新世界と魔法少女
一筋の光もない場所。
足場も見えないが、立っていると言う事は地面があるのだろう――接地感が無いので浮いているのかもしれないが。
『はじめまして、ヴァインさん』
あの時に聞いた少女の声。
暗闇の中に浮かび上がる少女は白い布で体を包み、青い瞳でこちらを見上げていた。
「はじめまして、そしてありがとう。お前が叶えてくれたんだよな? 俺の願い」
少女は小さく頷くことで、それを示した。
「で? お嬢ちゃんは俺に何をして欲しいんだい? 死んでしまったから何も出来ないが、持って行くものがあるなら持っていってくれ」
『お嬢ちゃんじゃないです。私の名前はエスクリオス、あなたに見た目だけは極上品と言ってもらえた石です』
だけは。と、やたら強調したのは気持ちの問題かもしれないが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「あの時の石……こいつのことか?」
首からぶら下げている石をシャツから取り出し、掲げてみせる。
暗闇の中でも輝く宝石、あの日からずっと肌身離さず持っていたが――
「……これが少女の姿をして俺に話しかけているって言うのか? 正直、簡単には信じられないが……」
とは言え、仲間を助けてもらったあの現象を目の当たりにして、信じることができないほど、非現実主義でもない。幽霊や宇宙人、もちろん死神も、実在すると言われれば、存在すると面白いなと、笑って返答できる程度には信じている。頭ごなしに全てを否定するほど頭は固くないつもりだ。
『信じてもらえるなら簡単でも難しいでも構わないですよ。話を進めますと、私は宝石ではなく魔石と呼ばれています。あなたたちの世界には存在しない力、魔力によって生み出されたりします。もちろん魔力で形成されている私を持つあなたも魔力に目覚め、魔法を使うことができます、そして……』
「ちょっと待て」
言葉を途中で止めさせる。
正直、魔法だとか言われても理解の範疇外で、明日を生きることしか考えたことのなかったヴァインからすればとても受け入れることが出来ない。
「魔法とか魔力は端に置いておこう。おま……エスクリオスか? 要は俺に何をしてほしいんだ? それだけを教えてくれ」
これ以上聞くと、頭が破裂してしまいそうだ。とりあえず用件を聞いて、それから考えよう。 色々と――
『あなたにはここにいてもらえればそれでいいのです。魔石の私にはこうすることでしか目的を果たせませんから……』
憂いのある言葉に、引っかかることは色々あるが、どうも要領を得ない。
「ここって、この真っ暗な場所でか? 別に地獄行きも覚悟していたから構わないが……」
『いいえ、あなたが目覚めた先に映る世界。そこがあなたにいて欲しいと望む世界です』
言われて、今まで自分が目を閉じていたことに気づく。そして、さらに深く尋ねようとする前に目が開き、飛び起きた。
エスクリオスの言葉を思い出し、周囲を見回す。
緑の多い公園。自分がいた場所はもっとビルだらけで、もっと空気が悪かった。
生まれて初めてだ、心地よいと思える環境に包まれたのは。
「とりあえず……探索するか」
エスクリオスが世界と言っていた。
ということは、ここは別世界と考えていいだろう。正直、非常識が重なりすぎて別世界とか言われても深く考えることなく受け入れてしまう自分に感心してしまう。
とにかくここでじっとしていても仕方がないので、起き上がり一歩を踏み出す。
同時に何気なく、空を見上げた。
広がる青空、流れる雲。
そして空からこちら目掛けて飛んでくるピンク色の光。
「おいおい、この世界では雲と一緒にビームが飛んでくるのか?」
咄嗟のことで反応できず、無意識に受け止めようと手を伸ばしてしまう。
『盾をイメージしてください』
言われたとおりに盾をイメージ。
ダイヤの形をしたスタンダートな盾の形を思い浮かべる。
すると、防ごうと反射的に伸ばした手の先に青い光の魔法陣が現われ、ピンクのビームを掻き消してしまった。手の平が痺れる感覚に戸惑いながらも、不思議現象の主に尋ねる。
「おいエスクリオス、とりあえず説明してくれ。これはあれか? お前が言っていた魔法なのか?」
しかし、無言。
返答もなく途方にくれるが、ヴァインに考える時間は与えられていないらしい。
「掻き消された? 今日の訓練シミュレーションはレベルが高けぇなぁ」
赤い髪の少女がこちらを睨みつけていた。青い短パンと黒いシャツ、軽装で動きやすそうな格好だが、少女の言葉を聞くに、先ほどのビームを放ったのは彼女のようだ。
「まぁいい、こいつさえ倒せば昼飯だ。サクッと終わらせっから大人しくしてろよ!」
問いかける時間も、思考する時間も与えてもらえないヴァインは、もしかするとここが地獄と呼ばれる場所なのかも知れない。そんなことさえ考えながら空を見上げ、現実逃避――しようとして、現実に引き戻される。
赤髪の少女の前に浮かんだ魔法陣。
そこから現われたピンクの球体が四つ、ヴァインの頭上で静止し、微かに放電しているのを確認すると、ヴァインのスイッチが入った。
咄嗟に横っ飛び。先ほどまでヴァインが立っていた場所に先ほどのビームよりも細い光が四本放たれ、地面を焦がした。
「ちっ! 機動力も高い、リアンのやつ、どういう設定にしてやがる!」
球体を移動させ、再びヴァインの頭上に。
考える時間も問いかける時間もない、エスクリオスも無言を保ったまま、襲い来る少女に話を聞いてもらうには実力行使しかないようだ。魔法の使い方もよくわからないヴァインに出来ることは、持ち前の機動力で接近し、近接戦闘で倒す。これしかない。先ほどの盾も、食らえば死んでしまうかどうかも判別できないビームの正面に立ち、試すにはリスクが高すぎる。
「たくっ、つくづくガキに縁のある日だな」
舌打ちし、ぼやくが、そうしたところで状況が好転するはずでもない。
地面を蹴り、再び魔法攻撃を回避。
少女との距離は五メートル。
「舐めるなよ、チビが!」
三発目のビームを回避と同時に、魔法陣の形が変化した。四方から中心へ光が集束していくのを見ると同時に跳躍。
先ほど魔法の盾で防いだビームが足元を通過し、公園の木々を薙ぎ払う。
「おいおい……悪戯も度を過ぎると笑えないぜ!」
落下速度+体重のエネルギーを込めた拳を振るう。さすがに顔を狙うわけにもいかず、肩を狙って放った拳。
『バーストシールド展開』
少女の首輪に付けられたピンクの宝石から聞こえた声。なるほど、これが魔石という奴なのだろう。ピンクに輝く光の壁に遮られた跳躍して空中からのヴァインの攻撃。スポンジのような感触、それでいて貫くことは不可能だと思わせる反発力。
「これで……終わりだ!」
次いで、その反発力が凶悪なまでに指向性と威力を持って、ヴァインを再び空中へと押し返した。
骨に異常はないようだが、衝撃で全身が痺れる。
なんとか動けるが空中では大した行動が取れるはずもなく、着地だけを考える。
そして視界の端で捕らえてしまった――
「おいおい、マジか……」
――魔法陣の中心に集束する光。
知識はないが、あれは先ほどのビームのはずだが、もはや砲撃と呼んでも差し支えないだろう。そして空中で身動きの取れない状態であれを防ぐ方法は一つしかない。
必死にイメージする。
先ほど、ビームを掻き消した映像を脳内で必死にイメージ。
一瞬、落下速度が減少した。そんな錯覚を覚える程の魔力の衝撃波がヴァインを襲い、ピンクの砲撃が放たれた。