第153.5話「Ever lastig lie」
とある星の、とある森の中での出来事。
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「ただいま」
男の声には飾り気がなく、その言葉の音色からでは、
内に秘めたものを察するには少々情報不足に思えます。
「おかえり、機嫌良さそうね」
そんな男を迎えた女は、私では捉える事のできなかった感情を、
男のたった四文字から見い出せた様子。
「ぁ……、ぅん、わたし達の子の名と、
わたしの、母親の情報を買えたかもしれない」
私からその声音に感じ取れるもの、
女にすまないと頭を下げる男の気持ち。
私の憶測ですが女には母親が、あるいは両親がいないのではないでしょうか。
そして、女の洞察力から、この男に惚れている事はまず明らかでしょう。
「そう、では早めにお仕事を片付けましょう、」
と、ここで女は一寸の間、から、
「魂、やったね♪」
嗚呼、私もこの様な顔を「あの方」に見せられているかしら?
そんな自問をする程度には、女の笑顔は美しかった。
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……
「どっちが先が良いかな?」
「貴方のお母様が先」
先程の男女は場所を変えて、ふたりの落ち着ける場所へと移動した様子。
「分かった、有難う、J-D-V」
「What do you bet?」
「My Life」
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「なんだこれは、10000101001……?」
「数語を平語にしてみたらどう?」
「ああ……、うん、…………し……ゃるろ……ってふぉ……くと」
「やっぱりね、そぅるが思ってた通りだわ。
魂のお母様は他の星の由緒のある方だったのよ」
「まぁ、他の惑星からってのは間違いないみたいだけど、
由緒のある人かどうかは、それだけでは判断できないよ」
「なんでよっ!? この惑星の住人じゃないのなら、
可能性が一番高いのは『招請』じゃない?
それなら貴方の『感字』にだって筋が通るわ」
「はいはい、まだ憶測に過ぎないよ」
「魂、そぅるに気を遣わないでよっ!」
「君に気を遣わないのなら、わたしは誰にも気を遣わないよ。
わたしの一番は、なんだって君が独占しているんだからね?」
「う…………、ま……、そっ、それならいいけど」
この男女は、お互いがお互いの幸せの為に一所懸命の様ですわね。
真剣はぶつかった時が大変ですが、時が経てば、
その傷跡さえ愛おしいものになる。
「じゃあさ、そぅる達の宝物の一字は?」
「うん、そう来なくっちゃ」
「早く早く♪」
「わたしたちの子供の『感字』は、「風」」
「か……、「風」かぁ……、「風」みたいに自由な子に育って欲しいわね」
なるほど、そういう事でしたか。
それではもう少し、未来と呼ばれる場所へまいりましょうか?
………………
…………
……
跳んだ先で、私はその場が瞬時に病院だと解る。
軸は先程の男女に固定してある為、迷いはさほどないけれど、
先程の男女が成長した姿に、どうしても悲喜交々になってしまいますわ。
男女は病院で受付の最中、それに……、あら? あの娘は確か……?
「じゃ、わたしは後で行くから、るぅさ、看護師の方と、彼女と先に」
「分かったわ」
私は彼女達について行った方が良いみたいですわね。
………………
…………
……
「10000さんは、『招請』されてしばらくしてから、
彼女の星のお薬が原因で認知症になってしまってね。
ポラリスでは手の施しようがないんです。
どうか10000さんをいたわって差し上げて下さい。
娘さんがいらしたら、今日は奇跡が起こるかもしれません」
現在はおそらく、その認知症の彼女の病室の前、
看護師とるぅささん、そして、もうひとりの少女の計三名。
看護師はその一言を告げると、
彼女が居るはずの大部屋のドアを開き、
彼女に声を掛けてから、別の仕事へと向かう。
るぅささんに気負いは感じられませんが、
もうひとりの少女の空気には、何処かしら頑なさがあります。
それは、病人達の居る大部屋の雰囲気の所為? それとも……?
何はともあれ、ふたりは病室に入る為のご挨拶を済ませ、
彼女の居るベッドまでやって来たのですわ。
そして…………、
「ぁ……な……た、し…………なせ……な……い。
ぃ……のち、かが……ゃ……きの……ぅっく……し……さ。
ささぇ…………て、く……れて…………ぁり……が……とぅ……。
ゃ…………く……そ…………く」
何事かを呟く、頭に銃創のある、坊主頭で老年の女性がいらっしゃった。
その目は呟く事に夢中で、訪れた女性ふたりを映してはいない。
そんな彼女の様子に、特に肩を震わせたのが、もうひとりの少女でした。
それを知ってか知らずか、彼女はひたすら祈りの様に呟き続ける。
彼女にとって、その言葉は余程大切な言葉なのでしょう。
るぅささんと少女はしばらく、
掛けられる言葉が思い浮かばないでいる様子です。
そこに――、
「失礼します」
私にも聞き覚えのある声音なので、かんさんでしょう。
るぅささんも少女も、聞き慣れた声音に一旦目を遣る。
しかし、思いもよらぬ声音が、彼女達を抜き去って男に届いた。
「フランク――」
まるで、長い間、離ればなれだった恋人との逢瀬に向かう女の様に……。
そして、彼女は今目覚めたばかりみたいに、
彼女に向かって驚きの表情を見せる、少女に対してようやく焦点が合います。
「り…………、理・0111ちゃん?」
その声音に込められた彼女の想いは、
正しく母性と呼ばれるものでしたでしょう。
ぇ? 何故そんな事が分かるのかですって?
ぅふふ、それは、ですね?
このダーシー・エンドブックの――、
女の勘ってものですわ♡
いっけんらくちゃく
あいはあいをうむ
きょうをとてつもなくすばらしいひにしよう
歌 BUMP OF CHICKEN 作詞・作曲 藤原基央