魔石、エスクリオス・S・ブレイムス
空中から見下ろす海上は大きく盛り上がり、次の瞬間、大きく海水が爆ぜる。
施設やヴァインを蒸発させて有り余る破壊力の爆薬、魔力が無力化されたヴァインに防げるはずがない。
「フヒュ、何が伝説の魔法使いだ、何がシュウ・ブレイムスの生まれ変わりだ、びびらせやがって。魔法使いなんて魔力構築を妨げられればただの人間。科学の力さえあれば魔法資質がない人間でも伝説と謳われる魔法使いを殺し得る。はは……はぁっはっはふっははっは」
爆発跡から噴出する煙を見下ろし、高笑いを上げる研究者の耳に、波が荒れる音以外の低い音声――肉声が鼓膜を震わせる。
「ぬぅぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
海面から聞こえる雄たけび。驚愕する研究者の目に映ったのは、白と黒の両翼。
漆黒に染まった翼はシュウ。
純白に光り輝く翼はヴァイン。
翼の根元で輝いていた魔石は、胸と額に移動し、それぞれが個別の色。胸の魔石は赤黒く、額の魔石は蒼天のように蒼く輝き、全身を循環するシュウの魔力がヴァインの全身も赤黒く染め、唯一目の下にクマのように蒼い魔力光が浮かび上がっている。
怒っているのはヴァインだけではない、シュウも怒りの感情でヴァイン以上に魔力を染めている。
「ヒィッ……だ……大総統殿に報告しなければ……」
慌てて、本部ビルへと撤退する研究者を黙って見送り、小さく囁く。
「俺たちを怒らせたこと、肉体と精神が滅びるまで後悔させてやる。覚悟しな」
部下に知らされたヴァイン・レイジスタの襲来。そこへ、研究者がヴァインの抹殺に失敗したと聞かされ、顔色を青く染めた。
文字通り、顔面蒼白のゲルゾフが見つめるモニターには白と、黒の翼を羽ばたかせる男。
モニター越しにも伝わってくる、ヴァインの殺気と怒りに恐怖した。
そこへ研究者が帰還し、急いで大総統室の防衛システムのパネルへと急いだ。
「貴様っ! 失敗してノコノコと何を……」
「緊急事態です、防衛プログラムを発動させますので、結果をご覧ください」
発動キーワードを入力し、軍部施設全体に緊急警報がかき鳴らされた。
海中から放たれる魔力砲と、衛星軌道上から放たれるビーム砲を回避しながらビルに向かって一直線に飛ぶ。
やがて正面から強大な魔力反応を検知。
「エスクリオス、バトルフォーム!」
『了解です、形態変化、バトルフォーム』
こちらに向かって襲い掛かる集束砲撃の威力は、遠目に見ても人一人に防げる出力の物ではないが、今のヴァインにはそれすら無力。
エンジェルフォームからバトルフォームに切り替え、両手の拳を打ち合わせ、極大集束砲を放ち、ビルからの砲撃を相殺する。
余波で巻き起こる放電を無視し、目的方向へと飛び、再びビルが目視できる場所まで辿り着くと、大勢の兵士が陣形を組み、待ち構えていた。
「ちっ、前衛に男の腕力、後衛に女の魔法か、悪いが手加減はできねぇぞ!」
未だに続く上下からの攻撃を回避しつつ、正面からの攻撃をバーストシールドで跳ね返し、敵戦力を削る。
男も女も関係ない、向かってくるのであれば、一切の手加減をするつもりはなかった。
いかに優れた統率力を発揮しても、全てを押し流す濁流を人の身で防ぐことは敵わない。
「エスクリオス! 魔力障壁全開だ。このまま突破するぞ!」
『了解、お父さんも力を貸してくれています』
そうして、兵士や砲撃を退け、全身にバリアを張り巡らせ、減速せず、むしろ加速し、ビルへと突っ込む。
バリアで身を守り、ビルの外壁を破壊、物理的な高速突進は一種の質量兵器と化し、鉄の外壁をいとも容易く突き抜ける。
ビルの外壁を力ずくで突破し、中に突入すると、通路を閉鎖するように集う兵士たち。
「空中戦の次は白兵戦か……エスクリオス、軍部ビルの内部構造データ、ちゃんとわかるか?」
『もちろんです、食堂からトイレの位置までばっちりです』
「上出来だ。んじゃ、目的地までのナビゲートは任せるぜ!」
兵士を殴り倒し、文字通り蹴散らす。
しかし、さすがに数が多い。
シュウとの戦闘で負った傷が痛み、一瞬だが、動きが鈍る。
「取ったぁっ!」
背後から突き出される刃。それをわき腹あたりでがっちりと挟み、無表情で振り向く。
「背後からでも急所を突けるように精進しろ……来世でな!」
刃を無理やり奪い、目もくれずに刃をへし折り、さらに力ずくでその腕をへし折り体ごと壁に叩きつけ壁にめり込ませる。結果は見なくても音でわかる。
生肉が勢いよく壁に叩きつけられたような瑞々しい音。殺したつもりはないが、今生で兵役に復帰するのは不可能だろう。それぐらいに全身に激しい損傷を与えたはずだ。
そのまま周囲を囲まれるが、今の対応だけで敵の動きが止まる。
兵法の一つにこんな言葉がある。
百人の捕虜の中から一人を惨たらしく殺し、残りの九十九人に恐怖を植え付ける。少々書物から齧った程度だが、それと同じ効果はあったようだ。
「言っておいてやる、俺は手負いだ、手加減する余裕は無い。死にたくなければこのビルからさっさと逃げろ。一時間以内に全魔力を持ってこのビルを吹き飛ばす」
静かに、その場にいる全ての人間に伝える。その言葉だけで十分だった。
もとより、そこまでの忠誠心を持っていたわけでもない兵たちは、一目散に逃げ出し、ヴァインは悠然と目的の場所に向かうことができた。
いくつかの通路を曲がり、階段を昇り、辿り着いたのは大総統室。
「エスクリオス、リジェクト」
胸元から魔石を取り出し、エスクリオスに向かって囁く。
「お前の思いを……お前たちの思いをぶつけてこい、俺がしてやるのはここまでだ」




