侍少女と初任務
「どうぞ」
中から入室許可の声。リアンだ。
先頭に立ったレイラがドアノブに手をかけ、ゆっくりとドアを開ける。
先にレイラが入室し、次いでヴァインが入る。
長いテーブルに椅子。正面には巨大なスクリーン。そして、見たことのない顔が二つ。この二人が、出張から帰ってきた二人だろう。
「始めまして。リアンから聞いているわ、あなたがヴァイン君ね」
灰色のスーツにウエーブのかかった緑髪。
左手にはめられた指輪とその容姿に不釣合いなドクロのピアス。雰囲気こそ穏やかだが、その佇まいはリアンと違い、肉弾戦に特化した者特有の身のこなしを感じさせた。
「始めまして、ヴァイン・レイジスタです」
とてもじゃないが、先ほどレイラが言っていたセリフは言えそうにない。
「はい、始めまして。セラス・テンタロスです、そしてこの子がシオン・カンザキよ、年齢はレイラと同い年、仲良くね」
隣に座る少女の肩に手を乗せ、紹介してくれた女の子は、黒い髪に泣き黒子が特徴的だがどこか神秘的な雰囲気を醸し出している。
赤い袴に白い着物。ヴァインのいた世界では、仏に仕える巫女と呼ばれる者の服装そっくりだった。
なぜか入室してからずっと、レイラが着物の少女を睨んでいるが、不仲なのだろう。
「シオン・カンザキ、ランクB」
ボソボソと囁くように名を名乗るシオン。
「ああ、ヴァイン・レイジスタ、ランクCだ。よろしく」
この少女の物腰も、セラスと同質の物だ。腰に差された刀を見るに、剣士なのは間違いないだろう――そんなことを考えられる程の時間、沈黙の空間が場を支配した。
頬をポリポリ掻きながら次のセリフを考えるが、何を言っても無言か、一言で返されそうなので考えるのをやめて、椅子に座ることにした。
「シオンがあなたたちの総合リーダー、セラスが新人訓練の総責任者になるわ。それで本題だけれど――」
リアンがモニターに映像を映し出す。
そこに映ったのは、銀の大型コンテナともう一つ。紫に輝く石だった。
「今回の任務は本当なら警備部あたりの部隊が請け負う任務で、本来は新人教育の部隊に回ってくることなんてないだけれども、人手不足でうちにまで依頼が回ってきて……内容は物資の受け渡し現場の護衛、コンテナを相手側に渡す時が一番危険だから、あなたたち三人に警戒と護衛をお願いしたいの」
リアンの説明にレイラの眉が動く。
元から眉間にしわを寄せた表情がさらに険しくなるのをヴァインは見た。
「俺たち三人だと? 研修中の新人だぞ、リアンやセラスは同行しないのか?」
こういう時でも敬語を使わないあたりが本気で凄いと思う。この少女は畏怖という言葉を知らないのかもしれない。
「あたしとセラスは上からの呼び出しが入っているの、まぁ今回は護衛と警戒任務だから、よほどの事が起きない限り大丈夫だよ」
確かに、ランクCが二人とランクBが一人。
この面子ならば、確かによほどの事が起きない限り問題はないだろう。
それでも、レイラが異論を唱えかけるのを察知し、先に口を挟んでおく。
「まぁ大丈夫だろ、で? 任務はいつだ?」
ヴァインの意図を察し、睨むレイラ。
上からの指示を覆すのは容易ではない、それはどこの世界でも同じだろう。レイラが無理を言ってもリアンやセラスを困らすだけ。ギャーギャー喚くレイラを黙らせるには、先に任務を受諾するのが一番手っ取り早い。
「任務は六時間後。急で深夜の任務と言う事もあってコンディションを整える時間もあまりないけれど、今のうちに休むなりして絶好の態勢で任務に挑んでね。以上解散」
質問を受け付ける気はないようだ。
セラスとリアンも忙しいようで、荷物をまとめ、ヴァインにはよくわからない会話を交わしながらブリーフィングルームから退室。
二人の会話内容から、別の仕事も入っているようだ。
「仕方がねぇ、部屋に戻るか」
シオンでもレイラでもない、自分自身に言った言葉。その通りに行動し、ビルから出る。
その後ろにレイラとシオンが無言でついてくるが、レイラの視線が突き刺さり、かなり居心地が悪い。
やがて、ヴァインの反応が無いことに退屈したのか、飽きたのか、レイラの矛先がシオンに向けられた。
「しかし、シオンは帰還直後すぐに任務で大変だな。実力があるやつは違いますね」
前を歩くヴァインにもわかる皮肉の言葉。
険悪な空気が背後で拡がる。
「実力不足な人間がいるおかげで苦労が耐えない」
険悪な空気が殺気に満ちた空気に――
「あ? シオンてめえ、この場でどっちが強いか試してみるか?」
「君じゃ無理、弱いもの」
――一触即発な気配。
ヴァインは二つの選択肢を出した。
止めるか、逃げるか。
逃げれば後の訓練で二人がかりのフルボッコが待っているのは明らかだ。
「おいおい、頼むから俺の後ろで殺気を撒き散らすな。初任務前から疲れたくないよ?」
こういう時にこんな言葉でしか止められない自分を恨んだ。悔やんでも放った言葉は取り消すことができない――
「うるせぇぞ新入り! 引っ込んでろ!」
「君には関係ない、任務に備えて」
――故に二人同時に怒られても不思議ではない。これ以上怒りの矛先が向いても堪ったものじゃない。
ヴァインはため息を一つ吐き、急ぎ足で寮に向かった。
それから六時間の間に、二人がどうなったかは知ったことではないが、時間通り集合場所に別々で現れたところを見ると、血を見るようなことはなかったのだろう。
ヴァインはその間、自室でのんびり過ごしたが、二人と合流した途端、癒えた疲れがぶり返した気がした。
「時間通りね」
待っていたセラスが腕時計を見る。
シオンとレイラの間に漂う険悪な空気に触れることもない。
慣れているのだろう。
「それじゃ、三人ともヘリに乗って。あたしとリアンはここまで、三人とも気をつけてね。シオン、二人をよろしくね」
「了解」
搭乗間際、シオンが短く答える。
レイラが怒りっぱなしと言うなら、シオンは常に無表情。普通の女の子とはどんな感じだっただろうと、本気で考えてしまう。
三人がヘリに搭乗し、離陸。
それを不安げに見送り、リアンはヘリのローター音に掻き消されそうな声で囁いた。
「ねぇセラスちゃん、何かおかしくない?」
「今更何を? 急な深夜任務、しかも新人だけの……挙句あたしたちは理由もわからない呼び出し、不審に思わない方がおかしいわ……それとみんなの前では呼び捨てにしてよね、恥ずかしいから」
そんな会話を繰り広げながら、二人は自分たちを呼び出した上司の下へと向かった。