いつか殺しあう君に
昔、いつのことだったか、もう思い出せない程前に、小さな小さな女の子を助けたことがあった。
僕はいつも通り、上からの言いつけを果たすために前線のめぼしい将兵たちの首を取って帰路についていて、それを見つけたのは本当に偶然のことだった。
村はどうしても戦火に巻き込まれてしまうから、他国に属するであろう村は、そこが勝てば何とか存続していくし、負ければ消えていく運命にある。
数十の私兵の部下達と共に、見慣れた光景と化した、燃え盛る村を何の感傷も湧かないままに眺めながら通り過ぎた。そこには既に略奪などの凄惨な光景が広がっていて。
身の振り方が良い者はもう居ないのだろうが、中には遅れる者も、多少なりともいた。
女子供は大概がこうして死んでいくか、あるいは尊厳を傷つけられながらも生き続ける。
当たり前のように、そこにも、やはり逃げ遅れたであろう者がいた。勝手に耳に入ってくる下卑た笑い声。眉をひそめて、その方向に初めて意識を向けた。
少女だろう。半分焼けた小屋の裏にいるのは、子供が一人と、それを取り囲む数人の男。
不快な笑い声は、そこから上がっているように思われて、これから何をしようとしているのか考えなくても分かった。
もし、大人の女性ならば、僕はそれでも放って普段通りに通り過ぎただろう。彼女らは一人でも身を守る術を、何かしら知っているに違いないからだ。
しかし、こと少女に限っては、この光景に、何故か腹の底から嫌悪感が湧き上がっていた。
未だ年端もいかない子供がこういう扱いを受けている現場があると知っていても、見ることとはまた別物だった。
「シン様?」
隣で馬を並べていた副官が、思わず馬を止めていたのを不思議がったのか、尋ねてきた。
見れば、後方まで全ての部下が僕の方を見ている。先頭を行っていたから、ある意味当然のことではあったのだけれど…………この時は、ひどく居心地が悪かった。
「少し用を思い出してね……うん、先に行っておいて」
多分追い付くと思うから、と付け加えて、馬を目的地まで走らせた。もちろんのこと、下卑た声は近づいた。こちらが近づいているのだから当然ではあるけれど、思っていた以上にそれは僕を不快にさせた。
馬上から何も言わずに振るった刀は血に染まり、数人の男を斬り伏せる事などほんの一瞬で終わる事で。
そうして柄にも無く助けた少女へと視線を向ける。
見た先、助けた少女は瞳にいっぱいの涙を溜め、骸と化した残骸を睨みつけていた。その手には小さな包丁があった。
僕は下馬して少女に近づいた。ただ、庇護のない者にとってその周囲全てが敵であるのは最早必然のことで。
少女は先程まで骸に向けていたその先を僕の方へやり、近づくなと全力で訴えていた。
「別に、とって食ったりはしないんだけどね……」
そう言っても、少女がそれを下げることはなかった。意思の強い、その目を見てその時何故か、この子が男だったなら、良い将になれたかもしれないとどうでもいいことを考えた。
暫く、見つめ合う。
静寂の中、ぱちぱちと小屋の焼ける音だけが辺りに木霊していた。
「…………」
「ほら、何もしないよ」
そうすることに痺れをきらしてしまった僕は自然に近づき、そして当然のごとく腕を斬られた。
少女だからか、刀傷はひどく浅かったけれど、ぽたぽたと血が垂れていく程度には深かったらしい。
腕を流れる血に構わずにかがんで、少女の目線に合わせる。
顔を覗き込んだ。
力強い瞳の色は藍色で、初めて人を傷つけたのか自分のしたことへの動揺で見開かれていた。自分が斬られたくせに、思わずそれに笑ってしまった。
……それは本当に気まぐれだったのか、それとも最初からそうするつもりだったのか。
ただ、その場面を見ていたくない、それだけの理由で男たちを殺めた僕は、少女に少しの食べ物を与えて帰ろうとした。
馬の方へと歩みを進め、しかし立ち止まる。
予想外だったのは、小さな体躯が縋るようにしがみついていた為だった。
「……どうした?」
少女は一言も声を発さず、僕の足辺りに顔を押し付けて首を振っていて。問うても答えてくれなかった。
けれど、僕の下裳を握るその姿が、かつてまだ庇護を持っていなかった時の幼い僕が護ってあげられなかった小さな妹の姿と重なった。
「仕方ないなあ……」
そう呟き僕はその少女に触れた。小さくて温もりがあって煤だらけで、一人で怖い目に遭って。
それでも必死に生きようとしている少女。
「一晩だけ、こうしていようか」
そんな気になった理由はやっぱり自己中心的で。それでも少女が望んだことには変わりなかったから、その日、僕たちは寄り添うようにして眠った。
夜が明けると、少女は安らかな眠りの中にいたけれど、僕は約束通りにそこを後にした。
ただ、彼女が眠っているうちに発ったのは。横顔の幼けなさがあまりにも妹に似ていて、情に流されそうになる自分が怖かったからだ。
そして、その罪悪感から、村民の、しかも子供が持つには多すぎる位のお金と食糧、一応護身用であるどこにでもありそうな小太刀を残して行ったこと。それも過剰な施しである、そんなことは分かっていたけれど、それでも僕はそうせずにはいられなかった。
ただ、その記憶も風化し、それがいつだったのかは鮮明には覚えていない。その位昔である、ある日の記憶。
もう何回目になるか分からない。けれど、その一瞬だけは自分のことが鮮明に見えていて、今回もそれは同じで。
まだ全面的に始まってはいなかったこの戦争で、奇襲と称して少数の別働隊で一人の将の首を取った時。追いかけてくる数多の敵兵の中で一人だけ、はっきりと認識したのはとても稀である少女兵だった。
その、彼女に出会った晩に、そんなことをした、懐かしい過去の夢を見た。
* * *
昔から人びとはただ、戦ってきた。
もちろん、その戦いを続けていく人生の中に、数えきれない程の別の『何か』があるのだろう、ということは僕にも分かっている。
けれど僕は本当に、戦うことしか知らなかった。自分のその『何か』を見つけられるのは自分自身しかいないし、教えてくれる人は居なかった。
ただ、僕がそれをするには先ず、生きることが先決だった。僕の場合はそれが軍略であり、武力であった。ただそれだけのこと。
戦場はいつだって身近にあった。幼い時から、幾つもの凄惨な場面を見て育ってきた。
こうして生きていくうちに僕もゆっくりと年を重ねてきたけれど、それでも未だ終わりは見えてこない。
国が抱えている数多の兵たちは老いてゆく者の背を見て育っていく。先にいた人びとを追いかけているうちに、その僕がいつの間にか誰かに追われる立場になっていた。
そのことは、かつては孤児だったことが夢のようにも思わせ、同時に胸のどこかを痛ませる。
今この戦線で動きは起きておらず、ひたすらに膠着状態だけれど、それもあと数日で終わるのだろう。
砂埃と血に塗れる荒野はきっと、すぐに出来上がる。
今は戦争中だ。にも関わらず、熱気が此方にまで伝わってきてうんざりした。
奴らは状況を念頭においた上で、酒盛をやっているんだろうか……
少し離れた所から将兵たちの様子を眺め、こっそりため息をつくと、半歩後ろに控えていた副官がくすりと笑うのが聞こえた。
流石に長い付き合いだ。もうお互いに気が置けないから、僕は後ろに向かって苦笑いをしてみせた。
「シン様も大変ですな」
「なに、いつものことだよ。休息を求めるのは、きっと悪いことじゃあない」
いつでも、その時が訪れれば人は死ぬ。だから人は出来るだけ生きていようとする。
ただひたすらに生きる、その過程で単に、『生きるため』以外の何かを見つける。その上で、もし余裕があるなれば、人はそれをせずにはいられないのだから。この人生に絶望さえしなければ、そうするべきだと僕もそう思っているから。
それをしても、自分は生きうると判断したならば僕は何も言うことはない。
「やればできる奴らだし、心配はしていないけれど、ね……」
ただ、その危うさがあるからこそ、生きている証拠が生まれるのだろう。僕には、未だにそれを見つけきれていない。何かの変化がこの僕の人生に怒らない限りは戦をするために生き、生きるために戦をするのだろう。様々な人々を見てきて、初めて少年兵として戦場に放り込まれていた時から、それは決まっていたようにも思える。
それくらいに僕の精神は早熟していた。そうせざるを得なかったこともあるだろうし、それが単に僕の性質だったからかも分からない。
ただ、僕は自分の中に諦観を持っていて、それが変わることがないのだろうことは知っていた。
ただ、死にかけていたであろう僕を拾い上げて、この世界に再び放り込んだ僕の恩師――彼はいつも自分のことを父と呼べ、などと言ってはいたが――は、まだ酒を飲めもしない僕を相手によく言ったものだ。
曰く、戦争は炎のようなものなのだと。
それが主観のうちの一つなのだろうとは承知している。ただ、彼が言うのならそうなのだろうな、と漠然と思っただけだ。
『人は炎だ。この世界を照らし出す。だから俺たちは生きている。生きることは輝くことだ。だから、俺たちには明確に、生きる理由がある』
そう言って、豪快に盃の酒を飲み乾したのをよく覚えている。
「そう、だから燃え盛るし、いつかは終わっていく」
記憶の中の恩師の言葉を、静かに引き継いだ。
小さい声だったからか、それは近くなってきた酒盛りの歓声にかき消され、副官も何も言ってくることはなかった。煌々と光るそれを囲んで騒ぐ彼らには、赤みがかった光が差していた。奇しくもそれは確かに恩師が言っていた炎と同じで、僕は静かに苦笑した。
「本当に、お疲れのようですな」
「……そう見えたか?」
「ええ、とても」
僕は息を吐いて、なら、と呟いた。
「お前も休むと良い。戦争は、いつ始まるのかも分からないから。……それに、こんな所で要らぬ世話を立てるよりは、あちらに混ざった方が楽しいだろう」
そう言うと、長い間戦場を共にした壮年は笑みを深めて、「大将が仰るなら」と口端をつりあげる。
離れていくその背中を見送るのにしばらく眺めて、僕は自分の幕舎へと足を向けた。
歩きながら、考えた。
きっと奴は気づいていただろう。それだけの時を一緒に超えてきたのだから。だから、きっとそれくらいは分かっている。彼は、元は僕の恩師の直属の部下。僕のお目付け役。そして今は、名実共に僕の右腕として活躍している。
気づかないわけが、ないのだ。僕がそう確信しているのだから、それは決して変わらないことなのだと思っている。
僕は恩師の“剣”。恩師は息子と言って憚らなかったが、そうすべく育てられた人間だ。その稽古は過酷なものだったし、それを見ているものも大勢いた。奴もその一人だっただろう。時には血を吐き、倒れ伏した僕の少年期を見ていた。
見られても特には気にはならなかった。武に天稟を持っていたらしい僕でもそうなるほどの訓練で、そうなってもひもじさで死ぬよりはずっと幸福なことなのだろうと、ただそう思っていただけだった。
けれど僕が戦場に出て、恩師の“剣”として生き始めてから数年経ったその後に、その剣の使い手たる彼は死んだ。確かに戦の天稟を持っていた豪快な男が、些細なミスを犯して、あまりにもあっけなく逝ってしまった。
僕はただ取り残され、恩師の持っていた全ては僕の全てになった。
使い手のなくなった剣は何処へ行くべきなのか。恩師の所で生きていた時はただ、“彼の為に現状を打ち破るほどの剣となる”ことが課せられた生きがいだったが、しかし解放されて、僕には何が残っていたのか。
僕には分からない。ただ漫然と、こうして空を見上げ、意味もなく、その日を過ごすために戦場に赴くだけ。その日々を近くで見てきたであろう僕の副官は、それに気づかないほど鈍くはない。
いつの間にか自分の幕舎に着いていて、くぐって中に入った時に微かな違和感があって、眉をひそめる。入り口で立ち止まって、静かに辺りを見回すが、それは気のせいではないようだった。
「誰だい」
呼びかけて、静かに腰元の双剣に両手をかけた。
「出てこないなら、こちらから行くけれど……」
そう呟いたとき、静かに影が動くのを捉えて、ためらわずに抜いた愛刀を薙ぐと、思いのほか俊敏な動きで初撃を避けられて、少し驚いた。
「………………」
出てきたのは、いつぞやに見た少女兵で。おそらく幾戦も乗り越えてきたのだろう、自然体で立ったまま此方を見つめていた。
敵兵を入れるとは、守備も甘くなったものだ。守備兵を叱る時間を作らなければならないじゃないかと嫌な気持ちで彼女を見やる。
「君は敵兵だよね。その腕を見るには」
相手が敵味方かが分かるように、その腕には仲間を示す布切れが巻かれている。
「だから此処では死んでもらわなきゃいけない」
そうして二撃目を放つ。それも避けて、少女は小さく「待って」と呟いた。
「待て、と言われて待つ馬鹿が居れば見てみたいもんだね……っ!」
そうして、もう一撃。その剣を今度は小太刀で受け止めて、「話があったから来た」と言った。至近距離で、そこまで力を入れずに鍔迫り合いをしながら、その目が合った。
「……僕はないけど」
「私がある。大丈夫。殺しにきたわけじゃない」
そこからは本当に殺気が窺えなかったので。僕はそこでようやく、剣を収めて少女から間合い分だけの距離をとった。
万が一、ということも考えてはいる。
しかし、意外な言葉だった。
「それで、僕に敵の君が話って、何だい?」
その言葉は真意なのか。多分そうではあるのだろうが、あいにく覚えがないのだから仕方ない。少女は矢張り静かな目で、「礼を」と一言答えた。
「礼…………か。僕はそれに覚えがないのだけどね」
「それでも、そうだと私は知ってる」
その口調があまりにも真っ直ぐで、覚えがないことに少し困惑しながらも、何かを思い出しはしないかと、僕は暫く少女兵をまじまじと見つめてみることにした。が、敵方の将の首を取っただけで、別に憎まれこそすれ、感謝されることなど全くない。
幕舎の中は薄暗かった。少女の存在は覚えていたが、その容貌の詳細までは覚えていなくて、この機会に観察する。
少女の髪は、かつての東洋に多かったという黒い髪色で、瞳は翳っていてよく分からなかったが、濃い色であるように思う。
しかし、それを見てもなお、分からなかった。顔を合わせたのはおそらく一度きりで、それ以外に出会ったことがあるのか。そもそもその礼を言われることになったのは何年前のことなのか。
けれど、あまりにもはっきりと断定されてしまうと確かに出会った気になってしまうのも事実で。
ますます訳が分からない……と思い眉間によった皺をほぐしながら小柄な体躯を見つめると、やはりじっと見られていて、その時、一瞬だけ、ふっと違和感を生じたような気がした。
ただ、それも確定したものではなくて。
「あいにくだけどね。やっぱり僕には覚えがないよ」
そう言った僕に少女は静かに返した。
「うん。知ってた」
あまりにもあっさりしすぎていて、怒るのを通り越して思わず呆れた。ため息が漏れた。
「ちょっと、知ってたって……何、今すぐ死にたいの?」
そう言うと、「いや」と簡潔に拒絶の言葉を吐かれた。
「でも、仕方ない。私も初めは信じられなかったから。だから、あなたが覚えているわけはない」
どこか飄々としていた少女は、この時だけは眉を寄せて困った顔をしていて。僕は再度抜こうとしていた刀にかけていた手をどけた。
「それは、どういうこと?」
僕が話を聞いてくれると理解したのか。少女は困り顔を解いて、安堵からか一息ついた。
「あなたは有名。主なき刃。私も戦場では初めてだった」
そうか、僕にはそんな名がついているのか、とどこか他人事のように思いながら僕は続けるように視線で先を促した。
「でも、それは初めてじゃなくて。有り得ないって思った」
「…………有り得ない?」
「だって、その姿が十数年前と全然変わってなくて、あなたは私の記憶から抜け出したのかと思って。そんなこと有り得るのかって、」
少女の言葉に片眉をつり上げる。
十数年前。それは、
「燃えた村で、取り残された私を助けてくれた」
その言葉に、この少女を見た日の夜の夢の内容が、頭の中で閃いた。目の前の少女は、かつて自分が助けたあの子なのだと、何故か自然に理解して、そのことに自分が困惑した。けれど、それが確信じみたものであることもまた、事実で。
「まさか、君は、あの時の……」
「うん。そう。この小太刀も、あなたの」
先ほどの僕の斬撃を防いだそれは、かつては僕のものだったのか。
嬉しそうに、その時やっと、これまでの表情を崩して屈託なく笑いかけてきた少女は、確かにかつての僕が助けた彼女本人だった。
「君に会った時、夢に見ただけだけれどね……」
そんな笑顔を久しく見ていないような気がして、それが眩しく思えて、思わず僕はその顔から目を逸らした。
「それでも。やっぱり覚えてた」
しかし、ただそれを言うためだけに、彼女は僕にそれを言いに来たのか。
「それで、そんな危険を冒してまでそれを僕に言いたかったの? 一応、僕たちは敵同士だからね……」
「大丈夫。分かってて来た」
その視線があまりにも真っ直ぐで。その瞳は確か、藍色だったと夢の中の記憶と照らし合わせながら、先にその目から逃げたのは僕だった。
彼女を見ていると、自分が情にほだされてしまいそうで、それが危険な予感として僕に警告してきたからだ。
「あの時助けてくれなかったら、死んでた。尊厳を奪われて、何もかも汚されて生きれたかどうかも分からない。だから、礼」
僕はため息を吐いた。
「ここに来て、容赦なく殺される、っていう選択肢は見つけられなかったの?」
少女はきょとんと、小首を傾げて、はっきりと断言した。
「あなたは私をきっと斬らない。知ってたから」
「何でそう断言できるか知らないけどね……」
「でも、結果的には斬られなかった。だからこうして感謝してる」
「…………」
ちょこりと頭を下げた少女に、僕はどう返事をすべきか一瞬迷い、けれど何も言わずにそのままにさせておいた。
「これはけじめ。私の生きがい。あなたに会えるまでが、これからの私の人生だった」
口元が歪むのが自分でも分かった。
「それで……けじめもつけたから、その上で僕を討つ、とでも?」
「それはだめ。そんなことしない」
少女は即座に否定して、首を振って、ただ、「私は今は、自分の陣を守るだけ」と言った。
「私は、私に向かってきた人だけ斬る。それが懸命」
僕は、かつての考えを改めた。
この少女は、出世するような将にはきっとなれない。
しかし、誰よりも信頼されうる軍人になれるだろう。
「そうだね。それは賢い選択だ」
しかし、ならば。少女は僕に出会うという生きがいをなくしてしまった。その後を、彼女はどうして生きるつもりなのだろう。
僕は彼女をぼうっとと見つめた。薄ぼんやりとした光が、少女の瞳を閃かせていた。
「ならば……もう、君は帰った方がいい。君は生きることを望むのなら」
見回りの兵は常に陣内を周回している。長く敵の中にいるのは得策ではない。そんなことを敵である僕が思ってしまうのだから、彼女も自分が結構な危険の中に居るのは承知のことだろう。
背を向けて、もう話す意思がないことを示し、早く帰るように促そうとしたが、少女は少し身じろぎしただけで、慌てて帰る様子はなかった。そんな柄ではないことも、もう十分分かってはいるが。
「……まだ、何か用事?」
仕方なく後ろを振り返った、その途端に、軽く衝撃があって、僕の体にしがみつく何かがあった。
「……………………」
かつて、少女が僕にしたのと同じ動作で、僕は十数年前の自分がされたのと同じ光景を見ていた。
少女の背は高くなって、僕の胸のあたりまで背が伸びていたが、それでも小柄であることは嫌でも分かった。触れる体の感触に、思わず動揺する。
「どういうことだい?」
そう言いかけ、少女が僕を見上げたのを見て……思わず僕は言葉を失った。紅潮した頬に、噛みしめられた唇。それが何の感情を示すのか分かるくらいの表情で、少女は僕にしがみついていた。
「主なき刃、シン。私はあなたを生きがいにして生きた。その生きがいはなくなって、私は新しい生きがいを見つけた」
「……何?」
それはあまりにも小さな囁きだったけれど、僕の思考を一瞬止めるには十分すぎるほどのもので。
「あなたの鞘になりたい」
「……」
その言葉の意味を、分かっていて言っているのだろうか。
いや、きっと分かっている。この少女ならば。
「それは、僕にも生きがいを与えてくれる、ということでいいのかい?」
「私はあなたが好き。私の初恋。それは今も、変わらないから」
「……そうか」
でも、君は、それでもなお敵方として戦うのだろう?
少女は頷いて、笑った。
それは、僕にはあまりにも眩しかった。
「私は、仲間に罪悪は抱きたくない。ここでただ自分のために裏切るのはいや。
なら、私の居る、あなたの敵国を滅ぼしてしまえばいい」
「……難しいこと、言ってくれるね」
僕は苦笑して、同じように笑っている少女の口唇へ自分のそれを寄せた。
「僕に生きがいを与えてくれるなら。きっとそうするさ」
生きがいをもとより持たなかった僕と、そんな僕を生きがいとして生きてきた彼女。
僕たちはそうではなくなる。だから、この戦争が終わったら、国を出ようかとぼんやり考えた。
僕は主なき刃。主がいないのならば、もとよりいる必要はないのだから。
少女と二人で、あてもない旅。それもまた、悪くない。
僕はもう一度、腕の中の彼女に唇を重ねる。そして、目を閉じて、それからのことを少しだけ思った。
暫くして少女は敵方へと帰っていった。
その姿を見送り、数日先で、戦場にて出会うであろう自分たちの未来に思いを馳せながら、まだ闇に包まれている荒野を僕はそっと眺めていた。
感想やポイント、レビューお待ちしております。
感想にはできる限り早く返信をしたいと思っております。
初めての恋愛でしたが、読み返してみるとまだまだ未熟者だと感じさせられます。
こんな私ですが、これからもどうかよろしくお願いします。
それでは、これを読んでくれたあなたに感謝の言葉を述べて。
~どうでもいい設定(緩いです)~
◆シン:武の天稟を持つ男。三十半ば。命名は恩師。
私の好みのタイプを全てぶち込んだ結果、こんな性格に。
詳しくは活動報告をどうぞ。
◆アイ:名前出してませんがヒロイン。命名は目の色から。
藍色の目。黒髪。東洋系の顔だちをしている。十七~八歳。
「鞘になりたい」は「あなたが好きです」という意味でとってもらえればと。
◆恩師:戦の天稟を持っていたが、あっけなく死亡。シンをかわいがっていた。
ある亡国の子孫……というどうでもいい設定を出そうとしたが、字数的に断念。
◆副官:長くシンの傍らで戦場を駆け回っていた。
シンがアイとどっか行ったら、彼はどうなるのか……!?
誠実そうに見せかけたかなりの堕落者で、酒・賭け・戦い大好き。