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炒飯と幸せの方程式


 こんにちは、炒飯様。


 初めて御手紙差し上げます。

 相変わらず寒い日が続いておりますが、炒飯様は、お変わりなくお過ごしでしょうか。

 ぼくは口を開けば「寒い寒い」と口にする中、季節にかかわらず熱々のあなた様を目の前にしますと、程好い熱さになるのを待って、お代わりを口にする日々です。

 世間ではこの季節、やれ肌荒れがどうの、潤いがこうのと、お肌に関するお悩みをお抱えの方々がたくさんいらっしゃいますが、炒飯様におかれましては、いつまでもパサパサの、否、パラパラのお肌、もとい口当たりの為に研鑽されていることかと思います。ありがとうございます。

 その尽力によって、最も最良の状態の炒飯様を食することができるぼくは、幸福者です。ありがとうございます。

 時節柄、と言うのも、関係ないかもしれないゆえ憚られますが、御身大切になさってください。一層の御活躍をお祈りいたします。

 なお末筆ながら、餡掛け炒飯様にもくれぐれもよろしくお伝え願います。



 幸せとは何だろうか。のっけからよくわからない手紙を書いて(別にこれを書いている今が冬というわけでもない)、その上で、幸せとは何ぞやという問い掛けをしてみたけれど、つまりだ。

 強引にまとめてしまうと、幸せとは食べることだと、ぼくは思う。少なくとも幸せと呼べる範疇に、確実に食は入ってくると。


 あれは二十代も半ばの頃、関西に住む友人が電話でこう言った。


「日曜日に、ピザの出前頼んで昼間っから飲むビールは最高やな」


 休日に好きなことをするから最高なのか、昼間っからビールが最高なのか。三十路を前にして、ピザに限らずほとんど出前を頼んだことのないぼくは、甘いお酒しか飲めない。そしてビールなんてものはただの苦い泡だ、という認識しかない。果たして彼の言う最高とはどちらなのかと思い聞いてみると、呆れたような声で彼は答えた。


「そんなん、どっちもや」


 なるほど、彼の言葉には重みがあった。保守的なぼくと違い、美味しそうであればとりあえず食べてみる、この「とりあえず」に躊躇いのない彼が。知らぬ間に色々なお酒を嗜むようになった彼が、どっちもやと言えば、ぼくはなるほどと言うしかなかった。


 ぼくは炒飯が好きだ。愛していると言っても良い。敬愛する炒飯様の手前、畏まった手紙を書こうとして冒頭のようになったけど、許されるのならばもっとフランク且つカジュアルな文章で愛を囁きたい。いっそ生まれ変わったら炒飯になりたい、なんて思い上がったことは言わない。ただ、炒飯をパラパラにする何かになりたい。引き立て役になりたいのだ。ちなみにその成分が何なのかは知らないが。


 神田さんにこの気持ちを告白すると、「どう足掻いてもまっつんって気持ち悪いよね」とバッサリ切られてしまったけど、別に良いんだ。だって、切られたのはぼくであって、炒飯ではないんだから。逆に相手がいくら神田さんでも、炒飯を蔑ろにされていたらぼくは怒っていたと思う。


「神田さん、命拾いしましたね。もしも炒飯をバカにしてたら流石のぼくも激おこでしたよ」

「今どき激おこって。でもどうなるん? まっつん怒らせたら」

「んもう! って地団駄を踏みますね」

「うっわそれ見てえ! かわいいな、キモいけど」


 この人はぼくをキモいって言わないと死んじゃう病気なんじゃないかってたまに思うけど、他の人にそう言ってるのを見たことがないので違うんだろう。後日、確認を取ってみたらやっぱり「まっつんは特別扱いしてあげてるの。しゃーなしやで!」と言われた。そういうことなら素直に喜ぼうと思う。何せ特別扱いだからな!


「話を戻しますけど、炒飯がもし女性だったらって考えちゃいますよね、つい」

「何が言いたいのかわかんないけど、そしたら炒飯に同情するわ、わたし。同じ女性として」

「プロポーズしたいぐらいには好きなんですよ、炒飯」

「まっつんなら炒飯が女性じゃなくてもするんだろうなって思うんだけど、炒飯がかわいそうだからやめてあげてね」

「やっぱりね、レンゲを贈るしかないな、と思うんですよ。ぼくは手作りが好きなんで、ホームセンターで買ってきた六角ナットをですね、同じくホームセンターで買った棒ヤスリと紙ヤスリを使って、指輪を作ったことが何回かあるんですけど、炒飯にプロポーズする場合はレンゲを作るしかないよなって」

「ごめん何言ってんのか一つもわかんないしわかりたくないんだけど。ナット? 削ったの?」

「そうですよ? あれ削ってるとすぐに熱くなるんで、ナットを持つ方の手は軍手をしないとダメなんですよね。できたら二重にして」

「知らねえよそんなあるある。じゃあ何、人間の女性にはそれあげるの?」

「え、何か問題が? ああ、カップルが一緒に指輪を見に行ったりするシチュエーション、あれがホームセンターになるんで、ちょっと色っぽさはないかもですけど」

「問題しかねえよ」


 何でも手作りしたい人のことをぼくはクラフターと呼んでいるが、こういう人種は往々にして世間から理解を得られない場合がある。腐り友達の彼なんかは釣りが趣味で、釣竿やルアーを自作しては画像と一緒に報告してくれるし、ぼくもクラフターの一人として尊敬しているのだけれど、「買えばいいじゃん」なんて言う人たちの何と多いことか。


 というか、わざわざ人間の女性にはって念を押してくるあたり、神田さんもぼくに毒されてきているようで嬉しいような、申し訳ないような。


「木のぬくもりって、いいなって思うんです。だからまずは木材のコーナーに一緒に行きたいですよね、炒飯子さんとは」

「だっせえな、炒飯子さんって。キラキラネーム過ぎるだろ」

「名前は仕方ないじゃないですか。じゃあ神田さんの場合、もちろんレンゲじゃなくて指輪だとして、彼氏が、指輪贈りたいからホームセンター行こうぜって言ったらどうします?」

「いや帰ってアマゾンでポチるだろ」


 ていうかそんな彼氏欲しくねえしって続いた神田さんの言葉は、少なくとも六角ナットを投げ付けられるよりも痛かった。そう言えば六角ナットの内側だけを削った場合、四つ指に装着すると見事なメリケンサックが完成する。何でこのタイミングで思い出したのかわからないけど、ナットに痛いって言葉が続いたら自然と思い浮かんだ。きっと神田さんが装着したらすごく似合うと思う、口に出したら怖いから言わないけど。


「そもそも、何で炒飯? そこまで感動するほど美味しい?」

「逆に聞きますけど、食べ物に関して、炒飯食ってるとき以上に幸せになれることってありますか?」

「腐るほどあるだろ」


 腐るほどあったのか……。

 どうやら神田さんとぼくでは、食の好みに共通点が少ないらしい。や、知ってたけどね。神田さんが辛いもの大好きな時点で全然違うし。


「わたしは普通に、サラダとか好きよ。野菜が好き。あと辛いものとか」

「出た、辛いもの。テレビで激辛料理の特集とか確かによくしてますけど、あんなもん、時代が時代なら拷問ですからね」

「あ?」

「すいません何でもないです。でもサラダですか。ゴマだれかかってたら美味しいですよね」

「いやいや、野菜が美味しいんだって。まっつんホントにわかってない」

「そりゃまあ、野菜とわかりあえる日は来ないでしょうけど。あ、でも、サラダって聞いて思い出したことがありますよ。神田さん、アボカドって知ってます?」

「え、バカにしてる?」


 念のために確認を取っただけで、背後に鬼が見えそうな笑顔を作れるって、女性というのは本当に怖い。ぼくが六歳ぐらいなら確実に漏らしてた。


 とは言え、そう、アボカドだ。

 まだぼくが二十歳そこそこの頃だと思う。先述した昼間っからビールの友人の実家に遊びに行ったとき、彼のお母さんが手料理を振る舞ってくれた。


 ぼくの母は基本的に和食しか作らないのだけど、彼の家で出たメニューは多岐に渡っていた。何年振りに食べるのかわからないシチューとか、何かこう色々、創作料理っぽいものもたくさんで、彩りも鮮やかだった。


 まずどうやって食べたら良いのか、そこから悩んでいたぼくに、彼のお母さんは一つずつ料理を紹介してくれて。その中にあったのだ。


「それで、これがアボカドとハムのサラダです!」


 それこそ正に、テレビでしか見たことのないアボカド。何やらゴマだれではないドレッシングもかかっていた。決して高級食材というわけでもないはず、程度の知識しかなかったぼくはとうとう食べ終えるまで、どいつがアボカドなのか判別できなかった。


 温かいご家族に迎えられ、その日は泊まり、本当に楽しい時間であったのは間違いない。でもアボカドショックは確実に尾を引いていて、ぼくは暮らしている岡山に帰るや否や、ド正面の友人と会って仔細を報告した。


「なんかさー、料理番組とかでもさ、普通に見かける食材、つってすげー高級食材ってわけでもないものを知らないって、恥ずかしいっつーかマズいよなーってぼくは思うわけですよ」

「……ん、いやそれは、単にお前の家庭の食卓に普段から出てこなかったから知らなかったっていう話じゃね?」

「え、これそんなレベルの話?」

「そうだろ。別に恥ずかしいことはねえよ」


 要するに、育ってきた過程は誰だって違うのだから、経験も味覚も好みも違っていて当たり前なのだとそいつはド正面(まだ言うか)から言ってのけた。


「だって、全く知らん土地に行ってみろよ、そこでは常識でも俺らには親しみのない食材なんかいっぱいあるだろ」

「それはさ、例えば岡山じゃママカリって魚が有名だけど、仮に北海道とか行って『ママカリないんすか?』『は? ママカリ?』とか言われても仕方ないってのと同じこと? いや北海道にママカリあるんかどうかは知らんけども」

「そういう話だろ。それにまつおんとこ、お祖母さんとかはママカリ好きでも、お前は違うだろ?」

「ああ、あんまり好きじゃない」

「な? 馴染みがあろうと好みだって違うもんなんだし。雑煮なんかわかりやすいぜ、あんなもん種類ありすぎだろ、餅が丸いとか四角いとか。だから、いくらテレビで見たことがあろうと、それまで触れたことがなかったんなら知らなくても仕方ねーよって話」

「じゃあ何だい、ぼくは至って正常なんだな? そっか残念じゃねえんだ、やっぱぼくはさすがだわ!」

「いやお前は残念だけどな?」

「ほっ? 何でだよ!」

「これがアボカドのサラダだっつって目の前に出されてわからんって、どう考えてもヤベーだろ」

「……なんも言えねえ」

「おう黙ってろ」


 馴染みのない食材をわからないのは仕方がないことだった。けれどそれは、ぼくが残念であるという事実を打ち消すまでには至らない仕方なさなのだった。


「あー、その友達の言ってることわかるわあ」

「やっぱり何でも初めてだったらよくわかんないですよね」

「いやまっつんが残念ってところがね」

「そこですか! 折り紙つきかよ!」


 数年の時を経てダメ押しをされるって、なかなかない。それを容赦なく押せる神田さんの手厳しさはある種、クセになるものがある。なっても良い種類のクセなのかどうかは、また別の話だけど。


「まあでも、あれから時間も経ってますし? ぼくの炒飯に捧げる愛も深くなってますから、今ならアボカドだって炒飯にぶち込んだら美味しくいただけると思うんですよね」


 ダメにダメを押され、その上にまたダメを押され、この数年でぼくのダメ押されっぷりもかなり堂に入っているものになったはずだ。ならばそう、アボカドとかいう小憎いアイツもきっと、ペロッと美味しく平らげられる自信がある。


「まっつん……」


 ほら、ぼくの得意気な笑みを見たからか、神田さんもびっくりするぐらい優しい顔になっている。それならあとは実食あるのみだろう。


「ドヤ顔がムカつくから言うけど、アボカドと炒飯はちょっと相性悪いと思うの。せめてトッピングかな!」


 言い切った神田さんの笑顔に優しさの面影はなく、いたずらに成功した子供のような、純粋な無邪気さだけがあった。フェイントとかマジでクセになるんですけど。


「あとまっつんってさ、炒飯に注ぐ情熱と味覚のバランスが悪いよね」


 そしてまたダメを押された。何だよ、情熱と味覚のバランスって聞いたことねえよ。こうなったらもう、今度の休みは昼間っからアボカドを搾ったジュースでも作るしかないじゃんか。それに片栗粉を混ぜて餡掛け炒飯にすれば、おお、炒飯への面目も立つ。


 その休日が幸せだったかどうかは、さらに別の話である。



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