第六話:そこまで興味はないが……
七時間の授業も終わり、今は放課後。部活動見学をすべく、千春と廊下を歩いているところである。
「まずはどの部活からいきますか?」
「うーん、そうだな。一階から順に廻って行けばいいんじゃないか。特に気になる部活もないしな」
高校で部活動に入るなんて考えたこともなかったから、興味のあるものがない。
「そうですか。中学校では何部に入っていたのですか?」
「中学では部活に入ってなかった」
千春は続けて質問してくるが、期待した答えは返せていないように思う。
中学生のときは、俺の悩みーー異性を好きにならないことを解決するため、部活どころではなかったのだ。
「では、まずは一階の……吹奏楽部ですね! 平くんは楽器の経験はあるのですか?」
「いや、ない。小中学の音楽の授業のときくらいかな」
「とりあえず見てみましょう! 興味が湧いてくることもあるかもですし」
笑顔でそう言うと、俺の手を引いて駆けていく。
吹奏楽部の活動場所、音楽室に入ると、丁度演奏の最中だった。でも、俺たちに気づいた部長らしき人が指揮棒で合図して演奏を止める。
「あら、新入部員さん? それとも見学に来たのかしら」
「今日は見学に来たのですよ! 一年一組の氷見千春といいます。少し活動の様子を見ていってもよいでしょうか?」
「そちらの方は?」
俺の方を見てそう尋ねてきた。正直吹奏楽には全く興味がないのだが、千春の言うように何か新しい発見があるかもしれない。
「同じく一年一組の平福光です。今日は少し見学させて下さい」
「あらあら。そういえば私が名乗るのを忘れていたわね。私は常願寺音子。三年一組で、吹奏楽部の部長を務めているわ」
「常願寺? この高校と同じ名前ですね。何かご関係が?」
俺たちの通う高校ーー私立常願寺高校のことである。常願寺は珍しい苗字だから関係ないことはないと思うけど……。
「そうよ。私はこの高校の校長の理事長の娘なのよ。でもそんなこと気にせずに気軽に話して下さいね」
「もちろんなのですよ! よろしくお願いしますね、常願寺先輩」
千春がそう答えると、「では自由に見ていって下さいね」と言って再び指揮棒を構えて演奏が始まった。こんなにも近くで演奏を聞いたのは初めてだったので、その迫力に圧倒される。
確かこの高校の吹奏楽部は全国大会の常連だった気がする。音楽の見識の少ない俺に音の違いは分からないが、そんな俺にも凄いと分かる演奏だ。
「これは凄いですね! こんなに近くで聞いたのは初めてです」
「俺もだ。でも、もし入部したとして練習についていける気がしないな。吹奏楽部はパスだ」
「それもそうですね。部員も女性ばかりですし……。もっと健全な部活に行きましょう!」
「? 吹奏楽部のどこが不健全なんだ?」
「敵が多いということです……」
敵? 何の話だ? ライバルが多いとレギュラーになれないということだろうか?
「そんなことよりですね! 次行きましょう! 次!」
千春はそう言って、またしても俺の手を引いて音楽室から出て行くのだった。
音楽室から出て、その後、サッカー部、野球部などの運動部全般を見たのだが、ピンとくるものはなかった。手芸部、華道部などの文化部を見学しても、やはり結果は同じだった。
「うーん。もうあまり残っていませんね。一階は全て見ましたし……」
「なあ、今日はここまでにしてもう帰らないか。また明日ということで……」
部活動の時間も終わりつつあり、生徒が下校し始めている。活動している部活も少なくなってきているのだ。
「待ってください! あと一つだけ!」
「分かった。あと一つだけだぞ」
「むむむむむ……」と腕を組みながら、部活動紹介の紙を睨みつけている。陽も傾いてきて、彼女の顔を照らしている。そろそろ帰りたいんだが……。
「ここです! 科学部に行きましょう!」
科学部か……。そこまで興味はないが(というか元から興味のある部活などなかったが)、最後だし行くことにしよう。
「化学室で活動しているみたいですよ! 早速行きましょう!」
そう言ってやはり俺の手を引いて、階段を上がっていく。最初から思ってたけど、手を引く必要あるか……?
化学室の前に来ても、部屋の中から物音はせず、活動している様子はない。
「もう帰ったんじゃないか? 話し声も何も聞こえないし」
「いーえ! 入ってみないと分からないじゃないですか! こーんにちはー!!!」
扉を開けると、中は静かで誰もいる様子はなかった。
ただ、夕陽だけが部屋の中を満たしている。
「ほら、やっぱりいないだろ。帰ろうぜ」
「むー。そんなはずはないのですけど」
千春は部屋をキョロキョロ見渡すが、誰もいるはずがなくーーん?
「あー!!! いましたよ!」
千春が指差したそこにはうつ伏せになって倒れた、一人の女の子がいた。