第三話:告白させた側のお話
四時間目の授業も終わり、俺は今、学校の屋上で昼食を食べている。朝と変わらず快晴で、とても心地いい。
氷見には「いつでも好きなタイミングで」と伝えてあるのでそのうち扉が開き、告白が始まるはずだ。
「こんにちは! 平くん! 実はお話があってここに来ました」
急に扉が開いたかと思うと、やはり氷見が入ってきた。いつにも増して快活な声が耳に響いて、鼓動が速くなるのを感じる。自分で頼んだとはいえ、告白されるっていうのは緊張するな……。
「平くん、私はあなたが好きです!」
はっきりと、彼女は言った。ど直球の告白だった。火照った顔は凄く可愛くて、愛おしい、
が、
「なんか違うんだよなあ」
「え?」
「いや、やっぱり可愛いとは思うけどさ、好きっていう感情とはなんか違うんだよ」
氷見は、可愛い。これは分かる。でもそれはモデルかなんかを見ているようなそんな感覚。好きとは程遠いーー
「……どいです」
「ん?」
「ひどいです!!!」
急な言葉に顔を上げると、そこには涙目になった氷見がいて、いつもの笑顔は消え失せていた。
「その返事はひどいです!!! 頼まれたとはいえ私は全力で告白したんです!!! なんか違うなんかで済ませないでくださいよ!!!」
「あ……」
彼女は全力の声で叫ぶ。そこでやっと自分の無神経さに気づくが、時間は戻せない。
女の子泣かせるとか俺はクズかよ……。
これ以上彼女を泣かせるわけにはいかないと、飾らない言葉で答える。
「ごめん、俺は君のことを好きになれない」
今の正直な気持ちを伝えるが、これで大丈夫だろうか。
「正直に言ってくれてありがとう! これからも仲良くしてね!」
「うん?」
彼女は最後は笑顔でそんなことを言ってくれたので、これで良かったらしい。でも氷見はこんなキャラだったっけ?
「はい! 告白はここで終了です! どうでしたか平くん」
「その……なんかごめんな。お前は本気で言ってくれたのに」
「そのことはもういいです」
彼女はキッパリと言った。
「それより私にはもっと怒っていることがあります平くん」
怒っていること? 何か怒らせることしたっけ? いや、怒られるようなことを沢山してる自覚はあるんだが……。
「もしかして、授業中お前の生足じろじろ見て、舐め回したいとか思ってたこと、とか?」
「なんですかそれ! 生足じろじろ見て舐め回したいとか思ってたのですか⁉︎ 変態ですか⁉︎ 変態ですね⁉︎」
どうやら地雷を踏んだらしい。氷見は両手で太ももを隠すが、細い腕では隠しきれていない。「変態です……」と言いながら俺をにらんでいる。生足最高。
「そんなことではないのです。そんなことはそんなことではないのですが、それも今はいいです。それより、どうして私の名前を一度も読んでくれないのですか! いつもお前お前って、私もそろそろ傷つきますよ!」
そんなことか。
「ごめん、それは気にしてなかった。じゃあ、千春でいいか?」
「ひゃい⁉︎ いきなり下の名前ですか⁉︎ 入学初日でそれは急すぎますよ!」
千春は顔を赤くしてそう言うが、基準がいまいち分からない。
「平くんはデリカシーがなさすぎます。さっきの生足の件といい、今のことといい……。……これも異性を好きになったことのない影響でしょうか?」
「さあな、分からん」
女の子に生足の話はNGっと。自分の心メモ帳に書いておく。多分すぐ忘れるけど。
「異性と気軽に話せるのは良いことですが、行き過ぎはセクハラになりますからね。私以外にはそんなことしちゃダメですよ!」
そう言い残して、千春は屋上から出て行った。
「さて、俺も戻るか……」
時計を見ると、一時二十八分を差している。あと二分か、急がないと。
そう思って、屋上の扉に手をかけ、中に入ろうとしたその時、目の前に急に人影が現れ、俺は両手で扉に手を掛け、少し仰け反る形になる。
「私と付き合って下さい! あ、あのっ、私、一年一組の氷見千春っていいます! 平くんの誰にでも優しいところとか、かっこいいところとか、もう全部好きです!」
目の前にいたのは千春だった。どうしたんだ急に?
「あの……お返事は……?」
千春は返事を急いてくるが、同じ失敗を繰り返さないため、ここはしっかり答えておく。
「ごめん……。君とは付き合えない。…………で、ほんとどうしたんだ急に?」
そう言うと、彼女はいつも通りの笑顔に戻って、
「実験ですよ! 実験! 突然の告白なら少しはドキッとするかと思いまして! ちなみに今のは、『いつもは物静かだけど、告白のために勇気を出して頑張った後輩ちゃん』という設定ですよ! どうでしたか?」
「どうでしたかって言われても、さっきと同じとしか……」
たしかにドキッとはした。急に目の前に人が現れたことにだけど。どうやら俺の悩みは相当重病らしい。
「少しくらい、好きになってくれてもいいじゃないですか……」
「ん? なんて?」
千春が何か言った気がしたが、時間に追われてどれどころではなかった。