シオン・カンザキ
初めて見る景色。人がうじゃうじゃいる中に転移したが、驚く者は誰もいない。無関心なのか、慣れているのかはわからない。
「では行こうか、ヴァイン」
シオンが率先してヴァインの手を引く。
巫女装束の女と、ショートジャケットの男。
否が応でも目立った。
「で、どこに行くんだ? 何があるのかもわからないからシオンに任せるぞ?」
「任せてくれ、今日のために色々考えた」
なるほど、こういう展開になるのは決定事項だったということだ。ティナも前もって知っていたに違いない。
手を引かれ、連れてこられた場所は、木造建築の茶屋。
メニューには団子やぜんざいなど、和風メニューがほとんどで、個室を借り、景色を立体映像で楽しめるサービスがあるらしい。
「すいません、予約していたシオン・カンザキです。日本庭園で」
手馴れた動作で、記帳していく。
日頃から利用しているのだろう。
案内された場所は、日本家屋の縁側のような場所。
メニューは、ボタンを押すと押されたメニューが出てくる仕組みらしい。
「どうだ? 僕の好きな場所なんだけれど……こういう場所は嫌いか?」
不安げな表情のシオン。
滅多に見られない表情のシオンを見ることができて少し嬉しいし、こういう落ち着ける場所は嫌いじゃない、だから――
「いや、いい場所だと思うよ。静かで落ち着けて、シオンらしいセンスだ、機会があれば何度でも来たいな」
――素直に答えた。
シオンが俯き、ありがとうと小さな声で言った。
「そういえば、ヴァインは別の世界に家族を残してきているんだよね? いずれ……帰ってしまうの?」
そんな問いを投げかけられ、返答に悩んでしまった。未だに元の世界には帰れていないが、こっちの世界にも家族がいる。血は繋がっていないが、どちらも大事な存在。
「ヴァインは帰りたいのかい?」
尋ねられたところでわからない。
だが、魔法という強力な力を手にしてしまった今、向こうの世界へ帰っても、世界のバランスが崩れてしまう。
魔法が認められていない世界に存在する最強の魔法使い。
ひどく矛盾した存在。とは言え、手に入れた魔法の力を失うことはできないし、魔法の力を保持したままでは元の世界に帰っても様々な制限がついてしまうので、昔のように盗賊団の仲間たちと過ごすことはできない。
「さぁ、向こうにはたまに顔を見せるだけでこっちに居続けるのも悪くないが……今の俺にはわからないな」
「君の意思はどこにある?」
相変わらず淡々とした口調だが、どこか毅然とした語調に、思わず視線を合わせてしまう。
表情からはわからないが、目は真剣だった。
「君はどうしたい? 君が本当にいたい場所はどこにある? ずっと気にはしていた、君と出会ってからずっと君を見ていたが君は自分の意思で何か行動をしたことはあるかい? エスクリオスの頼みごとを免罪符に、流されて生きていないかい? ヴァイン・レイジスタはどんな未来を思い描いているんだ?」
「考えたこともないな、三年前に突然この世界に転送されて、シュウ・ブレイムスにボコボコにされて、一心不乱に魔法を覚え、戦い方を覚え……今俺が見ている俺の未来は、シュウ・ブレイムスを倒す。それだけだ……」
その答えに、シオンの表情が曇る。ヴァインの答えは、スリースターズのメンバーたちと生きるというヴィジョンではない。あくまで、ヴァイン自身の目標なのだ。
彼女には、それが寂しく感じたが、シオン自身、どんな答えを望んでいたのかわからない。
「その後は……せっかく作った部隊だ、俺の目の黒いうちは、解体なんかさせねぇぞ。どんな組織や敵が来ようと叩き潰してやるよ」
優しく、手をシオンの頭に乗せ微笑んで見せた。
シオンの表情から憂いを感じたわけでも、気を遣って出た言葉でもない。自然と口からこぼれ出た答え。
「俺は幸せ者だぜ? 色んな世界に、色んな家族がいる。独りじゃないってことだ」
クシャッと髪を乱暴に撫でてやる。
ヴァイン自身の正確な年齢がわからないのでどちらの年齢が上かはわからないが、こうしている限りでは、ヴァインが年上に見えた。
そこへ、シオンの腕時計端末に通信。足元に魔方陣が顕現する。
「そうだね、君の居場所がなくなるようなことがあれば、今度は僕たちが居場所を創ってあげるよ……ありがとう」
その言葉を最後にシオンの姿が消え、代わりにレイラが現われた。ティナの転送魔法の制度と多様性にはさすがのヴァインも脱帽せざるを得ない。