第二幕 第三者の男4
土曜日の午前中、片桐上ノ助は身支度をかつてないほど整える。それはもう念入りに整える。シャワーを1時間かけて浴び、石鹸の匂いの制汗スプレーをこれでもかと吹きかけ、髪のチェックとお肌の調子を鏡で10分おきに確認する。鼻毛が伸びていたから抜いた。涙がでた。しかし、出かける前でよかった。あぶない。気がついたのが帰宅後では涙がでるだけでは留まらない。
歯を磨きすぎて歯茎を傷めて血が出たあたりで、自分は何をやっているんだろうと思い始める。服を選びに選びつくし、お気に入りを選ぶ。あれ、これ、前にあいつと会ったときも着てなかったか。やばい。ヘビーローテーションの男だと思われる。
そうして、ああでもない、こうでもないと迷う間に挟んで、また何度か自分は何をやっているんだと一抹の虚しさを感じ、しかし、それにもくじけぬように歯を食いしばった。ちょっと血が出た気がした。
5時に起きたのに、いつのまにか出発する時間になっていた。あまり余裕を持ちすぎると油断を生むものだ。時間の流れとは恐ろしい。進んで欲しくないときには早く進み、早く過ぎろと願うときは時計の針が止まって見える。玄関で靴を履いていると、妹がデートぉ?と居間から顔を出して聞いてきた。片桐上ノ助は振り返らず、親指を下にたててそれに返した。
相野線の大雄箱根駅のトイレでもう一度身だしなみを確認し、彼は電車に飛び乗り覚悟を決めた。10時より20分前に着く電車だ。車両に彼女の姿はない。ここで鉢合わせでもしたら気まずいこと仕方ない。妙な気を使わせる。家から家まで歩いて5分もないのに、待ち合わせ場所まで一緒に行かないのもおかしな話だ。
これでは、アレだ。世間が甘ったるく呼ぶ、アレと言われても仕方ないぞ。年端もいかない妹ですら、疑うくらいだ。しかし、まあ別段そう誤解されることもやぶさかではない。電車に揺られながら、二人で遊びに出かけるこの関係について考える。
もし告白したら、二人の関係は今日とは別の意味を持つのだろうか。