過ちのツケ
砲撃がことごとく回避される。
直撃もせず、小さなダメージを与えることすら出来ていない。
「防衛兵器、大型集束砲を撃て!」
「了解しました」
言われることを予測していたのだろう、充電はすでに完了していたので、ボタンを押し発射。軍本部ビルの屋上に設置された魔力砲から高出力の集束砲撃が放たれる。
「人間の魔法使いに如きに、数十の魔道石に匹敵する魔法攻撃を防げるものか、これで終わりだ。科学の力を、研究成果を舐めるな!」
研究者が勝利を確信し、興奮するも、軌道の中点で大型集束砲に匹敵する魔法が放たれ、一瞬の拮抗、すぐに相殺される。
街一つほど消し飛ばす威力の砲撃をも相殺され、絶望に満ちた表情で大総統が震えた声で研究者に問う。
「あの男は本当にSランクなのか……それ以前に人間なのか……?」
同じように、顔面蒼白の研究者が、その問いに関する答えを、説明しだす。
「過程の話ですが、先日のシュウ・ブレイムスとの戦闘後、魔力体を魔石に封印したとしましょう。親子同士ですから魔石自体の拒絶反応もなく、受け入れることができます。シュウ・ブレイムスとその娘の魔力の相乗効果によって魔力値を爆発的に上昇させたのだとしたら、現在のヴァイン・レイジスタの総合ではなく、魔力単体でのランクは……」
映像データを解析にかけ、分析する。
先ほどの一撃や、魔装法衣の装甲までを綿密に加味し、機械が弾き出した結果は――
「最低出力でもSSSランク……安定している時はランク……0……! 先ほどの砲撃時の出力は計測不能のランクXと計測されています……」
「ランク0が平均だと? 神界の住人クラスではないか! なぜこのビルを外部から消し飛ばさないのだ! ヴァイン・レイジスタの力ならば簡単に……」
「わかりませんが……簡単に……楽に殺す気はないと言う事なのかもしれません……」
すでにビル内部の兵は撤退との報告を受けた。そして各方面の軍部に応援を要請したが、反応はなく、唯一のメッセージが『我々には関係ない』の一言だった。
絶望する大総統と研究者二人の背後に現われた影。
過剰に反応し、飛び退く二人。
「お父さんを……お父さんを返して……」
白い布切れ一枚を身に纏った少女。
ゲルゾフはさらに表情を引きつらせた。
「シュウ……ブレイムスの娘!」
金切り声で叫ぶ。
こんなところにいるはずがない、確かに三十年前のあの日、父親の手によって殺されたはずだ。
「返して……お父さんを……」
「う……うあぁぁぁぁぁっ!」
胸元に忍ばしていた銃で、少女を打ち抜く。
何発も、何発も、カートリッジの弾薬が尽きるまで。
しかし、少女は死なない、倒れない。
「お父さん……お父さん……」
瞳に涙を浮かべ、ゲルゾフの足にしがみつく少女。カートリッジを交換し、照準を再び少女に向け――
「すまないな、父さんがお前を殺した……」
自虐的に呟く男が、銃を構えた腕を掴む。
驚愕し――硬直した体が、振り向くことをさせてくれない。
「未来ある九歳の娘を魔石に変え……三十年の時を孤独に過ごさせてしまった……」
駆け寄ってくる少女の頭に手を乗せ、視線を二人に向ける。
冷徹な意志の込められた瞳。
明確な殺意の色にたじろぎ、一歩退く。
「お前たちも同じ目に遭わせてやる」
「ひぃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
恐慌を来し、銃を乱射。
狙うは頭部や心臓の急所だが、血はもちろん、衣服の損傷すらない。
その事実に愕然とし、その場にへたり込む大総統、それを冷たく見下ろすブレイムス親子。
研究者はその隙に逃げようと駆け出し、ドアに体をぶつけながら飛び出すと同時に、襟を掴まれ、部屋に押し戻された。
漆黒と純白の翼を持つ魔人、ヴァイン・レイジスタ。
冷徹な眼差しで、地面にへたり込む二人を見下ろし、視線を逸らすことなく、指の間接を鳴らす。
「俺の家族を傷つけた罪、本気で俺を怒らせた罪をどう償いたい?」
怯えた研究者が咄嗟に取り出した銃。
魔力兵器ではなく、鉄の弾丸が飛び出す質量兵器を、避けもせず義手で弾き、研究者の胸倉を掴み、地面に叩きつける。
まだ足掻く気力があることには賞賛するが、それならば心が折れるまで何度でも、何度でも叩きのめす――冷徹な目がそう告げる。
過去に閲覧した映像データでは、陽気な若造。
そんな印象だった男の表情は凍てつき、研究者を静かに見下ろしていた。
やがて二人の胸倉を掴み、苦も無く宙に持ち上げ、シュウに視線を移し、囁いた。
「この二人に永遠の孤独と苦しみを――」
小さく微笑み――
「そしてお前たち親子には永遠の安息と安らぎを願う……」
――ヴァインの意図を察し、シュウの腕が二人を貫く。
苦悶の声を上げることも、苦痛に顔を歪ませることも無く、声一つ上げられず二人は貫かれた腹部を凝視していた。
そして、二人の体が淡い光に包まれ、一瞬のうちに茶色の石ころへと姿を変えた。
「こいつらの魔石は俺が責任を持って制裁を食らわせてやる、約束する」
ヴァインがちっぽけな魔石を回収している間に、シュウの姿がどんどん薄れていく。
ヴァインに魔力を供給し、先刻の魔石変換能力の行使、ここまで枯渇せずに済んだのが奇跡とも言える。
「残念だな、シュウ・ブレイムスの魔力があったから神話クラスの魔法使いになれたのに」
「そういうな、過ぎたるは及ばざるが如し。昔の人はよく言ったものだよ」
お互い、小さな笑みを浮かべながら、拳と拳を打ち合わせ、別れの挨拶とした。
「お父さん……もういっちゃうの?」
シュウの足元で涙を流し、行かないでと懇願する少女。
何度もお父さんと呼び、行ってしまわないようにズボンの裾を必死に掴む。
その光景を目の前にし、ヴァインは小さく息を吐き、優しく告げた。
「エスクリオス、俺の事はいい。たった今、この時をもって、魔石の契約を解除する、お前の魔力はこの場で解放してやるよ」
魔石をリジェクトし、シュウと共に還るように促す。
エスクリオスは、シュウとヴァインを交互に見やり、一度は泣き止んだが再び泣き出しそうな表情でシュウを見上げた。
そんな娘の表情を見て、シュウは優しく、エスクリオスに微笑んだ。
「エスクリオスは彼と共にいてあげてくれ、お父さんは大丈夫だから」
ぎこちない動作で娘の頭を撫で、ヴァインに視線を移す。
「バトルフォームは両手の甲に、ブレードフォームは大剣と太刀の柄に、エンジェルフォームは両翼の付け根、魔石覚醒は胸元と額に魔石が存在する……なぜだと思う?」
問いかけられても、ヴァインにはサッパリわからなかった。
魔石が一対になっていることに疑問を抱いたこともなかったが、そういえば、アキラの皮手袋にはめ込まれた魔石は右手だけだったが、気にしたこともなかった。
「君の体内魔力が覚醒する前に、エスクリオスが君と共にいたからさ……君が本来生成する魔石とエスクリオス二つの魔石が存在するようになった……まあ、先にエスクリオスという先住民が居るおかげで、きちんとした魔石としての体は成していない、空っぽの石だけどね」
「ふむ、二つの魔石が存在するのはわかった。んで? なぜ今そんなことを?」
話しながら、シュウのズボンを掴み続けるエスクリオスを抱き上げ、シュウに抱かせる。
久々の父の感触に触れ、胸元に顔を埋めて震える少女。
「大した意味はないよ。何にせよ、君にはエスクリオスの他にもう一つ、魔石がある。レアケースだが今は大したことじゃない。まあ、これから消えていく過去の遺物の戯言だよ」
落とさぬように、娘を大事に抱き、小さく笑うシュウ。
笑いながら姿が薄れていくので、少々リアクションに困ったが、湿っぽい別れ方をするよりはよほどいいし、自分たちらしい。
「じゃあな、エスクリオス。父さんはいつもお前のそばにいるから……」
エスクリオスを降ろし、頭を優しく撫でる。
どこか動きがぎこちないが、エスクリオスには最高の愛撫だろう。
「ヴァイン・レイジスタ。娘の契約者が君で本当によかったよ、僕の魂は君に受け継がれ、すぐ近くに娘がいる。ヴァイン……娘を頼む……二人とも元気で……」
そう言い残し、静かにその場から消えてしまった。
消える間際の表情は、悲しみに満ちた表情ではなく、どこまでも優しい表情だった。
ズボンの裾を掴んでいたエスクリオスの手が空を切り、シュウがいた場所をずっと無言で見つめ、突然、父が消えたことに実感を覚えたのか、大声で泣き出した。
そんなエスクリオスを抱き上げ、優しく後ろ頭を撫でてあげる。
ヴァインは涙を流さない。
シュウとの闘いが終わったあの時に誓った。本当の別れの時には、笑顔が良い、自分ならばそう思う。
エスクリオスを抱きしめ、気を取り直す。
まだ、終わっていない。
「ビル内に敵戦力はなし……全員撤退したか隠れているか……まぁいい」
――ここはシュウが娘を手にかけた悲しい場所。エスクリオスに辛い思い出が残る場所。
「ここがお前の墓石だ……邪魔なものはいらないよな。嫌な思い出も、辛い出来事も全て消し飛ばす。だから安らかに眠れ、シュウ・ブレイムス」
エスクリオスを戻し、魔石開放、エンジェルフォーム。
片手を高々と挙げ、翼から周囲の魔力を収集し、掌に魔力を集束させる。
ビルの中、外。広範囲の魔力を吸収しながら、あの時歌ったリミッター解除の歌を口ずさむ。
この歌はシュウ・ブレイムスへの鎮魂歌。
そしてこの魔法が――
「E・S・ブレイカー!」
――シュウへの手向けの華。
エスクリオスとシュウの頭文字を呪文とし、ヴァインを中心に高出力の魔力放出。
開放と同時に屋外へ飛び出し、空中からヴァインの放った魔力に呑み込まれ、跡形もなく消滅するビルを見下ろす。遠くの空でちょうど昇り始めた朝日に目を細め、小さく囁いた。
「ありがとう……そして、さようなら」
もう、届くことのない礼と別れの言葉を呟き、仲間が待つスリースターズ本部に進路をとり、翼を羽ばたかせた。




