6 たびだち
ここは、キャンバスさんのおうちです。空は、澄んだ青色です。
すっかり元気になったわたしは、キャンバスさん特製のお茶菓子に釘付けです。
わたしは、桃色のうさぎ型クッキーの耳をかじりました。
「おわぁ! 耳がぁ!」
「いちご味ですね。おいしいです!」
「そうかぁ、よかったよぉぉ1」
メディアが両方の三角耳を手でおさえて、はしゃいでいます。
「キャンバスさんって、獣人と魔族とのハーフだったんですね」
「あはー、ばれちゃったよぉ……。そうだよぉ」
キャンバスさんは、前髪をかきあげました。
左目に、星型の文様が浮かんでいます。
「うん。ボクも知らなかったよ!」
「教えてないからねぇ」
メディアの三角耳が、ぴこぴこと動きます。
「あれー? でも、つのは、どこにいっちゃったの?」
「あはー、それなんだけどねぇ。昔、崖から転げ落ちて、ツノ二本とも、ポッキリ折れちゃったんだよぉぉ! あれは、いたかったよぉ……」
「崖って、家の裏手の崖ですか?」
「そうだよぉ。バンジージャンプっていうのを本で読んでねぇ、やってみたんだけどぉ、ヒモが長すぎたぁ、なんだよぉぉ!」
「うわぁ……」
わたしなら、生きていられるかも怪しいです。
「取れた、つのは、どうしたんですか?」
「ずいぶん昔に、魔族の子にあげたよぉ。ヒトに売れるんだって。お金には興味ないけど、代わりに、ヒトの本とか食べものとか、たくさんもらったよぉ。いまでも、ときどき持ってきてくれるんだよぉ!」
「そうだったんですか」
わたしはお茶を啜りました。湯気がもうもうと立ち込めています。
ディエスさんはキャンバスさんのことを知っていたみたいですし、きっと、ディエスさんが届けてくれているんでしょう。
「そのお茶、ここで作った茶葉を煎じたものなんだよぉ!」
「キャンバスさん、すごいです! すっきりした味がします!」
「それはよかったよぉ! なかなか作るの大変だったんだよぉ!」
キャンバスさんは小さな三角耳を、ぴこぴこと動かしています。
メディアも、ゆっくりと、お茶をすすります。ちょっぴり熱そうです。
メディアの三角耳が、ぴん、と立ちました。
「あのね、あのね! 思い出したんだけど。ボク、昔、友達とけんかして、木にぶつかっちゃって、羽がぜんぶ、取れちゃったんだ! でね、羽、ぜんぶ、キャンバスさんがほしがってたから、あげちゃった!」
「そうだったよぉ。大事にしてたんだけどぉ、魔族の子が、すごく高く売れるからって、頭下げるから、全部、あげちゃったよぉ。いっつも、本とか食器とかくれるから……ごめんよぉ」
「そうだったんだ。だから、ヒトの街の屋台にあったんだね!」
* * *
西日が夕焼けとなって差し掛かったころです。
わたし達はキャンバスさんの家の前で寝転がっていました。
「こずえちゃん。ボク、ここで暮らそうかな」
「ここで、ですか?」
「うん。キャンバスが、いいよって、言ってくれたからね」
「そうですか。わたしは、もう少し、ヒトを探したいです」
「うん。そっか」
「大変な旅路になると思いますが、がんばります」
「うーん、そっか!」
「はい! メディア、ありがとう。また、いつか会いましょう!」
わたしはメディアとお別れして、キャンバスさんにあいさつします。
メディアさんはログハウスの中で縫い物をしていました。
「こずえちゃん、もう行っちゃうんだよぉぉ?」
「はい。気になることがたくさんありますので」
「そうかぁ。自然は危険がたくさんだよぉ」
キャンバスさんは、りんごや茶葉、お菓子の入ったバスケットをくれました。
「えっ、こんなに!」
「持っていくといいよぉ。いつでも戻っておいでねぇ!」
「はい! 本当に、ありがとございました!」
わたしはバスケットを片手に、キャンバスさんに教えてもらった裏道を頼りに、崖を下っていきます。今度は街の方向ではなくて、別の道を目指します。
「あの山の向こうなんてどう? おっきくて、きれいな湖があるらしいよ!」
「きれいな湖ですか? 見てみたいです!」
わたしはメディアの指差す方向に向けて歩き出そうとして、歩を止めました。
黒くてふさふさした三角耳が、ぴん、と立っています。
「へ? メディア?」
「ボク、ジャンプして、着いてきちゃった!」
「はぁ。もしかして、最初から着いてくるつもりだったんですか?」
「そうだよ。ここで暮らすとはいったけど、きょてんにするだけだよ!」
わたしはメディアと並んで、夕日の細道を歩き出しました。
街のほうとか違って、背の低い草地が続いています。
「キャンバス、ひとりだと、さみしいっていうから、たまに戻らないとね!」
「キャンバスさん……ごめんなさい」
「あれれ? ボク、なんだか悪いことしちゃったみたい?」
「わたしも、メディアがいないとさみしいです!」
「うーん、ボクはひとりしかいないよ? あ、そうだ! こずえちゃんのふるさと、ちきゅうに連れてってよ!」
「わたしも、追い出されてしまったので……」
「えー、ひどいことするなあ。もしかして、こずえちゃん、りんごをたくさん食べちゃったの?」
「食べてないです! ちょっとした、魔法みたいなもので、とばされたんです」
「ふーん。よくわかんない!」
「あはは、そうですよね。わたしにも、よくわかりませんから」
「そっか!」
わたしはバスケットからりんごをふたつ取り出しました。
メディアと一緒にりんごをかじります。みずみずしくて、おいしいです。
「そういえば、メディア。そのバッグのりんごって、いつまでもつんですか?」
「あと一週間くらいかな? けっこうもつよ! ふたりで食べたら、あっというまになくなると思う!」
「なら、食料を探しながら、歩きましょうか」
「うん!」
メディアはうなずくと、2つ目のりんごを食べはじめました。(了)