌がらせでしかないと思いましたし、それは区別とかではなく差別だとしか思えませんでした。
そう言った意味では同じアジア系と考えれば私はまだ良かった方なのかもしれませんが、少なくとも日本ではあり得ない光景だと思うと、テロとは関係ない人までアラブ系というだけで疑われて嫌がらせを受けてしまったその方の光景は、今でも忘れられません。
いくら仕事とはいえ、わざわざ空港のセキュリティが強化されていることが日本でも伝わっているときに、無理にアメリカとはいえ出張させるのはどうかと、今でも思います。




