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 園遊会とは――貴族諸侯の開く(のど)かな親睦会の事である。



 以上。







「以上、じゃありませんよ。何を纏めて終わらせようとしているんだか」

 呆れた声がかかり、レオアリスは諦め顔になって椅子の背もたれに身を投げ出した。

 執務机の脇に立って先ほどの言葉を投げ掛けたのはこの場合当然、ロットバルトだ。

「こうした社交の必要性は以前ご説明したと思いますが……まだ説明不足でしたか? 申し訳ない、ではもう一度」

「いや、充分です」

 レオアリスが片手を上げて遮る。

「それは良かった」

 ロットバルトはにこり、と笑みを作った。

 今回レオアリスは、園遊会だか晩餐会だか茶会だか、とにかく六件もの行事から同じ日に出席を求められていた。単純に全て断りたいレオアリスとは違い、ロットバルトはあくまで社交という観点を重視している。

「舞踏会じゃなくて武闘会ならなぁ」

「大惨事でしょう。補償の難しい話はしないで頂きたい」

「……前提がおかしいだろ。――全く」

 反論してみてもこの分野では全くもって分が悪い、レオアリスは仕方なく執務机の上の六枚の招待状達を睨んだ。

 ディプロア伯爵の茶会。

 コットーナ伯爵の園遊会。

 エクシム商会園遊会。

 舞踏会。

 晩餐会。

 舞踏会。

「優先度の高いものがどれか、お判りになりますね?」

 ちなみに格式としては、茶会、園遊会、舞踏会、晩餐会と順に重くなっていく。当然、その優先度を問われている訳ではないだろう。

「……睡眠」

 最近寝不足気味なレオアリスはつい本心を口にしたが、ロットバルトの秀麗な面に浮かんだ笑みを確認し視線を落とした。

(誰のせいだと思ってんだ)

 と思ったが、それは八つ当たりというものだ。春を前にしたこの時期、組織という所はやたらと書類作成が多いのだ。ロットバルトはむしろ書類を減らしてくれている。ただ書類が経路的に全て彼の手を経て届くというだけで恨んではいけない。

 それはともかく、ロットバルトは一通の封筒を取り上げ、レオアリスへ差し出した。コットーナ伯爵からの園遊会の招待状だった。

 受け取って差出人の名を眺める。

「コットーナ伯爵? 確かお会いした事はないだろう」

「ですが、貴方と全くの無縁ではありません。むしろ近い繋がりがあるとも言えます。招待主の繋がりや立場で出席者を想定して選ぶというのも一つのやり方ですね」

「繋がり? けど名前聞くのも初めて……あ」

 思い出した。

 コットーナ伯爵――正しくはエレノア・コットーナ伯爵夫人は、先代アスタロト公、つまりアスタロトの母親の叔母であり、今のアスタロトが爵位を継ぐまでの後見人を務めていた人物だ。レオアリスも時折その名前をアスタロトから聞いていた。

『叔母上がいっつも貴婦人貴婦人て連呼するからさぁ。貴婦人てだんだんおいしい食べ物みたいに思えてきちゃった』

 と、妙な事を言っていた。

「あのコットーナ伯爵夫人か」

 あの、という響きには興味と、礼儀作法に厳しいというその夫人への僅かばかりの苦手意識も込められている。

「てことはアスタロトも来るかな」

「おそらく出席されるでしょうね」

「じゃあ大分マシか」

 レオアリスの様子に文句が無さそうなのを見て、ロットバルトはその場の残りの封書を引き上げた。

「では、他の方々には欠席の返信をしておきます」

「ああ」

 できれば全てに欠席の返信をして欲しいところだが、その言葉はぐっと飲み込む。それよりこの場合の重要な要素を確認していない。

「今回は他に誰か行くのか?」

 その問いには非情な答えが返った。

「招待は上将お一人に宛てられています」

「――」

 という事は、挨拶も何もかも全部一人でこなさなければならないという事だ。

 どよん、と頭上に暗雲を広げたレオアリスを見て、それまでやり取りを眺めていたヴィルトールが笑う。

「大丈夫ですよ、上将。ロットバルトにはそのどれも全部招待状が届いてるでしょうから」

 近衛師団中将に対してではなく、ヴェルナー侯爵家の子息に対してだが、どの立場に宛てられようと来た招待状に変わりは無い。

「ああ、そうか、そうだよな」

 それを聞いてレオアリスの表情が明るくなった。挨拶や会話をお任せしようという考えが見え見えだ。

「考えてみりゃ、お前は昔からこんな数の招待状が日々来てるんだろうな。こんなんじゃ足りないか」

 調子良くそう言って、レオアリスは招待状の白い封筒を指先でくるりと回しつつ頬杖を付いた。ロットバルトが自分の机に残りの招待状を置きながら頷く。

「そうですね。毎日毎日良くもまあ飽きもせず……」

 そこでロットバルトは口を閉じた。だがうっかり口にした言葉を既に聞き取っていたレオアリスは、頬杖を付いたまま口元に堪えきれない笑みを浮かべた。

「やっぱそう思うよなァ」

「――そうですね」

 肩を竦め、それから中庭への扉を開けて事務官のウィンレットを呼ぶロットバルトの姿を横目に、レオアリスは取り敢えず機嫌良く署名をしたためた。

 ロットバルトは署名を済ませた返書をウィンレットに手渡してから、僅かに瞳を細めた。

「一人厄介な相手と重なる可能性が高いが……」

 その人物のお陰で少しばかり場が荒れるかもしれない。

「どうせこの先避けて通れるものでもない、いいか」




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