破滅する君へ
「貴様との婚約を破棄する。理由は分かるな?サーラを暗殺しようとした件、さらには貴様の一族の悪行を鑑みて、一族郎党処刑することに決定した。」
一人の金髪碧眼の美しい令嬢を大男が羽交い締めにしていた。そして、数人の男が彼女を取り囲んで意地の悪い笑みを浮かべ、残酷な宣告をする。なぜ目の前の男は元婚約者にここまで残酷になれるのだろうか。
俺は彼女をずっと見てきた。とても良い子だ。ちょっと抜けているところもあるけど、勉強も交友関係もマナーも全部頑張ってきたのだ。
あと、ボンキュボンのナイスバディだ。思春期の俺は彼女の体をおかずに猿みたいに毎日自家発電をしている。彼女のことを俺は誰よりも近くで見てきた。彼女の体が成長して胸が大きくなる様子も、生理の周期も、オナニーの頻度も、全部知っている。
おそらく、俺は彼女に恋している。しかし、俺では彼女に届かない。無理なのだ。非常に残念だが、彼女は俺以外の誰かと幸せになって欲しい。なんせ世界一素晴らしい女の子だ。彼女は世界で一番幸せになって欲しい。
それなのに彼女は何故破滅しなくてはならないのだろうか?
「私の家族にだけはお慈悲をください、お願いです、殿下!」
彼女には可愛らしい弟や妹がいる。それに優しい父や母もおり、幸せな家庭だ。身分も高く、公爵の爵位を賜る名家である。けれども、王族の力をもってすればそんなものは簡単に破壊することができる。
泣き叫ぶ彼女をせせら笑う男たちとサーラとかいう女は地獄に堕ちてしまえ。これほど人を憎いと思ったことはない。
俺は無力だ。誰でもいいから彼女を助けてくれ……
◇
「また、この夢か。」
彼が起きると一筋の涙が彼の頬を伝った。いつ頃からだろうか。物心がついた頃から私は一人の男の子を背後霊のように付きまとい、その生活を夢の中で見るようになった。小さい頃は彼を夢で見るのは一週間に一回でしたが、最近では毎日のように彼に会うことができます。
長い間彼のことを見てきましたから、彼のことを私はかなり知っているつもりでしたが、どうも最近の彼の様子が不自然です。
「トイレに行くか。」
彼は朝起きたらトイレに行って、自家発電をします。思春期の男の子なので仕方ないでしょう。最初の頃は見ていて恥ずかしかったですけどね。彼のナニを見るのも慣れましたわ。不思議なことに最近はぱったりと自家発電をしなくなりました。今日も自家発電しないのですね。朝起きると毎日のように盛っていましたのに、どうしたのかしら。最近は鏡に映る彼の顔色が悪く、とても心配をしてますの。
「おはよう、母さん。」
彼はいつも学校に行く前に母親の写真の前で手を合わせてから学校に行きますの。彼の母は小さい頃に病気で亡くなってしまったの。父親は仕事で家を空けていることが多くて、彼はこの広い家でたった一人、泣いてましたの。あの時の彼のことが私はとても心配で、どうやったら元気になってくれるのか、ヤキモキしましたわ。
自家発電をするようになってから少しずつ元気になりましたが、最近はまた暗くなってますの。せっかく、夢の中だけでも現実逃避したいのに、どうも上手くいきませんわね。
「行ってくるね、母さん。」
挨拶を終えると、彼は学校に行きますのよ。
歩いて三十分ほどの距離を、彼は毎日走って登校してますの。スポーツマンですわよ。
そして早めに学校に着くと、ラノベを開いて読書をしますの。すごい読書家ですのよ。
「おはよう、斎藤くん!」
うざい人が声をかけてきましたわ。いつも彼に朝の挨拶をしてくるのは相原沙羅さん。生徒会の書記をしていて、多くの男性からちやほやされている女性です。私は彼女が嫌いです。全く気がないのに異性に話しかけて、関心を引こうとする。いざ、相手がその気になれば友達のレッテルを貼る。こうして、多くの男性から崇められている彼女は見た目もサーラさんにそっくりで、私は大嫌いです。
「……おはよう。」
彼は挨拶されるときちんと挨拶を返します。偉い偉い。でも、不機嫌なのは隠しましょうね。
まあ、変な女のことは忘れるとして、今日も一日頑張りますわよ。彼が授業を受ける間、私も熱心に授業を聞いていますの。そして、夢から醒めたらノートに書き移しますの。私は勉強熱心なの。
それにしてもこの世界は面白いわ。学校で扱う教科に理科や数学というものがあり、あちらの世界よりもずっと内容が充実しているの。学校以外にも楽しいことがいっぱいですの。例えば、娯楽がかなり充実している。この世界にはアニメやゲームというものがあり、休みの日に彼の見るアニメを一緒に見たり、ゲームをするのを見るのも楽しかった。アニメに感化された小さい頃の私は美少女戦士になるのが将来の夢で、王子の婚約者になりたくなんてなかった。
「テストを返却する。」
そういえば今日はテストが返却される日ですの。ちなみに私がもし受けていたら100点を取っていたでしょうが、彼はどれくらい取れたのでしょうか。
教師が一人一人生徒を呼び、呼ばれた生徒は前に出て答案用紙を回収して、一喜一憂する。少し、羨ましいわ。私の学校ではレポートを提出する形式で、身分の高い方々には先生が忖度して高評価をつけるので、順位がよく分からなくて面白味はないの。まあ、テストはテストで悪い点数だと悲しいですけどね。
「斎藤」
彼が前に出てきて、答案用紙を受けとる。いつも通り、百点ですわね。まあ、彼は頭が良いですし、不思議ではないですわね。
彼は頭が良くて、そこそこに容姿も整ってますの。一見するとハイスペックに見えますが、実は友達と彼女がいませんのよ。ドンマイですわ。
彼はいままで何度か女の子に声をかけられたことがありますがそっけない返事しか出来なくて、失敗してますのよ。
「毎回すごいね。斎藤くん!」
「ありがとう。じゃあ。」
うざい奴が彼にまた話しかけましたが、彼は難なくスルーする。流石です。そして、彼は帰宅部なので、授業が終わるとすぐに家に帰る。
家に帰ると勉強をして、復習が終わると自家発電をしてから昼寝しますの。夜中に起きてから、一人で夕食を食べて、アニメを見たりした後はまた勉強に戻り、夜の一時頃に寝ますのよ。
最近では「異世界転生」や「異世界転移」が中心の作品や悪役令嬢ものをよくネットで読んでいるようですわ。他にも中世の貴族に関する英語の文献を読んでいるようですし、貴族に興味があるようです。私に興味を持ってくれているようで、少しだけ嬉しいです。
私は彼と過ごす時間が最も安心します。夢の中だけは現実と違い、私に安らぎをもたらすのです。
カリカリ
ん?どうしたのかしら。何かノートに書き始めましたわね。
<<俺は君に何ができる?>>
……それはルール違反ですわよ。貴方は私の中の夢の登場人物に過ぎませんの。貴方にとっての私もそうですわよ。
「う、う、う」
彼の頬を涙が伝い、ノートを濡らした。こうなるとめんどくさいのだ。
だ・か・ら!そんな風に泣かないで!男の子でしょう!怖い夢を見たくらいで泣かないの!
怒りたい気持ちも山々だが、生憎こちらの声は届かない。しばらく待つしかないようだ。
一時間ほど彼は泣いた後に、夜中なのに外に出た。彼は思い詰めた顔をして、車の走る道路の前で立ち止まった。
「どうやったら君を助けられるの?」
馬鹿な真似はよしてよね。もし事故を起こしたら貴方が死ぬだけでなく車を運転していた人に多大な迷惑がかかるのよ。そんなに異世界転生でもしたいのかしら?ふざけないでよね。
ここ最近のうじうじした彼を見ていると腹が立つ。貴方が夢の中で見る私は所詮は幻想に過ぎない。そんなものに心を動かされるのが理解できない。
何年か前の取り決めでお互いに夢を楽しむだけだと確認したはず。貴方が私のことでいくら嘆いたとしても、端から見たら変な人にしか見えないわよ。
でも、心配してもらえて少しだけ嬉しいわ。ありがとう……
貴方に会えて、よかった……
じゃあ、さよなら
◇
「はははははは!これが王族に逆らった者の末路だ!」
俺はこの日を生涯忘れることがないだろう。公爵家の財産を没収し、一族を拷問にかけて殺害し、磔にしたあいつらを絶対に許さない。全員、地獄に堕ちてしまえ。
俺は何でこんなに無力なのだろうか。俺は自分を呪った。こんな理不尽を俺は認められない。
俺はどうして彼女を助けられないのだろう?俺は彼女がいたからこれまでの人生が充実していたのだ。なぜ彼女は死ななければならないのだ?
俺は彼女の世界が滅びることを願った。これは傲慢な願いだ。俺にはそんな権限も力もないのだ。
俺は彼女が拷問にかけられるのを歯を喰い縛って見ていた。彼女の親兄弟の泣き叫ぶ声を聞いた。そして、彼女の体と心が壊されていくのを俺は見続けていた。
彼女は親兄弟が処刑されるのを目の前で見届けた後に処刑されることになった。彼女は火炙りにされ、凄惨な死を迎える。
俺は彼女の最期を見届けた。不謹慎かもしれないが、破滅する君は最後まで美しい。
「ずいぶんと顔が不細工になったな!はははははは!」
確かに、彼女の顔は原形を留めないほど殴られて酷いことになっている。頭皮は焼き爛れて、そこからうじが湧いている。それでも、立ち居振舞いは堂々としている。
「最後までつまらん女だ。火をつけろ!」
彼女の足元に火がくべられた。
俺は……無様だ。彼女を助けられず、助けて欲しいと願うだけだ。
「さよなら。」
最後に彼女は笑顔を作った。か細い声で告げられた別れは俺に向けられていたのかは分からない。
分かるのは、こうして彼女が破滅したことだけだ。
◇
あれから二年が経過した。学力が高かった俺は現役で国立大学に進学した。俺は前に進み続けるほかない。いままで見てきたことは全てが夢だったのだと割りきることにした。
あの日から、夢の中で彼女に会うこともなくなった。ぽっかりと心に穴が空いた。
最近の趣味は筋トレだ。異世界転生の小説とは距離を置き、ジムに通って体を虐め抜いた。トレーニングのおかげか、よく食ってよく寝てという生活サイクルになり、俺は大学に入ってから十五キロ以上体重が増して、身長も190cm近くまで伸びた。見た目は完全に体育会系の脳筋だ。
ちなみに、いまだに俺は彼女がいない。特にサークルもやっておらず、バイトも週に二回ほど塾講師をやっているだけなので全く彼女ができる気配はない。
些細なことだ。俺はもう何も期待していない。惰性のまま毎日を過ごすだけだ。
そう思っていた。
でも、世界はずっと残酷だった。
「ようこそ、勇者さま。」
俺は彼女のいなくなった世界に呼ばれた。世界を救うためだとさ。そして、残念ながら元の世界には帰られないのだとよ。
周りを見ると他にも召喚された勇者が四人いた。反応も様々で、当惑する者、怒るもの、歓喜するもの、泣くものがいた。そして、俺の中の感情が蘇った。
屑どもを全員殺せるという喜びと来るのがあまりにも遅すぎたという後悔が混ざりあい、俺は静かに笑みを浮かべた。