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一話

 ようこそ、そう言った人物はさらに言葉を重ねる。


「ささ! そんなゴミの側でうずくまってないで、こちらに来てください。戴冠式の準備などもございますので!」


 満面の笑みで、スーツを着た綺麗な女性がそう言ってきた。


「た、たいかんしき?」

「そうです! いやあ、ちょっと手違いで他のゴミクズも一緒に連れてきた時にはどうしようかと思いましたが、まあ一人はほら」


 坊主だった男を指さし、まるで褒めてとでも言うように笑みを深める。


「こうやって始末しましたし、他のゴミも……」


 そう言ってから、今度は固まっている男女へと顔を向けた。


「すぐに始末しますのでご安心ください! では、準備がありますので行きますよ!」

「え? ちょっと!」


 されるがままに引っ張られる。

 どうやら、自分は客人らしく、危害を加える気はないようだ。

 腕を掴まれ、連れられるがままの男がそう安堵した。

 しかし、そう簡単にはいかない。

 連れて来られたのは陰鬱な男だけではないからだ。


「待って! ねえ! なんでもするから私も」

「黙れゴミクズ」

「なあ……いじめてたのは悪かったって!」

「くたばれ虫けら」


 連れていかれる途中、他のメンバーが藁でもつかむような顔で、足元によりかかってくるのを女性が一言で黙らせる。


「あの……? 他の人は……?」

「人? ああ、あのゴミでしたらあとで処分しますので何も心配はありません! あ、なんでしたらあなた様が始末しますか?」

「いや! したくないッ!」

「そうですか。じゃあ、あとで私が始末しときますね」


 そう言って、女性は歩みを早める。

 他のメンバーから離れたところで、ようやく男は足を止めることができた。


「そうじゃないよ! ちょっと待って!」

「なにか?」


 本当に何を言っているのかわからないという表情で女性はこちらを見てきた。


「始末とか……そういうのはいいから」

「いいんですか? ゴミですよ?」

「ゴミでもなんでも!」

「そうですか……」


 玩具を取り上げられた子どものように残念そうな顔。

 背丈や雰囲気から、二十代半ばぐらいだろうと思っていたが、実際はもう少し下かもしれない。

 幼気な表情で残念がる女性を見て、そう思い直した。

 なんとなく、保護欲をそそるような……そんな表情を見ていると、徐々に気持ちが揺れ始める。


“始末させてあげたほうがいいかもしれない”


「いや、ダメだろ!」


 二重で聞こえる自分の言葉にツッコむが、女性はそうは思わなかったらしい。


「え!? やっぱり始末したほうがいいですか!?」

「だから、ダメだって! なんでそんな嬉しそうに戻ろうとすんのさ!」

「どっちなんですか。もー!」


 ぷくっと頬をふくらませて抗議してくる女性。


「いいから、それよりなんか用があるんでしょ?」

「そうでした! 急がないといけないです!」


 そう言って、今度は腕ではなく、手を握り小走りで進み始める。

 女性の手など平手などしか味わったことない男はドギマギとした心臓を抑えるように、ついていくことだけに集中をした。



「ささ! こちらがあなた様のお城でございます!」


 かなりの距離を歩いたが、女性は疲れなど見せずにそう言った。

 先ほどの広場とは打ってかわり、周りに人気はない。

 全くではないが、先ほどに比べればいないも同然だ。

 目の前には西洋を思わす、大きな城が立ちはだかるようにそびえていた。

 しかし、そんな光景に男は頭が回る余裕などない。


 なぜなら、


「ねえ、ここ本当に日本……?」


 歩きながら、至った結論がそうだったからだ。


 日本とは思えない森。

 まるで中世を思わすような服装で歩く老若男女。

 電柱などはない。

 コンビニなんて以ての外。

 ましてや、あれだけ歩いていたのに車と一台もすれ違うことがないなんてありえなかった。

 舗装がされていない道路だろうと、ど田舎だろうと、そこに人がいれば軽トラなりなんなりの車が必ず通るはずなのだ。

 日本であるなら。


 自分の考えを否定してほしい、そう願うように女性を見ていたが、予想よりもずっと斜め上の回答が返ってきた。


「もちろん日本ではありませんよ! というか、あなた様を召喚した世界とは全く別ものになります!」

「はい?」

「そういえば説明がまだでしたね」

「……うん」


 聞きたくはないが、聞いておかなければなにが起こっているのかの状況判断ができない。


「それでは簡単に説明させていただきます。時間が迫っておりますので、歩きながらでもいいですか?」

「うん。わかった」


 女性に手をひかれ、城へと入る橋を渡りながら話を聞く。


「この世界……名前などはありませんが、とにかく、この世界では大変な混乱を極めております。今から数十年前、ゴミクズどもが我々の領地にまで足を踏み入れてきたのです!」

「手を繋いでるのにおおげさなリアクションをしないでくれないかな……?」


 まるで、神に願うように両手をあげる女性に忠告するが、男をまるっきり無視して、話が続く。


「それからというもの、私たちは領地を守るために必死でした! あ、おつかれー!」

「お疲れ様です……」


 メイドのような女性にそう言ったのを聞き、男もしどろもどろになりながらそう言う。

 生メイドを初めて見た衝撃は、話の腰を折る衝撃なんて比べ物にならない。

 メイドから目を離せずにいると、


「だめですよ。あの子腐ってますから」

「……腐ってるのか」

「はい。で、続きなんですけど」


 異世界と言いつつ、日本の言葉が浸透しすぎじゃないか。

 もしかして、なにかのイベントではないかと疑うが、そんな規模ではないと理性が言ってくる。


「聞いてますか?」

「あ……うん。それで、頑張って守ってたんだよね?」


 意識を女性へと戻し、話を聞いていたというアピールをする。


「はい。ですが、敵は強力でした……ゴミクズのくせに」

「いちいち、口の悪さを露呈しないと喋れないわけ……?」

「もちろんですッ! なによりキャラが重要ですから!」

「そう……なんだ」

「はいッ! で、その強力な敵に打ち勝とうと私たちはあるものを遺跡から発掘させました。そのあるものとはッ! あ、コックさん! 私、今日は部屋で食べるからあとで誰かに運んでもらっといて!」

「だ、か、ら! 話の腰をおらないでちゃんと話してよ!」


 今度はメイドではないせいか、強気にそう言うと、女性はてへ、と可愛らしく舌を出す。

 なんだか、もうどうでもよくなってきた。

 そんな気分にさせるほど、あざとく可愛らしい仕草だった。


「はぁ……」

「わかりました。もう話の腰は折りません! で、ですね? その遺跡にあるものってのが、魔法がかかった代物だったんです」

「魔法かー……いかにもって感じだなあ」

「です。いかにもって感じの見た目でしたよ」


 若干のすれ違い。

 男のいかにも、というのは異世界らしいという意味で、女性のいかにも、というのは魔法がかかっている代物っぽいという意味だ。


「その発掘した物なんですが、救世主を呼びだすことができるんですッ!」

「あー……それで俺が連れてこられたわけ?」


 もちろん、男に救世主という自覚はない。

 ただ、話の展開的にそうだと感じただけだ。


「はい! 私たちのあなた様は私たちの救世主なのです! しかも!」

「しかも?」

「しかもですよ!」

「……早く教えてよ」

「……王様なのですッ!」


 なのです、と言われてもなにがなんだかわからない。

 異世界の王家と血のつながりがあるわけでもあるまい。

 ラノベや漫画ならそういうこともありえるだろうが、父も母もなんてことないただの普通の人で、親戚一同なにかに特化したような人物はいない。

 もしかしたら遡ればいるかもしれない、なんて幻想はこれっぽっちも頭になかった。


 そんな白けた表情に女性が不安そうな顔で、


「王様なのですよ……?」


 もう一度言った。


「聞こえてるから。ただ王様って言われても……ね?」

「王様は王様なのですッ! 世界を統べる王なのですよ!」

「そっかー……」

「もー! ちゃんと聞いて下さい!」


 聞いている。

 ただ実感がないだけだ。

 それならまだ、救世主のほうが最近のラノベとかで実感しやすい。


「……だって、王様って言ってもなにすりゃいいの?」


 その言葉は地雷だったようだ。

 女性は足を止め、笑顔のまま時を止めた。

 徐々にその表情は崩れ、不安そうに、


「夜な夜なメイドにいかがわしいことをするとか……?」

「それは王様のすることじゃないよね……するかもしれないけど、なんか違うよ」

「軍隊を指揮して前線へと赴く……?」

「俺がやったら死んじゃうから……それに王じゃなくて、英雄っぽいし」

「子どもに殺される……?」

「王様っぽいけど王様がすることじゃなくて、そうなっちゃった結果だよね」

「文句ばっかりですねッ!」

「文句しか言えることがないんだよ!」


 男の反論には答えず、怒った表情でスタスタと歩きだす。

 しかし、手は離さずに。

 ため息をつきつつ、握られた手にひかれるがまま男も歩き出した。


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