魔法体験してみよう
「消えろぉっ!」
目前に迫ったビームに向かって叫ぶ。
イメージは成就し、先ほどと同じようにビームは掻き消え、ヴァインも無事に着地。
睨み合う二人。
正直に言えばこの場から逃げたい。平静を保ってはいるが、全身が痛い。
しかも、あり得ないぐらいに体力の消耗が激しい。
緊張と、初めての魔法との対峙、肉体的にも精神的にも疲弊している。
『自分の体に流れる何かを、思いっきり敵に叩きつけるイメージを浮かべてください』
「自分の体に流れる何かってなんだよ、この非常時にそんな曖昧な助言をもらっても困る。もう少し明確に教えてくれ」
『手順は、どんな形でもいいからそれが目の前に現われるイメージ』
ヴァインの質問は軽く流され、次の情報を与えてくるエスクリオス。
敵もこちらの出方を窺っているようなのでイメージを浮かべる。
自分の中を流れる物と言えば、血液。
血液が目の前に集束し、現われるイメージを浮かべる。
すると、目の前に青く直径二メートルはある球体が出現。驚きながらも、次の助言を待つ。
『最後に、現われたそれを相手に叩きつけるイメージと、トリガーを弾いて弾丸を放つイメージを浮かべてください』
イメージすることが多いなと思いつつ、トリガーを頭の中で引く。
青い球体が光を放ち、内部で大音量の心音のような音が三度響き、そして――
「く……うぁ……」
――全身を襲う衝撃と、力を抜けば飛ばされそうな反動。
そして、球体と同じ大きさのビームが少女に襲い掛かった。
「おいおい、訓練シミュレーションで放って良い出力じゃねぇぞ!」
どのような表情をしているのだろう。声の感じからすれば、相手にも余裕はないようだ。ヴァインからは青い球体に妨げられ、見ることができない。
しかし、ヴァイン自身もこの状況がまずいことを理解していた。
これの直撃を受ければ、あの少女は死ぬ。自分自身にこれだけの反動が襲い掛かるのだから、本体の直撃を受ける少女は間違いなく消し飛ぶだろう。
「エスクリオス、止めろ! さすがにこいつはまずい!」
しかし無言。
小さな少女のくせに――だからこそかもしれないが――都合の悪いときに黙ってしまうのは別に構わないのだが、状況を考えてほしい。
しかし、ヴァインには止めることができない。
次に景色を見るときには少女の姿は消し飛んでしまい、跡形も無くなってしまっているかもしれない。
「リアン!」
反動に耐えながらそんなことを考えていると、少女が誰かの名を叫んだ。
そしてヴァインが放った攻撃は途中で軌道を変え、空へと昇り、掻き消える。
体を襲う反動も収まり、球体も消えた。
改めて少女に視線を向けると、茶色い髪の女性が目の前に顕現させた自分の白い魔法陣を掻き消したところだった。
「レイラ、訓練中に何をやっているの? ちゃんと組んだプログラムどおりに訓練しなきゃだめだよ?」
小さな子供を叱る母親。そんな感じだった。
レイラと呼ばれた少女と同じ服装だが、違う点といえば白いコートを羽織っているということぐらい。温和な雰囲気の女性だ。
この女性がヴァインの攻撃を逸らせてくれたのだろう、こちらに気づき近づいてくる。
ヴァインの目の前で立ち止まり、品定めをするように頭の先からつま先まで見回す。先ほどの戦闘で、ゴム紐が弾け飛んでしまったので、変な癖がついた髪の毛が鬱陶しい。
「あなた、どこから来たの?」
「……ニールモウスから」
「なぜここにいるの? ここは一般人が立ち入れる場所じゃないはずなんだけれど?」
「エスクリオスというこの石に連れて……って、あれ?」
首にかかったチェーンを外し、見せると、先端に付いているはずの宝石がなかった。不審に思い、シャツに手を入れると、胸に埋まるように青い宝石エスクリオスがそこにあった。
ヴァインのシャツを掴み、覗き見る女性。
少々躊躇いがちに覗き込まれ、逆に恥ずかしくなってしまった。
「魔石……どこで手に入れたの?」
「デパートで手に入れた」
さすがに盗みに入ったとは付け加えることができずに出した答えは、稚拙な言い訳のようだったが、相手は不審に思った様子もなく、女性はシャツから指を離し一歩距離を引いてくれた。
「とりあえず自己紹介しましょうか。あたしの名前はリアン・ノーティス。あそこにいる女の子、レイラ・ヴェルシオンの訓練担当者だよ」
淡々と話すが棘や冷たさはなく、逆に温かさを感じる口調。ヴァインの知らない母親とはこう言った話し方をしてくれるのかもしれない。
そんな想像を巡らせ、ヴァインも自己紹介をする。
「ヴァイン・レイジスタ。ニールモウスで盗賊団のリーダーをしていたが、警官に包囲され銃で蜂の巣にされたところをエスクリオスと名乗る魔石に助けられた。年齢不詳だ」
自己紹介なんて生まれて初めてなので、これでいいのかどうかもわからないが、リアンは自己紹介だけでヴァインの世界を特定してくれたようだ。
「あの世界から……? 変だね、あの世界で魔石が存在するなんて話、初耳だわ」
自問するように呟くが、先ほどの自己紹介に間違いがなかったかを確認、反芻するのに必死なヴァインはその呟きを聞き逃した。
「ヴァイン君、とりあえず魔石の解析をしたいからついてきてもらえるかな? レイラはここで訓練の続きを。シミュレーターを再起動して、最初から同じ訓練を繰り返してもらってもいいかな?」
そう言うや否や、ヴァインの手を引くリアン。
尋ねはしたが、答えを聞く気はないのだろう。レイラの返答も聞かず公園の中心部へと連れて行かれる。
公園から出れば、そこは通路だった。
どうやらここは建物の中のようだ、小奇麗な通路を歩き、行き着いた先は大きなモニターや無数の操作パネル。研究室のような場所だった。
「あまり警戒しなくても大丈夫だよ。ここで魔石の解析をするから、エスクリオスを貸してもらってもいいかな?」
すでに手を伸ばしているその姿は、さっさと出せと言われているようなものだが、彼女に悪気だとか裏はないのだろう。
しかし、手を差し出されてもどう渡したものかわからない。なにせ、自分の胸に埋まり込んだ状態なのだ、まさか抉り取れというわけでもないだろうが――
「所有者のあなたが命令すればいいのよ。語りかけてみて、リジェクトって」
優しく教えてくれるリアン、もしエリックがこの場にいたら、すでさまプロポーズをし、今頃は式場の話にまで飛躍していることだろう。
「エスクリオス、リジェクト」
シャツの上から越しに、エスクリオスが排出されたのがわかる。
シャツの中に手を入れ、青い宝石をリアンに手渡す。
それを受け取り、四角い小さな箱に入れ、パネルを操作すると、モニターに青い宝石が映し出された。
「少し時間が掛かるからその間にその格好をどうにかしようか。銃弾を浴びてボロボロだしね」
腕に巻きつけられた端末を操作し、何かを囁くと床に魔法陣が現われ、そこからメイド姿の女性が現われた。
思考が麻痺しているのか、もうそんなことでは驚かない。
「ティナ、悪いけれどこの子をお願いするね。終わったらあなたの携帯に連絡するから、それまでよろしく」
「かしこまりました。ではヴァインさん、参りましょう」
そう言って、ヴァインの肩に手を乗せ、再び魔法陣が出現。視界が暗転し、光で視界が埋め尽くされた次の瞬間には、女性の部屋にいた。