第一話:俺に告白してくれ
「それで、怪我とかは大丈夫なのですか?」
「ああ、それは大丈夫だ」
本当は大丈夫じゃないけど。むっちゃ右脇腹痛いけど。そんな不安そうな目で見られたら、痛いなんて僕言えないっ。
「それではこれで。私は学校がありますので」
「いや、俺もあるんだけど。しかも同じ学校だと思うぞ」
「なんと! それは奇遇ですね。でも私は自転車なのでお先に行きます。またあとで」
そのまま彼女はそそくさと自転車に乗り、学校の方へ走っていった。
「名前聞いてなかったな……」
多分同じ一年生だし、また会うこともあるだろうと思っていた矢先、あることに気づいてスマホの画面を開く。
あ・と・ご・ふ・ん・で・が・っ・こ・う・が・は・じ・ま・る
やばいやばいやばいやばいやばいやばいいいいいっ
そして、現在に至る。
「自転車事故を防ごうとして走ったら別の自転車に自分が轢かれました、なんて理由じゃ笑い者にされるだけだよなぁ」
ここは無難に、少々トラブルがあったということにしておこう。うん、それがいい。
ふぅーと深呼吸して扉に手をかける。
「おはようございます。平福光です。遅刻して申し訳ありません」
扉を開けて中に入ると、やはり、自分に沢山の視線が集まる。
分かってはいたことだが、なかなか恥ずかしいな……。
「あなたは!」
そして、教室を見渡していくと窓際後ろの1人の女子と目が合った。誰だ?
「あなたは、事故を止めに走って、別の事故にあっていた人ですね!」
「⁉︎」
突然の言葉に、俺は焦りを隠せず、ぎこちなくなってしまう。自分でも分かるくらいに。
何言ってくれてんのこの人⁉︎ そもそも誰⁉︎
「えーと、君は何か勘違いをしているのでは?」
苦笑いで誤魔化しながら、この状況からの回避を試みる。
周りからは「どういうこと?」「あいつ事故に遭って遅刻した?」「事故止めようとして、自分が不注意とか」なんて聞こえるけど、今は無視。無視しないと死ぬ。精神的に。
「いーえ! 勘違いではありません! 確かにこの目で見ましたよ!」
自信ありげに言われても本当に困るんですけど。誰か助けて。というか黙れ。
何度も心の中で叫ぶものの、もちろんそんな心の叫びは届くことなく、クラスは静まり返る。
この雰囲気どうすんの……まじで。
「ま、まあとりあえず席に座りましょうか。えーと、平くんの席は……あそこですね!」
先生が指差した先は窓際一番後ろ……即ち、この問題の全ての元凶、あの女の隣である。
俺はみんなの視線を集めながら席の前まで辿り着き、渋々その席に座る。気まずい……気まずすぎる。
それからの先生の話はほとんど頭に入ってこなかった。ときどき右隣に視線を移してみても、この子はニコニコしていて何を考えているのか全く分からない。
とりあえず、HRが終わったら何故事故のことを知っているのか事情を聞いてみることにしよう。
その後、学校生活をするにあたっての注意点や生徒心得などの話が続き(内容は全く入ってこなかったが)、HRは終了した。
「なあ、なんであんなこと言ったんだ?」
HRが終了して、隣の彼女に小声で尋ねる。こっちを向いてニコニコしているあたり、悪い奴だとは思えないんだよなあ。
「? まずは名前を教えてくださいよ! 私は氷見千春です。氷に見ると書いて千の春で氷見千春ですよ! 最近の趣味はスイーツ巡りです」
「俺は平福光」
「……」
「……」
「それだけですか⁉︎」
「それだけだが……」
何故仲良くできると思っているのかは分からないが、俺はある一つの可能性を思いつく。
「もしかして、悪気があったわけじゃないのか?」
「なんのことですか?」
氷見は首を傾げて「?」を頭に浮かべているが、ニコニコしているのは変わらない。常に笑顔だな。
「あー、いや、悪気がないならいいんだ。悪気のない人を責めるのはなんか違う気がするしな」
「もしかして私、平くんに何か悪いことをしたのでしょうか? それなら本当にごめんなさい」
「謝らなくていいよ。それより、なんで俺が事故に遭ったことを知ってたんだ?」
本当に聞きたいのはここだ。あの場には俺と自転車の女の子しかいなかったはず。
「? 何を言っているのですか? 平くんが私を助けてくれたのではないですか」
「ん? 俺がお前を助けた?」
氷見が何を言っているのか掴めないぞ?
「何とぼけているのですか。今日の朝、『危ない!』って後ろから言ってくれたじゃないですか」
「え? あれお前だったの⁉︎ じゃああの後急に消えたのはどういうこと?」
俺が自転車に轢かれた後、氷見と思われる女の子が無事かどうかすぐに確認したが、そこにはだれもいなかったはずだ。
「それはですね! 平くんが危ないって言ってくれたおかげで間一髪避けることができまして! ですがその時平くんは意識がなかったのですよ! 起きるまで待とうかと思いましたが、平くんと事故を起こした女の子が待ってくれるというので先に行かせてもらいました! というわけですよ!」
そういうことか。俺はすぐに起き上がったと思っていたけど、実は意識を失っていたらしい。
「怪我がなくて何よりですよ!」
氷見は笑顔で「ありがとうございます」と頭を下げてくれているあたり、本当にいい子なのだろう。
「そこでですね! 私は平くんに何かお礼がしたいのですよ! なんでもいいのでぜひ!」
「お礼されるようなことは何も……」
「私の命の恩人ですから! 遠慮せずいってくださいよ! あ、エッチなのはダメですよ!」
してもらいたいことは、実をいえばある。それは、俺が克服したいことの一つだし、そのために高校に進学したと言っても過言ではないほどだ。
「そこまで言うなら……でも絶対誰にも言うなよ?」
「もちろんです! さあどうぞ遠慮なく!」
俺は意を決してお願いを打ち明ける。
「俺に、告白してくれ」
「へ?」