全ての真相
エンジェルフォームで高速飛行し、軍部に到着するまでに要した時間は五分。
通常のヘリならば半時間の距離を、二十五分も短縮したのだから、その速さが窺える。
翼を撒き散らしながら地上に降り立ち、目の前に聳える天を突くような巨大ビル。
その敷地外周に、五メートルほどの頑丈な壁といくつものセンサー。そしてビル正面に立ちはだかる鋼鉄の巨大扉。
どうせ乗り込むのだから、センサーにかかっても問題ないが、彼の性格上正面突破で押し徹るのは間違いないだろう。
当然、文字通り鉄壁の護りを前にして、ヴァインは笑う。
「さて、派手に行きますか」
頑丈に閉じられた大正門前で首を鳴らし、両手に魔力を込め、扉を吹き飛ばそうとした矢先の出来事だった。
「ヴァイン・レイジスタさんですね」
背後から声をかけられ、振り向く。
両手の魔力構成は待機状態にしつつ、背後を確認すると、白衣を着た男がいた。
「そうだが、なんだ? 俺は忙しい」
「シュウ・ブレイムスの真実を知っている……そう言えばわかっていただけますか?」
適当にあしらおうとするヴァインに投げかけられた言葉に、思わず眉を顰めた。
罠の可能性が高いのはわかっているが、自分の中にいる親子が真相を知りたいと思うのは当然だろうし、ヴァイン自身も知りたい。
魔石と化したシュウ・ブレイムスとエスクリオス・ブレイムスがざわめく。
「どうぞこちらへ、そこのエレベーターから僕のラボへ直通になっていますので」
言われるがままについていく。
罠とわかっていても、それに対処する方法はいくらでもある――それが慢心と言われても、ヴァインには絶対の自信があった。
普段、物資を運んだりするのに利用しているのだろう、かなり広いスペースのエレベーターに連れられ、下に降りていくのを体で感じ、魔法の待機状態を維持する。
「到着しました、こちらへ」
地下の海底ラボ。
周囲がガラス張りで海底の景色が見えるのは、ラボに篭もりっきりの研究者へのメンタル面での配慮だろうか。
幻想的な周囲の眺めとはよそに、中央に存在している大きく無骨なホログラフモニター。
数字と単語の羅列、見たことのない数式がびっしりと並んでいた。
「フヒッ、これは三十年前から研究していた、対魔力用の操作プログラムでしてね、つい最近素体から研究データが届いたので、完成したばかりなのですよ」
興奮しているのだろう、かなり上ずった声で解説する研究者の言葉を聞き、思考を巡らせる。
そして行き着いた答え――
「素体……シュウ・ブレイムスのことか?」
同時、モニターにシュウ・ブレイムスとヴァインの戦闘映像が映し出される。
「はいそうです、考えてもみてください。シュウ・ブレイムスと同じ、もしくはそれ以上の魔力値を持つあなたならばわかるでしょうに、強大な魔力を制御するのに必要な精神力は普通の人間には到底理解できるものではない。しかし、そんな彼が娘を少し傷付けられただけで容易く暴走など引き起こすものでしょうか?」
モニターの映像が、椅子に座らされた少傷だらけの少女が映された映像に差し替えられる。その傷は、モニター越しに見ても痛々しいもので、治療を施しても五体満足に復帰することは不可能だろう。未だにいくつかの塞がらずにいる傷口から血を流し続けている体に電流を流され、その悲鳴がスピーカーを通じて、シュウに聞かされている映像――それに凶悪なまでの怒りと嫌悪感を抱くのは、至極正常な反応と言えるだろう。こんな映像を見せられて、笑っていられるほど、ヴァインの神経は図太くないし、図太くありたいとも思わない。
「全ては仕組まれたこと、まだ実験段階のプログラムを試すのに彼、シュウ・ブレイムスは最適でした。娘が傷つけられ、揺らいだ精神の隙をつき、操る。幾度となく抗いながらも手の平で踊り続ける彼の姿は実に微笑ましかった。我々はシュウ・ブレイムスの力を求めていたわけではない、彼を自由に動かす駒として使いたかっただけなのですよ」
恍惚の表情で語る研究者。
対称的に静かな怒りを秘め、無表情のヴァイン。
全ての疑問は、解けた。
三年前ヴァインを襲ったのも、一つの世界を滅ぼし、魔力を供給させたのもそう。先日街の中に魔力兵器を派遣したのは、シュウをどれだけ操れるかの最終テストだったのだろう。そして昨日、施設をピンポイントのタイミングで襲撃したのも――
「ただ、三年前にあなたが現われたのは誤算でした、強大な力を有する可能性を秘め、シュウ・ブレイムスと同じ魔力係数を持つ研修部隊員。大総統殿はお焦りになられましてね、早い段階で芽を摘むようにしたのですが……」
モニターの映像が三年前、まだヴァインが研修の部隊員として所属し、シュウと始めて戦ったあの時の映像に差し替えられる。
コンテナから魔道石を取り出し、ヴァインを一瞥するシュウ。やはり常に監視されていたのは間違いないようだ。
「ただ、この時ヴァイン・レイジスタを殺せと言う命令を無視しましてね。プログラムの修正に三年もかかりましたが、つい最近ようやく完成しまして」
最近完成したのはさっき聞いた、しつこいぞこのゴミ屑。
胸中で呟き、ヴァインはモニターを凝視し続けた。聞くこと、理解することに全力を注ぐ。
「質問、いいか?」
「……どうぞ」
モニターに視線を留めたまま無感情な声で尋ねると、研究者は自分の説明を遮られて不快に感じたのか、渋々、質問を許可した。
「この映像からはなんの違和感もないが……シュウ・ブレイムスを監視していた者が、そのプログラムに魔力を侵食される可能性はどれぐらいの数字だ?」
「プログラムの宿主――つまりシュウ・ブレイムスから感染する可能性は七十パーセント程度でしょうね。しかし普通の魔法使いならばすぐに自然治癒するでしょうね。ただし、セラス・テンタロスでしたっけ? 彼女は非常に優秀だが、精神面が弱いですね。過去に何か心に深い傷を負うような何かでもあったのでしょうね。いとも容易く操作できましたよ」
得意げに話す研究者、その言葉を咀嚼するように脳に浸透させ、ゆっくりと理解し手を叩く。
「ああ、そうかそうか。なるほど、よくわかった。最初はお前が何を言っているかわからなか
ったが、ようやくわかったぜ」
ヴァインは初めてその視線を、研究者に向けた。
「そうか、つまりお前は死にたいんだな?」
底冷えするような眼差しで告げる。
研究者の表情が恐怖に歪むが、それも一瞬。すぐに余裕の笑みを浮かべた。
「スリースターズ内では人の命を大事にする俺で通していたが……久しぶりに殺意を抱かせていただいた……命乞いも何もいらねぇ……楽に死ねると思うなよ?」
待機状態の魔法では死んでしまう、まだ死なせるわけにはいかない――もっと苦しませ、もっと恐怖を植え付け、何をしても通用しないという絶望感を与えなければ気が済まない。
「最大級の苦しみと、永劫に続く恐怖をくれてやる、罠があるならさっさと出せ、足掻く時間ぐらいくれてやる」
「では、お言葉に甘えて」
ポケットから取り出されたリモコンを操作し、研究所内の電力が全てカットされ、同時に魔力結合を妨害するフィールドが形成された。
「すでに研究データは本部に転送済み、この施設は用済みなのです。魔力結合が妨害され、シールドも張れないあなたに、これは防げない」
『緊急事態発生のため、本施設を破棄します、研究者の方は祈りを唱えてください』
内容を聞くに、研究者もろとも処理するシステムが発動したようだ。
おそらく、施設を吹き飛ばす質量兵器。
「では、僕はこれで。スリースターズは責任を持って軍部が管理しますのでご安心を、絞り粕の父親と無力な娘共々、消し飛んでください、ごきげんよう」
脱出ポットに乗り込み、脱出する研究者を見送り、呟く。
「なんだ、脱出手段があるのか。よかったよかった……最後の希望、優越感を抱かせてやれて」
四方から感じる熱量を無視する。
研究者は気づかなかったのだろう、ヴァインの魔力で構成されている魔装法衣が無力化されていないことに――




