入隊試験終了
魔法陣から魔法陣へと縦横無尽に放たれる攻撃。
前、後ろ、地面、上、左右。
自在に動き回る魔法陣、そこから放たれる攻撃は、一部のピンポイントシールドでは防ぎきれなかっただろう。
しかし、ヴァインがイメージした鎧は、攻撃を軽い衝撃程度に抑え、チャンスを与えた。
『今です!』
「うぉぉぉぉぉっ!」
言われるがままに駆け出す。
魔法発動中はイメージを描いているせいか、多少ではあるが隙ができるようだ。
地面を思いっきり蹴り、接近。
リアンがそれに気づき、発動させたシェイク・ホーリーを掻き消し、バリアを形成。
放ったパンチの軌道上に出現したシールドを貫くことは不可能だ。
「赤髪のガキとの戦闘が役にたった」
レイラのことだろう。
本人に聞かれたら間違いなく叩き殺されるであろうセリフを呟き、腰を落とす。
拳を引き、意表をついた足払いでリアンを転ばせ、回転そのままで背中を向けた体勢から蹴り足で地面を蹴り、後ろ回りの要領で蹴りを叩き込もうとするが、バリアで受け止められ、そのまま弾き飛ばされる。
『もう一つの条件をクリアーです』
ヴァインの両手に青を基調とし、金の装飾が施された手甲。手の甲部分に青い宝石の装飾が施されている。これもデザインに拘ったのだろうか。
エスクリオスに尋ねたいが、リアンが再び地面に魔法陣を出現させる。
息をつく間もない攻撃に、ヴァインも思考を凍てつかせた。
ウダウダ考えている場合じゃない、不思議現象に驚き戸惑う暇はない。一瞬の隙がこの戦闘における致命傷になる。
地面から来る攻撃をシールドで受け、再び特攻。魔力を込めた攻撃を食らわせる。
そういう予定だった――
地面から放たれたビームは先ほどと違い、軌道を即座に変え、五本の攻撃が斜め下方向からシールドを避ける形でヴァインを襲った。
――予定通りに事は運ばないらしい。攻撃が直撃し、ヴァインの体を宙に浮かせる。
「思惑が外れたみたいだね」
リアンが意外そうな表情で、宙に浮かぶヴァインへと肉弾での追撃をかける。
空中できりもみするヴァインの腕を掴み、背負い投げの要領で地面に叩きつけ、両手に魔力球を生み出し、ヴァインの落下地点に叩き込み、着地と同時にポツリと呟く。
「うーん……さっきの魔法でダウンしないところを見ると、結構高性能な魔装法衣だと思うけれど……生きてるかな?」
「生存確認の言葉をさらりと吐くな。殺意が垣間見えるだろうが……」
砂煙の中から、ゆっくりと起き上がる。
魔法攻撃も、物理攻撃も、意外なほどダメージはない。エスクリオスがデザインした服のおかげだろう、なんとなくそう思えた。
追撃されれば話は別だったろうが、攻撃の手を緩めている。
ここで行かなければ、次のチャンスはないかもしれない。
考えるより早く、地面を蹴った。
足払いのようなフェイントはもう通用しないだろう。ならば真正面から行くしかない。
(体に流れる何かが手甲に……足に流れるイメージ)
心の中で念じる。
まず効果を発揮したのは足だった。地面を蹴ると同時に、信じられない加速。
あっと言う間にリアンに急接近し、魔力を込めた手甲で攻撃を仕掛ける。
両手にはめ込まれた宝石が輝きを放ち、リアンが作り出したバリアと衝突する。
「ぶち破れぇぇっ!」
「エスクリオスに魔力の使い方を教えてもらえているみたいだね」
拮抗した力、嬉しそうに微笑むリアン。
余裕に見えるが、一筋の汗が流れ出ているのを見逃さなかった。
『もっと注ぎ込むイメージを!』
「わかってるよ!」
珍しく語調を荒らげるエスクリオス。
それに応えんと、さらに力を注ぎこむ。
意識を働かせるだけで血管が切れそうになるのは初めての経験だった。
しかし、ここで力を緩めれば確実に勝ち目はなくなる。今、この瞬間がチャンスなのだから。
「うおぉぉぉぉぉっ!」
腕の筋肉がはち切れんばかりに力を込め、バリアを突き破る。
咄嗟に反応したリアンの手がヴァインの攻撃を捌き、手の軌道を変え、直撃を避けるが、頬に攻撃が掠る手ごたえを、ヴァインは確かに感じた。
同時に、リアンが跳躍し空中で静止。
魔法陣を出現させ、その中心に魔力を集束させる。
「おいおい、空中かよ……」
「この攻撃はシールドでも掻き消せないしバリアでも弾けないよ。どうする?」
笑顔で言ってくれるが、発動までの時間が長い。威力の大きさが窺えるが、止めようにもヴァインの跳躍では届かない。
今から魔法で攻撃を仕掛けようにも間に合わない。状況は最悪、直撃すれば死なないまでも、戦闘不能に陥るだろう。
『三つ目クリアー。おめでとうございます、私からの試験は合格ですね』
ヴァインの背中に青い光の泡、手甲の甲にはめ込まれた宝石が姿を消し、魔装法衣の肩甲骨部分に宝石が現われると同時、絵本や絵画で見たような翼が背に現われた。
『ヴァインさんが向こうの世界で望んだ物をプレゼントします』
背中から現われた薄く、青く輝く純白の翼。
生きる権利を盗まれ、持つ者から盗み、そんな汚い街に嫌気が差し、渇望した。どこまでも羽ばたける翼。
『次はヴァインさんの番です、私のお願いを聞いてくださいね。お願いします』
翼を広げ、空中のリアンに視線を戻す。
どこまでも飛べる自由の翼。
魔力を背中の翼に込め、翼がゆっくりと動き出す。
「任せておけ、約束だ」
体に伝わる浮遊感、離れていく地面。そして加速。とてつもない速さでリアンに接近するが、リアンの攻撃がついに放たれた。
洒落にならない、直撃すれば死んでしまいそうな力が込められた純白の砲撃。ここに来たとき、レイラに放たれた砲撃とは比べ物にならない出力だ。
このまま行けば直撃コースだが、自由の翼はまっすぐ進むだけじゃない。
心からそう信じ、進行方向を変え、リアンよりも高く飛び上がり、頭上から急降下。小手先だけの小細工は仕掛けない。
「ぶち抜け!」
全身に魔力の鎧を纏い、体当たり。
魔力を集束し、威力を高める集束魔法を放つリネスにそれを回避する術はない。
リネスの表情に焦りの色が浮かび、開いた手をこちらに翳し、バリアを出現させる。
それに衝突し、再び拮抗する魔力と魔力。
突き破る力を与えるように翼が光り輝き、リアンのバリアに軋みを与える――
「俺の……勝ちだぁぁぁっ!」
ガラスが砕けるように、純白のバリアが砕け、ヴァインの体当たりがリアンを道連れに地面へと落下。
地面に落下し、勢いを殺しきれずにしこたま地面を転がるヴァイン。ビルに衝突寸前、柔らかい感触がヴァインを優しく受け止めた。
「あはは、いい攻撃だったけれども詰めが甘かったね」
傷一つ負わず、笑顔のリアン。
全身を襲う痛みよりも、その笑顔が印象に残った。
「てことは、不合格かい? あんたにゃ勝てる気しねぇわ……マジで」
抱きかかえられた照れ隠しも含めながら、軽口を叩くが、大部分は本音と言える。
全力の攻撃でバリアを突き破り、体ごとぶつかり、地上に叩き落したはずが、気づけば地面を転がるヴァインを受け止める余裕さえあったのだ。
心の底から勝てる気がしない。
「ううん、合格だよ。魔石のウエポンフォーム、魔装法衣、制御や発動が難しい飛行魔法。試験中に魔石開放をしてみせたのはあなたが初めてだよ」
褒められているのだろうが意味が分からないので素直に喜べない。とりあえずエスクリオスとの約束は果たせたようだ。
「ランク測定結果だけれど、ヴァイン君の総合ランクはレイラと同じCだね。肉弾戦や魔力は強いけれども、魔法戦がまだまだ。鍛えれば誰よりも強くなれるよ、あたしが保証する」
「そうかい、約束が果たせたなら問題ない」
足腰に力が入らない、疲労とはまた別の倦怠感が体を襲う。
翼が弾け、衣服も青い光となって消え、ティナがくれた衣服に戻り、その場に膝を付く。
体に力が入らない。全身を襲う脱力感は今まで経験したことのないレベルでヴァインに休息を求めた。
それに伴い、凶悪なまでの睡魔。
このまま地面に倒れこみ眠ってしまいたい。
その誘惑にはどうしても抗えそうにないが、だからと言って受け入れるわけにもいかない。
「あらら、魔力を一気に使いすぎちゃったんだね。とりあえず今日はここまで、明日からはレイラと一緒に厳しく指導するから、頑張ろうね」
ヴァインに肩を貸し、優しく起こす。
優しい香りが一層の眠気を誘い、霞む視界が駆け寄ってくるレイラを捕らえた。
「なかなか見ごたえのある試験だったぜ、明日からよろしくな、ヴァイン・レイジスタ」
赤髪の少女レイラが手を差し出し、それを掴もうと手を伸ばすが、途中で力なく垂れ落ち、ヴァインの意識は眠りの中へと落ちた。