第24回 他社の製品と自分の力量
どんな人にもその力量というのは限られているはずです。
そもそも人生が80年とし、定年が65歳とすると、仮に大卒なら最低年齢で22歳の就職になるでしょうから、最大43年間仕事をすることになります。もちろん65歳以上で仕事も出来るような環境が整いつつありますが、同じ会社でそれまでの待遇と同じ形では、大卒の場合で最大43年間が社員などとしての待遇で働ける最長期間でしょう。無論業種にもより異なるとは思いますが。
しかしその中で自らの力量を高められるのは、個人的に精々40歳代前半までが限度だと思います。
そもそも今ではあまり一般的に言いませんが、言葉としての『初老』とは、本来の意味として40歳(数え歳)からです。人により多少の差があったとしても、新しい物事を効率的に覚えて仕事に生かせるのは、この初老と呼ばれる40歳が1つの目安で、これもまた最近では使わなくなりつつある言葉だとは思いますが、『桑年』が本来48歳である事を考えると、人として学んだことをそのまま次々と活かせるような年齢は『初老』までと考えることが出来ると思いますし、『桑年』では難しいと思います。
ちなみに同じ発音の『壮年』は厚生労働省の定義だと25歳から39歳だそうです。
少し長く見積もったとしても、一般的に人が学んだことをそのまま活かせるのは桑年となる48歳の1つ下と考えることも可能ですし、その場合で47歳まで、22歳で入社して自らを高めようとすると、一般論として25年間が可能な期間とも言えると思います。
とは言っても人によって力量は様々であり、それこそ入社からすぐに実力を発揮できる人もいるでしょうが、普通は入社2~3年間、長いと最初の5年間はその人にとって会社に慣れる期間になると思います。その間にその会社で行う事を様々学び、経験として仕事に活かしたり、場合によっては資格などをさらに取得して自らを高めたりすることもあるでしょうし、資格であればもっと長い期間猶予があるとも言えます。
ただどの様な人でも、まったく初めての製品などはその機能などを覚えるだけでも時間がかかる物です。日頃使用している物の延長線のような製品であれば別ですが、使ったことも無い物、ましてや見たことすら無い物なら尚更でしょう。
1つ言えるのは、1人の人間が出来る事は限られているという事であり、それ以上を求めるのは間違っているのでは無いかと思うことです。
まあ相当特殊な物でない限り、まったく知らないという事は無いと思いますが、それでも民生用と産業用の物では、それだけでも扱い方が違う事が多々あったりするものです。
長々と書きましたが当時私が担当したプロジェクトで、産業用デジタルカメラを用いた物がありました。民生品の普通のデジカメと異なり、プログラム側からかなり自由に撮影の設定が出来ます。画素数は1000万画素を超えていました(具体的な画素数やメーカーは機密保持に関わる恐れもあるため、これ以上は一応秘匿します)。当時一般に販売されているコンパクトデジタルカメラでもっとも画素数が多い機種でも400万画素を超えるくらい。多くは300万画素にも届かない物が多く、売れ筋で200~250万画素が主流の時代です。ちなみに同時期はまだ一眼レフタイプではフィルムが主力であり、デジタル一眼タイプで600万画素が高級機として出てきたような時代ですから、画素数だけで考えれば今のスマートフォンの方が大抵の場合高性能になります。
当時としては確かに高性能であったでしょうし、コンピューター側から様々な命令を出すことで、ビデオカメラとして使う事も普通に可能であったりと、この辺は産業用と普通のデジカメとの違いでしょう。もちろんその画像をパソコンに取り込んで、それをリアルタイムで処理できるだけのスペックが必要ではありましたが。それを用いた製品の開発を行っていたわけです。ちなみにコンピュータプログラムの開発は私1人で行いました。
ですがプログラムがある程度完成していくうちに、推定値を超える結果が出るようになりました。最初はプログラムの方のミスも疑いました。様々な条件を検証し、プログラム側のミストは考え辛いという結果を導き出すのに1週間です。それからプログラム以外の検証を繰り返していたところ、特定の条件の場合にその現象が現れやすいことがはっきりしました。むしろそれまでは現象が現れるタイミングすら掴めなかったという事です。
結局問題があったのはカメラ側に搭載されたプログラムのミスで、しかもカメラ側の基幹部分になるプログラムであったため、最終的にカメラのプログラム修正は一応行われた物の、こちらの条件を納得出来るまでには至りませんでした。
しかしながらここまでのテストでプログラム開発まで含めれば、相応の時間が経過しています。今さら他のカメラに変更し、プログラムの変更となるとカメラの選定からのやり直しになってしまい、とてもではありませんが納期など絶対に間に合わない状態でした。
そこでそのカメラの弱点を突いた、そこを補正するプログラムと製品本体の改良になったわけですが、カメラの不具合が見つかってからここまでで1ヶ月ほど経過しています。しかもその原因を特定したのは結局私1人で、文字通り会社に泊まり込んでの作業まで行い、結果として製品として送り出すことは出来ました。
現実問題としてプログラム側の開発責任者は私でしたし、システム全体の開発責任も事実上私にありましたが(実際にはちゃんと上司が責任者ではありますが、実態とかけ離れていることなどどの様な仕事でもあると思います)、本来であればカメラの選定からやり直すなどすれば半年以上の納期遅延も覚悟しなければならないことを、プログラムや全体の修正を行うことで修正自体は2週間で終わり、納期にも問題なく出荷できたわけです。
当然本来であればカメラ側に責任があったわけですし、カメラをそのまま使用してシステム全体の修正も最低限で済むことが出来たのですから、個人的にはそれなりの評価を得て良かったと思います。
ですが残念ながら会社側の評価は上がることはありませんでした。むしろ余計な残業をしたと怒られたくらいです。もちろん納得など出来ませんが、一社員としては当時の雇用情勢などを考えても、正直強く言える状況ではありません。
そもそもカメラのメーカー側が把握していなかった不具合を発見しているくらいですから、当時としては私の力量を超えた作業であったと思います。何故ならデジタルカメラを1人で開発することなどないでしょうし、カメラの開発企業は大手企業です。当然相応の人がその開発に携わっていたはずで、実際にも私が検証して数値化したデータを見せるまでは、カメラ側の問題とは認めなかったほどですから。
それらの問題を1人で発見し、全体の修正は他の方の力を借りたにしても、ソフトウェアの修正による解決は私1人で行ったのですから、本来なら相応の評価があってしかるべきであると考えます。
当時からある意味思っていたことではありますが、ソフトウエア開発などは正直恵まれない職業であると私は思っています。
もちろんこれが全てのソフトウェア開発に当てはまるとは言いませんが、現実にはかなりの割合で正当な評価を受けられていない人はそれなりにいらっしゃるのではないでしょうか?
正当な評価が受けられない状態では、やる気が減衰してしまうのは当然のことのはずです。正直かなり変わった人でない限り、正当な評価を受けなくても構わないという方はどんな仕事においてもやる気を無くさせるとしか思えません。
そして残念ながら、日本社会は仕事での正当な評価が必ずしも繁栄されない国であると思えます。にも関わらず成果主義を導入したりと、正直その前にやるべき事があるのではないでしょうか?
このままその人の力量が正当に評価されないことが続き、さらに成果主義を安易に導入し続けるのであれば、日本の物作りは衰退しかねないと思えて仕方ありません。




